結晶内の”ひずみ”を超高速X線ストロボ撮影でキャッチ(プレスリリース)
- 公開日
- 2006年03月24日
- BL19LXU(理研 物理科学II)
平成18年3月24日
独立行政法人理化学研究所
本研究成果のポイント
● 結晶内原子の高速の動きをとらえる「ピコ秒時間分解X線回折法」を開発
● カバー付き薄膜結晶材料の特性を非接触で検知できる可能性を示唆
● 「膨張圧縮方向成分」のみを検出できる技術−新しい集積回路の設計・製作に貢献
独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、半導体単結晶表面にレーザーを照射して発生させた反響を、独自に開発した方法で「原子レベルの動き」としてとらえることに世界で初めて成功しました。すなわち、100フェムト秒(10-13秒。10兆分の1秒)パルスレーザーをシリコンやヒ化ガリウムの半導体結晶に照射することで誘起した「音響パルスエコー」を「ピコ秒(10-12秒。1兆分の1秒)時間分解X線三結晶回折法※1」を用いて観測しました。この成果は、理研播磨研究所放射光科学総合研究センター石川X線干渉光学研究室の林雄二郎ジュニアリサーチアソシエイト(九州大学大学院総合理工学府)、田中義人先任研究員、石川哲也主任研究員らによるものです。 (論文) |
1.背 景
近年、レーザー技術の発展に伴い、発生させるパルスレーザーが高強度化・短パルス化しています。そのレーザー照射により、衝撃波、超音波を固体中に導入することが可能となり、材料の力学的・熱的特性を調べる研究に盛んに用いられるようになってきました。一方、材料・タンパク質などの構造解析などに広く活用されているX線回折法は、材料を非接触のまま、しかも表面の状態に左右されずに結晶格子のひずみを直接的に観測することができる強力な手段です。この二つの解析技術を組み合わせると材料などの内部を詳細に知ることが可能となります。しかし、パルスレーザーを材料などに照射すると、それによって生じる「ひずみ」は、一般に、膨張・圧縮のような縦方向のひずみだけでなく格子面の傾きを伴うため、よく用いられる「ロッキングカーブ※4測定用X線光学系」は適用できません。これを解決するのが、三結晶回折光学系で、結晶試料からの回折X線の角度を分解する単結晶を設置するのが特徴です。これにより単結晶試料において膨張圧縮と格子面の傾きを分離して検出することができます(図1)。一方、「高速で変化するひずみ(高速動的ひずみ)」を格子レベルでとらえるには、X線ストロボ撮影法が有効で、X線パルスとそれに時間同期された超短パルスレーザーが必要となります。さらに、高速ひずみを板状の結晶表面に与えたときに発生し、長く伝搬、反射を繰り返すパルスエコー(反響)をとらえるには、広い時間領域の全体像をみる手段も必要になります。研究グループは、放射光源のもつ短パルス性と高繰り返し特性(疑似連続光源)の両方を有効利用した時間分解測定法の開発に取り組んできました。
2.研究手法
単結晶内の高速の膨張・圧縮だけを観測するため、X線三結晶回折法と高速時間分解X線回折法を組み合わせた手法を用いました(図1)。三結晶回折法は、結晶試料の角度を高精度に調整できる回折計に加え、回折X線の角度も別の単結晶で角度分解することができる回折計を設置した高分解能のX線回折法です。一方、超高速のパルスエコーをとらえるための時間分解測定法については、数十ピコ秒という超高速のストロボ撮影法と、時間分解能はやや劣りますが広い時間での動きを一望できるマルチチャンネルスケーリング法※5を使いわけました。ピコ秒時間分解X線回折法、X線三結晶回折法ともに、高輝度な平行X線ビームを必要とします。まして本研究では、この二つの回折技術を合わせた技であるため、より一層のX線光源強度が必要となります。そこで研究グループは、世界最高輝度のX線放射光源をもつSPring-8の理研ビームラインBL19LXUのX線を使って実験を行いました。
3.研究成果
シリコンやヒ化ガリウムの半導体結晶基板にフェムト秒レーザーを照射し、この基板上に発生した音響パルスエコーを高速時間分解X線三結晶回折法で観察、パルス幅1ナノ秒以下の音響パルスエコーをとらえました(図2)。これは、高速で動く原子レベルの動きをとらえることに成功した、ということになります。シリコンでは、レーザー照射直後で格子の圧縮が見られ、それが引き金になって、音響パルスが発生する様子を観測しました。一方、ヒ化ガリウムでは、レーザー照射直後に膨張がみられ、シリコンの場合とは符号の異なるひずみをもつパルスが伝わり、基板の表と裏とで反射する様子を観測しました。また、ヒ化ガリウムの第一エコーについてX線ストロボ撮影を行った結果、裏面の粗さの違いによる原子の動きの差異までモニターすることにも成功しました(図2(c))。
4.今後の期待
これらの成果は、たとえ光を通さない物質でカバーされていても、その奥にある薄膜結晶材料の力学的・熱的特性を非接触で観測できる可能性を示すものです。また、開発した時間分解X線三結晶回折法は、膨張・圧縮だけを取り出すことができ、多結晶体に対しても広く応用できる手段です。また、超高速時間分解X線回折法は、物質の結晶構造変化の過程を瞬時にとらえることができる手法であり、一般に物質の相変化過程の研究に用いられることが期待されています。さらに、現在、理研播磨研で開発中のX線自由電子レーザーによる大強度フェムト秒パルスX線が実現すると、化学反応過程の途中の状態、たとえば、原子の結合が切れる瞬間が、この手法により見える可能性があります。
<参考資料>
SPring-8蓄積リングの27メートル長尺アンジュレーターで発生したパルスX線は、結晶分光器を通った後、試料の結晶基板上に導かれる。フェムト秒レーザーから発振されたレーザーパルスによって瞬間的なひずみが与えられた結晶基板の角度をゴニオメータ(試料の角度を高精度で調整できる機器)で調整し、その回折(反射)X線の角度分布を検出器でとらえることにより、基板に膨張・圧縮方向のひずみがあると検知できる。
シリコン基板(a)およびヒ化ガリウム基板(b)における音響パルスエコー。(c)は、ヒ化ガリウムでの第1エコーのパルス形状の裏面研磨状態の影響。
<用語解説>
※1 ピコ秒時間分解X線三結晶回折法
ピコ秒時間分解X線測定法と、三結晶回折法を組み合わせた新手法。ピコ秒時間分解X線測定法とは、レーザーパルスで刺激された試料に、ピコ秒の時間幅をもつパルスX線を一定時間後に照射することにより、ストロボ撮影する方法をいう。また、三結晶回折法では、X線を分光器で単色化し、この単色X線が試料に当たって生じた回折X線をさらに角度分解用結晶で回折させてX線検出器でデータを測定する。三点で結晶を使用していることから、X線三結晶回折法と呼ばれる。
※2 大型放射光施設(SPring-8)
兵庫県にある大型共用施設。高速で進む高エネルギー状態の電子を加速すると電磁波が発生する。とくに、偏向電磁石の中では、電子は円軌道上を運動し、運動の接線方向に強い電磁波を放出する。これが「放射光(シンクロトロン放射)」と呼ばれるもの。特に大型放射光施設と呼ばれるものには、世界にSPring-8、APS(米国)、ESRF(仏)の三つがある。SPring-8(電子エネルギー:8GeV)の場合、遠赤外から真空紫外、軟X線、X線を経てガンマ線に至る幅広い波長域で放射光を得ることができ、国内外の研究者の共同利用施設として、物質科学・地球科学・生命科学・環境科学・産業利用などの分野で利用されている。
※3 アンジュレーター
加速器で加速された電子を曲げる偏向磁石間(直線部分)N、Sという磁極をハーモニカのように上下に配置してその間を通りぬける電子を周期的に小さく蛇行させて明るい特定の波長を持った光を作り出す装置。理研の大型放射光装置「SPring-8」では世界に先駆けて開発した真空封入型アンジュレーター、27メートルにおよぶ長尺アンジュレーターなどを整備し、世界最高レベルの放射光発生を実現している。
※4 ロッキングカーブ
X線を結晶に照射すると、適当な入射角度でX線が回折する。入射角の変化に対する回折強度の分布をロッキングカーブと呼ぶ。
※5 マルチチャンネルスケーリング法
X線の強度を時間の関数として測定する方法の一つで、検出器からのパルス信号の数をある時間間隔で区切って連続的に数える方法。
<本研究に関する問い合わせ先> 独立行政法人理化学研究所播磨研究所 播磨研究推進部 猿木 重文 (報道担当) <SPring-8についての問い合わせ先> (財)高輝度光科学研究センター |
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