1,000億分の1の確率で生まれる光子の姉妹を世界で初めて高精度キャッチ - X線で物質の結合状態を直接観測するツールが可能に - (プレスリリース)
- 公開日
- 2007年06月14日
- BL19LXU(理研 物理科学II)
平成19年6月14日
独立行政法人理化学研究所
本研究成果のポイント
○ “親”光子が“姉妹”光子に分かれるX線非線形現象を世界で初めて高精度に観測
○ “姉妹”光子生成で“親”光子が電子をはじきにくくなる新現象の発見
○ 物質中での原子同士を結びつける電子の“手”を調べる新しい手法へ期待
独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、X線領域での非線形光学※1現象であるパラメトリック下方変換※2を高精度で測定することに成功し、このパラメトリック下方変換が、コンプトン散乱※3と干渉していることを発見しました。この成果により、これまで難しいとされていたX線非線形光学という新たな分野が開拓され、さらにX線領域での量子光学※4への扉が開かれました。また、この測定技術を応用すると、物質の様々な性質を決定する原子間の結合状態に関する情報が得られると期待され、物性研究や新素材・機能性材料の開発などに革新をもたらします。理研放射光科学総合研究センター(石川哲也センター長)石川X線干渉光学研究室の玉作賢治先任研究員と石川哲也主任研究員らによる研究成果です。 (論文) |
1.背 景
可視光領域の非線形光学は、半世紀程前のレーザーの発明に端を発し、その後急速に発展しました。今や可視光領域の非線形光学は、身近なところでは光通信など、幅広く利用されている極めて重要な分野です。一方、X線領域の非線形光学は、応用はおろか全くと言って良いほど理解されていません。これには2つの理由が考えられます。1つは、X線領域での非線形光学現象が極めて微弱であることです。そしてもう1つは、X線領域にレーザーが存在しなかったことです。X線非線形光学、さらにはX線量子光学が発展していくためには、これらの問題点を解決する必要がありました。
今回の研究では、1つ目の課題である微弱な非線形光学現象の観測を実現するために、非線形光学現象の一つであるパラメトリック下方変換で生まれる“姉妹”光子を見つけることに取り組みました。
普通に物質の解析にX線を使うと、物質中の原子同士を結びつけている“手”にあたる電子だけでなく、物質中の全ての電子を見てしまいます。これを避ける方法として、パラメトリック下方変換で“親”光子が“姉妹”の光子に変換する様子を観測すれば、“姉妹”の生まれる確率から、結晶中の原子同士を結ぶ電子の“手”の強さ、すなわち結合状態が予測できるのではないかと考えられてきました。この推論は35年も前に出されていましたが、驚くべきことに、この応用上きわめて重要な推論は今日まで全く検証されていません。パラメトリック下方変換を高精度で観測し、この現象を理解することによって、“姉妹”の生まれる確率を測定して目的とする物質中の“手”の強さ、すなわち結合状態を解明できるようになります(図1)。
2.研究手法と成果
研究は、現在利用できるX線源では非線形光学を研究できないのか、という疑問から始まりました。そこで世界で最も明るいX線を利用できる大型放射光施設(SPring-8)の理研物理科学IIビームラインBL19LXUを利用しました。また、得られる信号が極めて微弱であることが予測されたので、計測装置には、十分にノイズ対策した高感度のものを用いました。非線形媒質としては、原子同士を結ぶ電子の“手”の強い、つまり光子の“姉妹”の生まれる確率の高いと考えられている人工ダイヤモンド結晶を使いました。
(1)パラメトリック下方変換の測定
パラメトリック下方変換で、“姉妹”光子の“妹”光子の方が極端紫外領域※6で“姉”光子がX線領域になる場合について、“姉”光子の誕生が予測されるX線の信号強度(一秒間あたりのX線光子の数)を測定しました。
その結果、図2に示すように、パラメトリック下方変換の条件である位相整合条件※7が満たされる角度で、“姉”の光子の生成が信号増大として観測されました。この信号強度は、ダイヤモンド結晶に照射した“親”光子のX線強度の1,000億分の1程度と大変弱いものでした。それにもかかわらず観測できたことは、X線非線形光学の発展を妨げていた信号の弱さを測定装置の工夫により克服できたことを示しました。
(2)コンプトン散乱との干渉効果
通常X線が物質にあたるとコンプトン散乱が起こります。この時、“親”光子は電子をはじいて少し波長の長い“1人っ子”の光子に生まれ変わります。この“1人っ子”光子の強度は、図2の黒線のように角度と共に滑らかに減少します。ところがパラメトリック下方変換によって“姉”光子が生まれる角度より少し先で、測定値(橙丸)が“1人っ子”光子の強度(黒線)より低い値をとり、コンプトン散乱が減少していることを見出しました。これは、“姉妹”光子が生まれようとすると、“親”光子が電子をはじきにくくなっていることを示しています。つまりパラメトリック下方変換がコンプトン散乱と干渉するというこれまでの常識を打ち破る新現象が発見されました。この新発見は、パラメトリック下方変換が35年間信じられていたよりも、遙かに複雑な現象であることを示しています。この新現象を理解することができると、原子間を結ぶ“手”の強さを予測することが可能となります。
3.今後の期待
原子間の結合状態は、物質の発現する様々な特性に関係しています。今回の成果から、物質の性質を理解し、さらに新規物質の開発へのヒントを得ることができると期待されます。このように、X線非線形光学は、学問としてだけでなく、応用上も期待の大きい現象を数多く含みます。
実は、X線非線形光学の発展のためのもう1つの課題であるX線レーザーは、可視光領域に遅れること半世紀、あと数年の内に利用できるようになります。この半世紀の間に可視光領域の非線形光学が、例えば高度情報化社会の光通信分野を支えるまでに発展したことを思い起こすと、X線レーザーによって、X線非線形光学やX線量子光学が急速に発展していくことに疑いの余地はありません。
<参考資料>
物質中で原子間の結合を担っている結合電子(電子の手)により光子P(親)が2つの光子S(姉)とI(妹)に分かれる。この結果パラメトリック下方変換は原子間の結合の強さを反映する。
試料を回転させた時の信号強度(橙丸)。ある角度(1.9度)で条件が満たされパラメトリック下方変換が起こり、“姉”光子が生まれる。この時、信号がいったん増大した後、減少することが判明した。ここでは、“姉”光子が生まれないだけでなく、元々存在していたコンプトン散乱(黒線)まで減少するという干渉効果が発見された。青線はパラメトリック下方変換とコンプトン散乱の間での干渉効果を取り入れたモデルでの、両者の信号強度の合計の理論的予測。
<用語解説>
※1 非線形光学
物質の光への応答が、光の波の振幅に比例しない光学現象を扱う。このような効果は線形応答に比べて極めて弱いため、通常その観測にはレーザーが必要とされる。
※2 パラメトリック下方変換
物質中の電子との相互作用により1つの光子が、2つの光子に変換される非線形光学現象。変換の前後で光子の持つエネルギーと運動量が保存される。
※3 コンプトン散乱
光が粒子であることを示す現象。物質にX線をあてたとき、電子にエネルギーを与えた結果、散乱されて出てくるX線の波長が長くなる現象。
※4 量子光学
電子や光の持つ粒子性と波動性の2つの側面を扱う量子力学を用いて、光と物質の相互作用を記述する。
※5 光子(こうし)
光の粒子。
※6 極短紫外領域
可視光(400〜700ナノメートル)より波長が短い紫外領域の内、波長が数10ナノメートル(ナノ=10億分の1)程度の領域。
※7 位相整合条件
パラメトリック変換が起こるための条件である運動量の保存が満たされる条件。
<お問い合わせ先>
(研究に関すること) 播磨研究推進部 企画課 (報道担当) (SPring-8に関する問い合わせ先) |
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