世界で最も小さなX線ビームを実現 − 10ナノメートルの壁を世界で初めて突破 −(プレスリリース)
- 公開日
- 2009年11月23日
- BL29XU(理研 物理科学I)
2009年11月23日
国立大学法人大阪大学
独立行政法人理化学研究所
財団法人高輝度光科学研究センター
本研究成果のポイント
○ X線波面誤差を正確に補正し、世界最小の7ナノメートルのX線ビームを実現
○ 将来、数ナノメートル分解能を持つX線顕微鏡の開発が可能に
国立大学法人大阪大学(鷲田清一総長、以下「大阪大学」)、独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長、以下「理研」)及び財団法人高輝度光科学研究センター(白川哲久理事長)は、大型放射光施設SPring-8※1で、X線ビームの小ささにおいて、10ナノメートル※2の壁を突破し、7ナノメートルサイズのX線ビーム形成に世界で初めて成功しました。本内容は、大阪大学大学院工学研究科 山内和人 教授、三村秀和 助教と理研 石川哲也 放射光科学総合研究センター長・X線自由電子レーザー計画推進本部プロジェクトリーダーらが共同で行った研究成果です。 (論文) |
1.研究の背景と目的
X線顕微鏡は、X線をサンプルに照射した際に発生する微弱なシグナルを測定し、さらに、拡大・画像化することで、微小な領域の観察を可能にしています。例えば、照射させるX線ビームを材料や細胞などの試料に対して走査させることで、内部の特殊な構造、元素の3次元分布などを観測することができます(図1)。そのほかの顕微鏡の代表例としては、可視光を用いる光学顕微鏡や、電子線を用いる電子顕微鏡などがあり、これらも最先端の科学技術分野で使用されています。X線は、電子や可視光に比べて、物質に対する透過性が非常に高いので、病院のレントゲン写真のように、物質の内部構造も正確に観察できるというほかにない特徴を持ちます。このX線顕微鏡の性能を向上させるためには、照射させるX線ビームの強度を強くし、さらに、そのサイズを小さくする必要があります。X線ビームの強度に関しては、X線光源の進歩に合わせて飛躍的に向上してきました。SPring-8で発生するX線は十分な強度がありますが、さらに、隣接して建設されているX線自由電子レーザー(XFEL)の完成により、将来、極限の強度を手にすることができます。
しかしながら、放射光施設で使用されている多くのX線ビームの大きさは1マイクロメートル程度であり、最先端でも、数百ナノメートル程度の大きさです。このことは、ほかにない優れた特徴を持つX線顕微鏡の横方向を見分ける横分解能は、電子顕微鏡などの横分解能に達していないことを意味します。最先端のナノテクノロジーや分子生物学分野においては、ナノメートルの横分解能が必要とされています。例えば、数ナノメートルのサイズのX線ビームが実現できれば、細胞内部のナノメートルサイズのタンパク質の分布を直接観察でき、さらに、半導体デバイスやナノテクノロジーで使用されているさまざまな先端材料の、特徴的な構造や化学結合状態を、ナノメートルの分解能で立体的に観察することもできます(図1)。
そのため、微小なサイズのX線ビーム形成技術は、X線顕微鏡の開発において、最も重要な要素技術の1つとして考えられ、世界各国の多くの放射光施設、研究機関において、研究開発が精力的に行われています。大阪大学と理研では、さまざまな方法の中でも、図1に示すX線を反射するミラーによるX線集光技術の開発を進めてきました。大阪大学で、非常に高精度のX線ミラーの作製を行い、SPring-8での性能評価を行うことで、X線ビームの微小化を行ってきました。
この研究の目的は、これまで大阪大学、理研で開発された手法に加えて、X線を集めるミラーで発生するX線の波の分布の誤差を完全に修正するという、これまでにない新しい手法を確立し、10ナノメートル以下の世界で最も小さなX線ビームを実現することです。
2.研究手法と成果
この研究では、波長0.6オングストロームの硬X線の集光に取り組みました。硬X線をミラーにより、10ナノメートル以下に集光する時、必要とされる形状誤差は、0.1ナノメートルレベルにもなります。また、高い反射率を得るために、ミラーの表面には、重元素と軽元素から構成された多層膜をコーティングする必要がありますが、硬X線集光に十分な性能を持つ多層膜は、今のところ、実現されていません。すなわち、硬X線の集光において、10ナノメートルを突破するためには、今までの方法の延長線上では、不可能であると考えました。
そこで、本研究では、硬X線を集光するためのミラーの形状誤差や多層膜を起因として発生する反射X線の波面誤差を、前段に設置した形状を任意に制御できるミラーにより補正をする方法を考案しました(図2)。実際の実験では、まず、前段のミラーは完全な平面に調整します。そして、X線の集光実験を行い、その集光されたX線の強度分布情報から、位相回復法と呼ばれる方法を用い、その波面誤差を完全に決定します。その誤差を補正するように、前段のミラーの形状を変化させます。その結果、最終的に集光されるX線は物理的に完全な理想状態になります。
本研究では、SPring-8の中でも最も高品質の硬X線の利用が可能な、1kmの長さを持つ理研物理科学 I ビームライン(BL29XU)で実験を行いました。使用した多層膜集光ミラーsの基板は、大阪大学で開発されたEEM(Elastic Emission Machining)加工法※4を用い作製されました。その後、白金と炭素からなる多層膜を表面にコーティングし、完成させました。また、本研究のために、0.1ナノメートルの精度で任意に形状を制御できる補正用のミラーを開発しました。また、0.1度で温度が制御された環境下で実験を実施しました。実験の結果、補正前には、強度分布が乱れていたX線ビームが、補正後、再度計測を行うと、理想的な回折限界のX線ビームであることを確認しました(図3)。また、その集光された硬X線のサイズは、7ナノメートルであり、世界で初めて10ナノメートルの壁を突破し、「世界で最も小さなX線」を実現したことになります。
3.今後の期待
この研究により構築した集光システムを使用することで、さまざまなX線顕微鏡において、ナノメートルの分解能が実現することになります。これは、世界のX線顕微鏡の開発競争において、日本が大きく先行したことを意味しています。また、この集光システムと現在建設が進むX線自由電子レーザー(XFEL)を組み合わせることで、何もない真空から電子と陽電子が飛び出す物理限界を超える究極の高エネルギー状態の実現も期待できます。このように、この結果は、理論物理学から医学・生物学分野を含む、さまざまな最先端の科学技術分野に対して大きく貢献できる成果であるといえます。
《参考資料》
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《用語解説》
※1 大型放射光施設SPring-8
兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高の放射光を生み出す理化学研究所の施設で、その管理運営は高輝度光科学研究センターが行っている。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8GeV に由来。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、強力で指向性の高い電磁波のこと。 SPring-8では、この放射光を用いて、ナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われている。
※2 ナノメートル、オングストローム
ナノメートルは、10-9メートル。ナノテクノロジーは、このサイズレベルの大きさの物質を利用する技術。オングストロームは、10-10メートル。物質の原子間隔の距離に相当する。
※3 回折限界
光の本質的な性質である回折によって、光学系ごとに、光をどれほど狭い領域に集められるかに理論的な限界がある。これを回折限界という。具体的には、集光鏡もしくはレンズの受光面積や、焦点距離、波長などによって決まる。
※4 EEM(Elastic Emission Machining)
微粒子表面と加工物表面間の化学反応を用いた超精密加工法。加工物表面に対して、機械的な負荷なく加工を行うことができる。加工物表面に対して化学反応性を持った微粒子の利用と、その微粒子の精密な供給によって、原子レベルの精度を持った平坦表面の作製が可能になる。
《問い合わせ先》 助教 三村 秀和(みむら ひでかず) 独立行政法人理化学研究所 放射光科学総合研究センター (報道担当) 独立行政法人理化学研究所 広報室 報道担当 (SPring-8に関すること) |
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