特別なX線回折法により鏡像異性体(ふたご)を世界で初めて識別 - 円偏光X線とらせん構造が影響し合う回折原理を発見 - (プレスリリース)
- 公開日
- 2008年04月07日
- BL17SU(理研 物理科学III)
2008年4月7日
独立行政法人理化学研究所
本研究成果のポイント
○ 水晶を構成する原子のらせん構造をX線回折で“見る”ことに成功
○ 円偏光X線を利用し、らせん構造の種類によって異なる反射強度を観測
○ エレクトロニクスデバイス材料など、鏡像異性体を持つ物質の構造解明に期待
独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、大型放射光施設SPring-8を使って、これまでは識別できなかったらせん構造(カイラリティ)を持つ鏡像異性体※1について、特別なX線回折により右巻き・左巻きを識別する新しい回折原理を発見しました。本研究は、放射光科学総合研究センター(石川哲也センター長)量子秩序研究グループ励起秩序研究チームの辛埴チームリーダー(国立大学法人東京大学物性研究所教授兼任)と田中良和専任研究員、竹内智之業務協力員(現 財団法人高輝度光科学研究センター研究員)、英国ラザフォードアップルトン研究所のS.W. ラヴジィ(Lovesey)教授らの共同研究による成果です。 (論文) |
1.背 景
私たちの身の回りには、鏡に映った像のように見える「鏡像体」が実物と同じように存在するものが多くあります。それらをお互いに鏡像異性体と呼びます。たとえば、右手と左手は、お互いに鏡像の関係にあります。ミクロの世界でも同じように、アミノ酸、糖類、アドレナリンなどの有機分子、さらには、水晶やテルルなどの無機質結晶にも鏡像異性体があります。花崗岩などの天然鉱石の中に見られる水晶も、シリコン原子が右巻きのらせん構造を持つ右水晶(右結晶)・左巻きのらせん構造を持つ左水晶(左結晶)が、同じくらいの割合で存在しています(図1)。この鏡像異性体は、物理学的な性質はまったく同じですが、可視光が透過したときの偏光面の回転が右結晶・左結晶で異なることが知られており、このような性質を光学活性と呼びます。
右結晶・左結晶の生化学的な性質には違いがあり、私たちの生体を構成するアミノ酸や摂取する糖類には、一方のらせん構造のものしかありません。したがって、このようならせん構造(カイラリティ)を持つ物質の右左を識別することは非常に重要です。例えば、サリドマイドと呼ばれる睡眠薬に含まれる分子には鏡像異性体がありますが、一方が無害であるのに対し、もう一方は胎児の発育不全を引き起こす作用があることが判明し、大きな社会問題となりました。また、次世代のエレクトロニクスデバイス材料、例えば磁石と電気の性質をあわせ持つ複合機能材料の開発でも、構造カイラリティの観察が、その特性を理解する上で非常に重要になると考えられます。
2.研究手法と成果
今回の発見は、さまざまな物質のミクロな原子構造を調べる際に一般的に用いられているX線回折という手法に基づくものです。通常のX線回折では、右結晶・左結晶を見分けることができません。そこで、研究グループは、特別な波長と右円偏光・左円偏光を持つX線を使って回折実験を行うことを考えました。
今回の実験では、水晶をターゲットにして左右の違いを見分けることに挑戦しました。そのために、まず大型放射光施設SPring-8の理研物理科学IIIビームラインBL17SUにおいて、「アンジュレータ※4」という特殊な装置で右円偏光、左円偏光をもつX線を発生させました。このようなX線をヘリシティ(回転運動)があると言います。さらに、そのX線の波長を、水晶のらせん構造を形成しているシリコン原子で吸収がもっとも大きい0.67ナノメートルのエネルギー(波長)に合わせました。
その結果、通常では反射しない結晶の001という反射指数※5の反射が観測されることがわかりました。さらに、右円偏光のX線を使ったときには、左結晶の回折(反射)強度が右結晶よりも強くなり、左円偏光のX線を使ったときには、逆に右結晶の回折(反射)強度が左結晶よりも強くなることがわかりました(図2)。この発見は、これまで知られていた回折原理では説明できない、まったく新しい現象です。特に重要な発見は、物質が持つカイラリティとX線が持つヘリシティがお互いに影響し合うことです。この発見により、構造カイラリティの識別に円偏光X線が利用できることがわかりました。
3.今後の期待
この原理を使うことにより、金属などのように可視光による透過型の光学活性を利用できない物質や光学活性が弱い化合物でも、容易に右、左らせん構造を識別することができます。さらに、アミノ酸、機能性高分子、液晶、次世代のエレクトロニクスデバイス材料などの多岐にわたる分子や結晶の鏡像異性体構造を解明することができると期待されます。
<参考資料>
青丸がシリコン、赤丸が酸素原子を表している。黒い枠は、結晶の繰り返し周期の最小単位(単位胞)。お互いに鏡像の関係にある。
水晶の右結晶では、左円偏光の回折(反射)強度が強く、逆に左結晶では、右円偏光の回折(反射)強度が強い。
<用語解説>
※1 鏡像異性体(光学異性体)
お互いの結晶あるいは分子の構造が、右手、左手に分類される双対物質を指す。例えば、私たちの右手、左手は、どのように回転しても、移動しても重なることはない。鏡で映し出したときにだけ一致する。物理的な性質はまったく同じだが、光が透過するときに偏光の回転方向がお互いに逆になることから、光学異性体とも呼ぶ。私たちの体を構成するアミノ酸は、左手系しかないことが知られている。
※2 円偏光
光やX線は、電場と磁場とが振動しながら進む横波である。電場や磁場が一周期進む間に、電場の向きが光の進行方向の軸の周りを一回転しながら進む光を円偏光と呼ぶ。自分に向かって進んでくる光に対して、その発生源の方向を見たときに、光の電場が時間の経過とともに時計回りに回るときを、右円偏光という。右円偏光X線の電場の空間的な軌跡はどちらの方向から見ても、一般的な右ネジのように見える。
※3 低温型水晶
水晶には3種類の形態がある。そのうち1つは結晶構造を持たないもので、石英ガラスとしてよく知られる。結晶構造を持つものには、低温型と高温型の2種類がある。高温型水晶は、温度540℃以上で結晶化したもので、らせん構造は持たないが、低温型水晶は、それ以下の温度で結晶化したもので、右左のらせん構造を持つ。
※4 アンジュレータ
磁場の向きが互い違いになるように並べた磁石列によって電子の軌道を蛇行させ、放射光を発生させる装置。
※5 反射指数
X線の反射は、結晶の3次元空間の最小繰り返し単位をもとに、反射面がきまる。その面を表すために3つの指数を用い、それぞれX、Y、Zの方向を示す。その数字を反射指数と呼ぶ。
<問い合わせ先> (研究に関すること) 播磨研究推進部 企画課 (ビームラインに関すること) (SPring-8に関すること) (報道担当) |
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