大型放射光施設 SPring-8

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精子中の微量スズ(環境ホルモンの一種)検出に世界で初めて成功-細胞内の元素を計測するナノ領域測定手法を確立-(プレスリリース)

公開日
2005年03月24日
  • BL37XU(分光分析)
放射線医学総合研究所緊急被ばく医療研究センター線量評価研究部の武田志乃研究員らは、(財)高輝度光科学研究センター寺田靖子研究員、北里大学上野俊治助教授と共同で、ナノビームを用いたラットの精子中のスズの検出に成功した。

平成17年3月24日
独立行政法人 放射線医学総合研究所
財団法人 高輝度光科学研究センター

 放射線医学総合研究所(佐々木康人理事長)緊急被ばく医療研究センター(藤元憲三センター長)線量評価研究部の武田志乃研究員らは、(財)高輝度光科学研究センター寺田靖子研究員、北里大学上野俊治助教授と共同でナノビームを用いたラットの精子中のスズの検出に成功した。スズは汎用の手法では感度の高い分析が困難な元素であるため、これまで細胞内という微細な組織内での分布が不明であった。武田らは、大型放射光施設(SPring-8)において、生体中に多量に含まれるカリウムやカルシウムの影響を受けない全く新しい高エネルギー領域でのナノビーム蛍光X線分析に取り組み、特定の細胞中のスズの測定を世界で初めて可能とした。本手法により、トリブチルスズのラットへの投与後4日という早期にスズが精子に移行することが明らかとなった。
 近年、船底塗料や魚網防汚剤に添加された有機スズ化合物による海洋汚染やその環境ホルモン(内分泌撹乱化学物質)作用が社会問題化している。本研究の成果により、有機スズによる生殖毒性解明や予防策開発の糸口となることが期待される。さらに、本分析手法を応用した生殖細胞内の微量元素の計測法は、核分裂生成物(ウランなど)の線量評価を可能とするのみならず、有毒重金属(ヒ素など)、環境ホルモンなどの継世代影響を調べる手立てとなる。

 本研究のSPring-8での実験は文部科学省のナノテクノロジー総合支援プロジェクトの支援を受けて分光分析ビームラインBL37XUで実施された。
 本研究成果は、近くNuclear Instruments and Methods in Physics Research Bで発表される。

1.背景
 有機スズ化合物は、工業的に広範に用いられてきた。その結果、船底塗料や魚網防汚剤に混ぜたトリブチルスズやトリフェニルスズによる海洋汚染が世界的に危惧されており、環境ホルモン(内分泌撹乱化学物質)の問題も含め、社会的関心を集めている。哺乳動物において有機スズ化合物のばく露により生殖毒性を呈することが示されているものの、詳細な作用機序は解明されていない。その理由の一つとして、スズが汎用の分析手法では生体組織内の分布など感度の高い分析が困難な元素であるため、生殖器における微細なスズの挙動に関する研究が殆どなされていないことが挙げられる。組織中に数百ppbから数ppm程度含まれるスズを感度よく検出するためには、生体多量元素であるカリウムやカルシウムの影響に埋没しないスズのKα線を利用した蛍光X線分析が望ましい。しかしながら、高輝度かつ極小ビームで、このような比較的高い励起エネルギーを用いた蛍光X線分析のできる施設はこれまでなかった。SPring-8分光分析ビームライン(BL37XU)が供用開始されたことから、ナノテクノロジー総合支援プロジェクトからの支援を受け、ナノビーム(ビーム径~104 nm)による生体試料中スズの分析に取り組んできた。
 一方で精巣は、複数の種類の細胞から構成される精細管が集合した複雑な構造をしている。精細管上皮には外側から精原細胞、精母細胞、精子細胞が配列し、系統だった分裂・分化を経て精子形成が行われている。生殖細胞の種類や成長段階(ステージ)によりストレスに対する感受性が異なることから、精巣内でのスズの挙動を把握するためには、細胞選択的な測定が不可欠であった。

2.研究手法と成果
 本研究では、細胞内に散っている元素の位置を予測しその位置にSPring-8が発する放射光ナノビームを照射して元素分析。さらに細胞のステージ毎の様子を把握する系統立った手法を確立した。
 精巣の切片を観察すると、生殖細胞の形態的特長から種類の異なるステージの精細管が判別できる(図1参照)。ラットの場合、14段階のステージに区分されているが、今回はステージVIIIの精細管に着目し、その精子にナノビームを照射してスズの測定を試みた。このステージVIIIの精細管精子は、精巣内での精子形成の最終段階にあたる。測定位置の決定は、これまでの実験でステージVIIIの精細管では精原細胞、精母細胞、精子細胞などの他の生殖細胞よりも精子部分で亜鉛が高く分布することから、亜鉛のイメージングと照合させることにより行った。これにより精度良く精子に照準をあわせることができた。
 トリブチルスズをばく露(1日あたり45μmol/kgの割合で3日間経口投与。投与総量は半致死量の約1/3)したラット精巣から凍結切片を作成し、測定試料とした。ステージVIIIの精細管の精子に3x3μm2のビームを照射し、600秒計数したところ、スズが検出された(図2参照)。この精巣中の総スズ濃度は0.5μg/gであった。

fig1.jpg  
fig2.gif

図1 ラット精巣切片
図2 蛍光X線スペクトル

矢印が検出部位。矢印の精細管の上皮内側、黒い輪に見える部分が精子


 

3.今後の展開
 産業の発達にともなって発生する有害物質や重金属(ヒ素など)、環境ホルモン(内分泌撹乱化学物質)については、さまざまな生体影響が懸念されている。
 継世代的な影響を生じる可能性のある環境要因と生体変化との因果関係は、これまで経験的に推測されてきたが、近年こうした場においても科学的根拠による裏付けが求められている。放医研では、本研究の成果をもとに、ウラン、セシウムなどの核分裂生成物の線量評価研究を展開するとともに、幅広い元素について生殖細胞内の微量元素の計測法の確立を図る。


 

<本研究に関する問い合わせ先>
独立行政法人放射線医学総合研究所
緊急被ばく医療センター 線量評価研究部体内挙動研究室
研究員  武田 志乃
Tel:043-206-3107/Fax:043-284-1769
E-mail:shino_ht@nirs.go.jp

独立行政法人放射線医学総合研究所 広報室
Tel:043-206-3026/Fax:043-206-3062
E-mail:info@nirs.go.jp

<SPring-8についての問い合わせ先>
(財)高輝度光科学研究センター
   広報室  原 雅弘
Tel:0791-58-2785/Fax:0791-58-2786
E-mail:hara@spring8.or.jp


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