物質の電子密度分布をナノメートル分解能で可視化できるX線顕微鏡を開発-世界最高分解能のX線CTで金属ナノ中空粒子の内部を観る-(プレスリリース)
- 公開日
- 2010年04月20日
- BL29XU(理研 物理科学I)
平成22年4月20日
国立大学法人 大阪大学
国立大学法人 北海道大学
国立大学法人 京都大学
独立行政法人 理化学研究所
本研究成果のポイント
• 物質の電子密度分布を三次元観察可能なX線CT技術が実現
• サイズ約200ナノメートルの金属中空粒子の内部構造を10ナノメートルより優れた空間分解能で可視化
• X線自由電子レーザーを使った単分子構造解析の応用への期待
国立大学法人大阪大学(鷲田清一総長)は、物質の電子密度分布を10ナノメートル( nm:10億分の1メートル)より優れた空間分解能で三次元観察することのできる究極的なX線顕微鏡を世界で初めて開発し、形状制御法によって合成されたサイズ約200nmの金銀ナノ中空粒子の内部構造の詳細を観察することに成功しました。これは、大阪大学大学院工学研究科(馬場章夫研究科長)の高橋幸生特任講師、是津信行助教、堤良輔大学院学生、山内和人教授、北海道大学(佐伯浩総長)の西野吉則教授(元 理化学研究所 石川X線干渉光学研究室 専任研究員)、京都大学(松本紘総長)の松原英一郎教授、理化学研究所(野依良治理事長)放射光科学総合研究センター(石川哲也センター長)の石川哲也主任研究員による研究成果です。 (論文) |
1. 研究の背景
金属ナノ粒子は、比表面積が大きく、量子サイズ効果によって特有の物性を示すなど、一般的な大きな固体材料とは異なることから、様々な分野で研究が進められています。特に最近では、中空構造を有する粒子を合成し、その特徴的な構造に由来する表面プラズモン共鳴を利用した医学分野への応用研究が盛んです。このような、形状制御ナノ粒子の三次元ナノ構造を決定することは、ナノ粒子の光学的性質を理解し、新しい機能を持つナノ粒子の設計指針を与える上で大変重要です。
物質の三次元ナノ構造を決定する方法として、近年、透過型電子顕微鏡を用いた電子線トモグラフィーの研究が盛んです。しかしながら、電子線を透過させるためには、金属を100nm以下の薄い切片にしなければなりません。また、電子線と物質との相互作用は複雑であるため、定量的な解析が困難であるという問題がありました。一方、X線は透過性に優れ、X線を用いたトモグラフィーは、厚い試料の三次元観察が可能であり、医療機器として病院で使用されています。
これまで、X線トモグラフィーは空間分解能の面で電子線トモグラフィーと比べ技術的に大きな遅れをとってきました。これは、X線は電子線のようにその進行方向を容易に変えることが困難であり、結像するためのレンズを作製することが技術的に困難であることに起因しています。干渉性(コヒーレント)X線散乱と位相回復計算という特殊な計算を利用するX線回折顕微法は、この技術的な問題を回避したレンズを使わない顕微法で、近年、第三世代放射光施設を中心に盛んに研究されています。X線回折顕微法は、原理的にX線波長程度(オングストロームオーダー)の空間分解能が得られますが、空間分解能の向上には、強度の大きなコヒーレントX線が必須であり、これまで研究グループがSPring-8で行ってきた測定では、X線の強度が十分でないため、トモグラフィーの空間分解能は100nm程度でありました。
本研究では、高い形状精度を有するX線集光ミラーを駆使して、大きな強度を有するコヒーレントX線を形成し、それを用いた高空間分解能X線回折顕微法装置を開発しました。また、形状制御法によって作製された金銀ナノ中空粒子の三次元電子密度分布の可視化に応用し、中空構造の詳細決定および中空粒子の形成メカニズムの解明にも取り組みました。
2. 研究成果の内容
金銀ナノ中空粒子は、ポリオール還元法によって合成された銀ナノ立方体粒子を塩化金酸溶液中に浸し、銀と塩化金イオン間のガルバニ置換反応によって合成されました。X線回折顕微法の測定は、大型放射光施設SPring-8の理研 物理科学 I ビームラインBL29XUにて行いました。波長1.05オングストローム( Å:100億分の1メートル)のX線を1マイクロメートル(μm:100万分の1メートル)のスポットサイズに集光し、非集光時と比べて100倍程度高密度なコヒーレントX線を形成しました。集光には、大阪大学で開発されたElastic Emission Machining加工法によって作製された高精度X線ミラー(株式会社JTECより購入、商品名:OSAKA MIRROR)を使用しました。X線が最も高密度で平面波とみなせる集光点に金銀ナノ中空粒子を一つだけ配置し、後方で観測される散乱X線をX線CCD検出器で検出しました。また、電子密度が既知の銀ナノ立方体粒子の測定も行い、金銀ナノ中空粒子の電子密度導出のための参照としました(図1)。
金銀ナノ中空粒子から散乱されたX線による回折パターンは、粒子の電子密度分布のフーリエ変換の大きさの二乗に比例し、ナノ粒子の微細構造にとても敏感です (図2)。しかしながら、この回折パターンには散乱X線の位相情報が含まれていないので、逆フーリエ変換しても粒子の像を得ることはできません。そこで、位相回復計算という特殊な処理を計算機で行うことで、試料像を再構成します。この特殊な計算が、通常の顕微鏡のレンズの役割を担っています。一枚の回折パターンから再構成して得られる像は、粒子をある方向から見た投影像に相当します(図3)。この投影像は、走査型顕微鏡像(図3)や透過型電子顕微鏡像(図3)で得られるコントラストとは異なり、粒子の電子密度分布を反映しています。
粒子の三次元電子密度分布は、さまざまな入射X線角度で得られる複数枚の回折パターンから位相回復して導出されます。ある等電子密度面を表示すると、粒子の表面の小さな穴や窪みがあることが分かりました(図4)。これまでの研究からガルバニ置換反応の初期過程において、粒子表面に小さな穴が形成されることが報告されており、今回観察された表面の小さな穴は、初期段階の反応に関係している可能性があります。
また、粒子の三次元電子密度分布像をスライスすると、内部構造を電子密度分布として詳細に調べることができます(図5)。色々な断面像を調べると、粒子の角に金原子の多く含まれる領域が局在している傾向が見られました。このことから、粒子の角から置換反応が進行したことが示唆されます。また、断面像から最も薄い構造の断面プロファイルを解析すると空間分解能は10nmより優れており、X線CT撮影で達成された世界最高の分解能を達成しました。
3. 今後の展開
集光ミラーによって形成される高密度コヒーレントX線を利用した顕微鏡技術は、今後、さまざまな金属ナノ粒子、ナノワイヤーなどのナノ構造材料の構造を解明していくと期待できます。ナノ構造材料の定量的な決定により、ナノ構造に由来する特異な物性の発現機構が理解され、革新的なナノ材料の設計・創製が促進されると期待されます。さらに、理化学研究所が現在、財団法人高輝度光科学研究センターと協力して開発・建設を進めている次世代X線源のX線自由電子レーザーを利用することにより、飛躍的な発展が期待できます。今回の研究で使ったSPring-8は、世界最高レベルの高品質なX線を発生しますが、可干渉性が良くないため、集光して1点に集めることのできるX線は全体の0.1%程度に過ぎません。X線自由電子レーザーは、ほぼ100%の干渉性を持つX線が得られると期待され、本実験に最適なX線源と言えます。また、X線自由電子レーザーは、100フェムト秒以下という短いパルス幅を持っているのも大きな特徴です。この超短パルス性能を利用すると、特に生物試料の顕微鏡観察でブレークスルーがあると信じられています。金属試料と比べ生物試料は、X線照射により容易に壊れてしまい、分解能を制限してしまうことが問題となっています。X線自由電子レーザーを使えば、試料が壊れる前の測定が可能になり、従来の限界を大きく凌駕する分解能が得られると期待されます。これにより、創薬の鍵を握る膜タンパク質の構造解析など、医学上重要な応用への道も開かれます。現在、欧米で建設中のX線自由電子レーザー施設でも同様なX線顕微鏡観察が計画され、今後、顕微鏡開発の競争が激しくなることが予想されます。現在、ミラー集光技術で日本は世界をリードしており、大阪大学のOSAKA MIRRORと理化学研究所のX線自由電子レーザーの融合で、究極的なX線顕微鏡が近い将来実現することが期待されています。
《参考資料》
図1 集光X線ビームを利用した回折顕微法の概念図
集光ミラーによって放射光X線を1マイクロメートルのスポットに集光し、その焦点位置に試料(金銀ナノ中空粒子)を配置する。前方方向に弾性散乱するX線強度の分布(コヒーレントX線回折パターン)をX線CCD検出器にて測定する。コヒーレントX線回折パターンを計算機処理して、試料構造を再構成する。三次元画像の再構成には、試料を回転させ、さまざまな入射角におけるコヒーレントX線回折パターンを用いる。
図2 X線CCD検出器で測定した金銀ナノ中空粒子のコヒーレントX線回折パターン
高いコントラストで金銀ナノ中空粒子からのコヒーレントX線回折パターンの測定に成功した。コヒーレントX線回折パターンは、斑点状に分布する。斑点の一つ一つが、弾性散乱されたX線の波の干渉の強め合いによって起こり、ナノ粒子の微細構造を反映している。
図3 金銀ナノ中空粒子の顕微鏡像
X線回折顕微法では、金銀ナノ中空粒子内部の中空構造を鮮明に確認でき、電子密度分布が定量化される。一方、走査型電子顕微鏡像では、表面のみの情報で内部の構造を観察することができない。また、透過型電子顕微鏡像では、中空構造を確認できるが、電子が十分に透過しないために、像が不鮮明であり、電子の多重散乱の影響で、像の定量的な解釈が困難である。
図4 金銀ナノ中空粒子の等電子密度面
様々な入射X線角度で測定された金銀ナノ中空粒子のコヒーレントX線回折パターンに位相回復計算を実行することで、三次元電子密度分布が導出される。そして、等電子密度面を表示すると、金銀ナノ中空粒子の表面構造の詳細を観察できる。青色の矢印で示した箇所に小さな穴、緑色の矢印で示した箇所に大きな窪みの存在を確認できる。
図5 金銀ナノ中空粒子の断面図
金銀ナノ中空粒子の三次元電子密度分布像を任意の断面でスライスすると断面図を得ることができる。さらに、その断面像は電子密度分布として表示できる。断面像の中で、最も薄い構造の断面を解析すると断面プロファイルの空間分解能が10nmより優れていることが判明した。
《用語解説》
※1 トモグラフィー
物理探査、医療診断等で用いられる逆解析技術の一つで、その多くは対象領域を取り囲む形で走査線を配置し、内部の物性の分布を調べる技術である。
※2 大型放射光施設SPring-8
理化学研究所が所有する、兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高輝度の放射光を生み出す施設。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来する。放射光(シンクロトロン放射光)とは、荷電粒子が磁場の中で曲がる際に放射される光の一種。SPring-8では、周回する電子群のサイズが小さいことや高い安定性のため、干渉性の優れたX線が得られる。
※3 X線CT
さまざまな角度から撮影した試料のレントゲン写真から、試料の3次元画像を再構成する手法。X線コンピュータ断層撮影とも呼ばれる。病院での臨床検査や、産業界での非破壊検査に広く使われている。
※4 X線自由電子レーザー
完全な干渉性をもつ次世代のX線発生装置。日・米・欧で建設が進められている。日本では、理研が財団法人高輝度光科学研究センターと協力して、SPring-8キャンパス内に建設中である。国家基幹技術の1つに指定されている。
※5 「若手研究者の自立的研究環境整備促進」プログラム
世界で戦える研究者を育成するため、若手研究者の自立のための環境整備に組織的に取り組んでいる研究機関がテニュア・トラックを導入する取組を支援することにより、活力ある環境整備の形成を目指すプログラム。テニュア・トラックとは、任期付き雇用により、若手研究者が自立した研究環境で研究・教育者としての経験を積み、最終審査によって専任教員となるキャリアパスを提供する制度。
《問い合わせ先》 (報道担当) 独立行政法人理化学研究所 広報室 報道担当 (SPring-8に関すること) |
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