結晶中の原子位置が磁場で段階的に変化 - 三角格子磁性体で世界で初めて観測に成功 -(プレスリリース)
- 公開日
- 2006年11月09日
- BL19LXU(理研 物理科学II)
平成18年11月9日
独立行政法人理化学研究所
本研究成果のポイント
○ 世界最強の38テスラの超強磁場中での放射光回折で初測定
○ 結晶中の原子の位置を磁場で操作することが可能に
○ 新しいメモリー素子や磁気ヘッドの開発に期待
独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長。以下「理研」)は、38テスラ※1という超強磁場中に磁性体をおいて放射光X線回折※2測定を行い、結晶格子定数※3が階段状に変化する現象を観測しました。すなわち、磁性体の原子の位置を磁場で操作できるという可能性を得ることができました。これは、播磨研究所放射光科学総合研究センター量子材料研究グループ量子磁性材料研究チームの勝又紘一チームリーダーと、国立大学法人東京大学物性研究所金道浩一教授、国立大学法人大阪大学極限量子科学研究センター萩原政幸教授、スイス放射光施設SWISS LIGHT SOURCE(以下「SLS」)、財団法人高輝度光科学研究センター(以下「JASRI」)との共同研究による成果です。 (論文) |
1.背 景
正三角形の頂点に磁性原子が並んだ磁性体において、2つの磁性原子のスピンが互いに反対の方向を向こうとする場合には、残りの磁性原子のスピンがどの方向を向けば安定になるのか解らずに、いわば、スピンが苛々する「フラストレーション」が生じます(図1(a))。フラストレーションのある磁性体では、絶対零度までスピンがばらばらな状態となり、磁気秩序を確保できないと理論的には予想されています。ところが、現実の三角格子磁性体では、ある温度で磁気秩序が起こります。これは、図1(b)のように、自ら結晶格子を歪めることで、スピン間の相互作用がアンバランスになり、フラストレーションが解消されるからです。フラストレーションが生じている状態に外部から強磁場をかけると、スピンは磁場方向に揃うようになり、フラストレーションが解消され、歪んでいた結晶格子は元に戻ります。
スピンのフラストレーションは、超伝導を引き起こしたり、物質の磁性を逆転させたりするなど、興味深い物理現象を引き起こすことが知られていました。このように、スピンのフラストレーションは物質の構造が生みだす現象であり、現代の物性物理において注目を集めている現象ですが、構造とスピンのフラストレーションの関係は、明らかにされていませんでした。
2.研究手法
測定に用いた試料は、代表的な三角格子磁性体で知られる銅と鉄の酸化物(CuFeO2:デラフォサイト)で、その結晶構造を図2に示します。この磁性体は、磁性を持った原子の鉄(Fe)が、結晶の特定面内で三角格子状に並んでいます。この物質は、マイナス259℃(14ケルビン)で磁気秩序を示し、それ以下の低温では、磁場中で磁気構造が多段階に変化することが知られています。
磁場による結晶構造の変化を観測するためには、X線や中性子線を使った回折実験で結晶構造の形を表す「格子定数」を測定します。ところがこれまでは、20テスラ以上の強磁場中で正確に格子定数を知ることができる回折実験は成功していませんでした。
研究グループは、大型放射光施設(SPring-8)※5で発生する強力なX線とパルス磁場を組み合わせ、世界最強の38テスラまでの超強磁場中の回折実験に成功しました。X線回折測定は、SPring-8の理研物理科学IIビームラインBL19LXUに整備した、超強磁場中で行いました。磁場を発生させるために使ったパルス磁石は、東大・物性研、阪大・極限センターと理研との共同研究により開発しました(図3)。試料から回折されたX線は、SLSとJASRIにより共同開発した、二次元高速検出器PILATUS 100Kで検出しました。
3.研究成果
X線回折データの解析から、結晶の構造を表す「b軸方向の格子定数」と呼ばれる数値が、磁場と共に、階段状に変化する現象を観測しました(図4)。連続して格子定数が変化するのでなく、ある磁場で急に変化して段階状の変化を示すという現象を見つけたのです。この物質では、磁気構造が外部から与えた磁場で変化し、それに伴って磁化(磁石の強さを表す量)が増加します。この磁化の変化に同期して格子定数が階段状に変化する様子が分かりました。つまり、結晶の格子が、磁場に応じて連続的に変化するわけではなく、ある程度の強度になって初めて、形を変えることが明らかになったのです。
4.今後の期待
この結果から、結晶格子構造、つまり結晶内の原子の位置を磁場で操作出来る可能性が得られました。磁場中における、異なる結晶歪みの状態を利用すれば、新しいメモリー素子の開発に繋がると期待されます。また、結晶の長さが磁場で階段状に変化する性質を利用すれば、新しい磁気ヘッドの開発にも繋がるでしょう。
<参考資料>
(a) 正三角形のある頂点のスピンは、残り二つのスピンの影響を受け、向きが定まらない。(b) 結晶を歪ませて、磁気相互作用のバランスを崩し、フラストレーションを解消する。
陰を付けた丸は磁性原子であるFeを表し、これらが結晶のc面内(水平面)で三角格子状に並んでいる。黒丸は酸素原子を、白丸は一価の銅イオン(磁性を持たない)を表す。
磁化(青丸)の磁場依存性も同時に示している。結晶格子は、通常ではスピンのフラストレーションのために格子構造が歪んだものとなるが、強磁場中ではスピンのフラストレーションが解消されて点線部分の結晶格子が伸びるため、歪みから解放される。黄球は磁性原子、赤い矢印は磁場方向のスピンと青い矢印は磁場と反対方向のスピンを示す。38テスラでの格子定数は、ゼロ磁場と比べて約37%変化する。
<用語解説>
※1 テスラ
「磁界(磁束密度)」の単位。1テスラ=10,000ガウス。
※2 X線回折
X線は電磁波の一種なので、波の性質を持つ。そのため、X線の波長と同程度の距離に規則正しく並んだ散乱体があれば、回折現象を起こし特定の方向にX線の 強いスポットが現れるはずである。これを、結晶を使って実証したのがブラッグ父子であり、現在、結晶構造解析の手法として広く使われている。
※3 格子定数
結晶を構成する最小のユニットの大きさを表すための単位。最小ユニットの辺の長さa, b, cと、角度α, β, γの6個の定数を用いる。
※4 スピン
電子は原子核の周りを回転運動していると共に、自転していると考えられている。この自転に対応する物理量をスピンとよぶ。電荷を帯びた物体が動くと磁気が発生するので、スピンにより電子は小さな磁石となる。
※5 大型放射光施設(SPring-8)
兵庫県にある大型共同利用施設。ほぼ光速で進む電子が、その進行方向を磁石などによって変えられると接線方向に電磁波が発生する。これが「放射光(シンク ロトロン放射)」と呼ばれるものであり、電子のエネルギーが高く進む方向の変化が大きいほど、X線などの短い波長の光を含むようになる。特に第三世代の大型放射光施設と呼ばれるものには、世界にSPring-8、APS(アメリカ)、ESRF(フランス)の3つがある。SPring-8(電子の加速エネルギー:80億電子ボルト)の場合、遠赤外から可視光線、真空紫外、軟X線を経て硬X線に至る幅広い波長域で放射光を得ることができ、国内外の研究者の共同利用施設として、物質科学・地球科学・生命科学・環境科学・産業利用などの幅広い分野で利用されている。
<本研究に関するお問い合わせ先> 独立行政法人理化学研究所 播磨研究推進部 猿木 重文 (報道担当) <SPring-8についてのお問い合わせ先> (財)高輝度光科学研究センター |
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