大型放射光施設 SPring-8

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何がサッカーボール型分子、フラーレン、を用いた化合物を超伝導にするか?-より高温での超伝導実現のための材料設計の指針が見えた-(プレスリリース)

公開日
2010年05月20日
  • BL10XU(高圧構造物性)
英国ダーラム大学、英国リバプール大学、財団法人高輝度光科学研究センター、独立行政法人理化学研究所などの国際研究グループは、分子性物質の中でもっとも高い超伝導臨界温度を有するセシウムをドープしたフラーレン物質では、2つの異なる結晶構造相が超伝導を示すことを発見しました。

2010年5月20日
ダーラム大学(イギリス)
リバプール大学(イギリス)
財団法人高輝度光科学研究センター
独立行政法人理化学研究所

本研究成果のポイント
• 同じ組成のフラーレン化合物が結晶構造によって異なる超伝導臨界温度、磁性を示すことを発見。
• 異なる構造をもつフラーレン超伝導体の超伝導臨界温度について、統一的なモデルで説明できることを発見

 英国ダーラム大学、英国リバプール大学、財団法人高輝度光科学研究センター(白川哲久理事長)、独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)などの国際研究グループは、分子性物質の中でもっとも高い超伝導臨界温度※1を有するセシウムをドープしたフラーレン物質※2では、2つの異なる結晶構造相が超伝導を示すことを発見しました。高林康裕博士研究員(ダーラム大学)、Kosmas Prassides教授(ダーラム大学)、Alexey Y. Ganin博士研究員(リバプール大学)、Matthew J. Rosseinsky教授(リバプール大学)、大石泰生主幹研究員(高輝度光科学研究センター)、高田昌樹主任研究員(理化学研究所)らの共同研究による成果です。
 フラーレン超伝導体は1991年に臨界温度Tc = 33 K(ケルビン)という、分子性物質の中で最も高いTcを示すことが発見されました。そして、2008年にセシウムをドープしたCs3C60という組成の新しいフラーレンが、圧力を印加するとTc = 38 Kの超伝導を示すことが発見され、分子性超伝導体のTcの記録が、同じフラーレンによって17年ぶりに塗り替えられました。
 これまでに発見されたカリウムやルビジウムなどのアルカリ金属をドープしたフラーレン超伝導体の結晶構造は全て面心立方構造であることが報告されています。しかし、このTc=38Kを示す物質の構造は、これまで報告されてきたアルカリ金属ドープフラーレン超伝導体とは異なり、体心立方型(body center cubic : bcc)のA15と呼ばれる構造です(図1)。一方、面心立方型構造(face center cubic : fcc)のCs3C60の結晶相も、Tc = 38 Kを示す結晶相とともに発見されましたが、その物性はいまだ未解明でした。今回の国際共同研究によって、fcc相のCs3C60も先に報告されたA15相と同じく、圧力を印加しない常圧では電気伝導性に乏しい絶縁体ですが、圧力を印加するとTc = 35 Kの超伝導が発現することが明らかになりました。
 本研究によって、Cs3C60の2つの異なる結晶相がともに高圧下で超伝導を示すことを初めて明らかにしました。この際、超伝導を示す圧力、温度領域での結晶構造を、大型放射光施設SPring-8※3の高輝度放射光を用いて確認しました。さらに、フラーレン超伝導体においては、超伝導転移温度がバンド幅※4によって決まることを明らかにしました。本研究成果は、英国科学誌『Nature』に5月19日付で(日本時間の5月20日に)掲載されます。

(論文)
"Polymorphism control of superconductivity and magnetism in Cs3C60 close to the Mott transition"
(日本語訳:Cs3C60の構造制御によるモット転移近傍での超伝導と磁性の発現)
Alexey Y. Ganin, Yasuhiro Takabayashi, Peter Jeglic, Denis Arčon, Anton Potočnik, Peter J. Baker, Yasuo Ohishi, Martin T. McDonald, Manolis D. Tzirakis, Alec McLennan, George R. Darling, Masaki Takata, Matthew J. Rosseinsky & Kosmas Prassides
Nature 466, 221–225 (2010), published online May 19, 2010

1.研究の背景
 最近、鉄とヒ素を組み合わせた材料において高い温度で超伝導を示すことが次々に報告され、注目を集めています。この鉄ヒ素化合物や、高温超伝導物質として以前から有名な銅酸化物は典型的な無機物ですが、一方で炭素を主要な構成元素とする有機物を用いた超伝導物質開発研究も盛んに行われています。有機物は主に分子で構成されるため、これらは分子性物質とも呼ばれます。分子性物質で最高の超伝導臨界温度Tcをもつ物質は、フラーレンC60※2とアルカリ金属の化合物でTc = 33 Kでした。
 2008年に、新たにセシウムをドープしたCs3C60という組成の物質が開発され、それが8キロバール※5という圧力を印加することによってTc=38Kという臨界温度以下で超伝導となることが発見されました(Nature Materials, 7, 367 (2008))。これは、分子性超伝導体のTcの記録を17年ぶりに塗り替えるもので、それが同じフラーレンの化合物によって達成されたことは、フラーレンという分子の持つ潜在能力を強く印象付ける発見でした。さらに、同じ国際研究グループらによって、このCs3C60は、圧力を印加しない常圧では、電気伝導性に乏しい絶縁体で、しかもモット絶縁体※6と呼ばれる特殊な状態にあることがわかりました。そして、圧力印加によって電子が動き始めて金属化すると同時に、高いTcにおいて超伝導が発現することが明らかになりました(Science, 323, 1585 (2009)2009年3月20日プレスリリース資料参照)。
 この時に発見されたTc = 38 Kを示すCs3C60の結晶構造は、従来のフラーレン超伝導体とは異なっていました。これまでに発見されたアルカリ金属ドープフラーレン超伝導体の結晶構造は、面心立方構造(face center cubic : fcc)と呼ばれる構造でした。一方、Tc=38 Kを示すCs3C60は、体心立方型(body center cubic : bcc)のA15と呼ばれる構造です(図1)。fcc相のCs3C60は、Tc = 38 Kを示すCs3C60が発見された際に同時に発見されましたが、その物性の詳細に関しては未解明でした。

2.研究手法と成果
 今回、国際共同研究グループは、合成方法を検討しfcc相のCs3C60を主成分とする試料の作製に成功しました。この試料に関して、大型放射光施設 SPring-8※3の高圧構造物性ビームライン(BL10XU)を用いたX線回折実験を行うなど、多様な評価法を用いてfcc相のCs3C60の物性の詳細を明らかにしました。
 その結果、fcc相のCs3C60は、Tc = 38 Kを示すA15相のCs3C60と同様に、高圧を印加しない常圧の条件下では、電気を流さない絶縁体ですが、圧力を印加すると、Tc = 35 Kの超伝導体になることが明らかになりました。また、A15相は46 K以下の温度で反強磁性※7と呼ばれるスピンの整列した状態になることが、同じグループの以前の研究でわかっています(Science, 323, 1585 (2009))。一方、今回新たに研究を行ったfcc相のCs3C60では、2.2 K以下で反強磁性状態になることがわかりました。fcc相のCs3C60では、Tc = 38Kを示すA15相のCs3C60と同様に、C60分子一個につき、三個の電子がセシウムからC60に移動し、A15相と同じ電子状態になっています。すなわち、C60が同一の電子状態を持つfcc相とA15相は共に、どちらも超伝導と反強磁性を示しますが、超伝導や反強磁性を示す臨界温度は異なることがわかりました。圧力を印加すると、C60分子間の距離が短くなるために電子が分子間を飛び移りやすくなります。この時、バンド幅Wは大きくなります。常圧ではモット絶縁体ですが、圧力を上げていき、バンド幅がしきい値Wcを越えると、超伝導を発現するようになります。さらに圧力を加えると最初はTcが高くなっていきますが、fcc相の場合はTcが35Kを越えると、減少を始めます。WcとWとの比Wc/Wに対してTcをプロットすると、ドーム上のカーブを描きます(図2)。これに、A15相のCs3C60や、他のアルカリ金属ドープフラーレン超伝導体のTcとWの関係をプロットしてみると、さきほどのカーブ上に点が載ります。すなわち、フラーレン超伝導体では、Tcの高さは、結晶構造が異なってもバンド幅によって同じように変化することがわかりました。

3.今後の展開
 本研究によって、同一の電子状態を持つフラーレン超伝導体は、結晶構造が異なっても、Tcはバンド幅によって同じように変化することがわかりました。これにより、フラーレンの超伝導は、統一されたモデルで説明できることが期待されます。
 一方、本研究で得られた絶縁体近傍でのバンド幅とTcとの関係は、銅酸化物超伝導体など、同じように「高い超伝導臨界温度が絶縁体の近くに現れる」超伝導体の研究の指針となると期待されます。


《参考資料》

図1 フラーレン化合物Cs3C<sub>60</sub>の結晶構造。Tc=35Kを示す面心立方相(左)とTc=38Kを示すA15相(右)

図1 フラーレン化合物Cs3C60の結晶構造。
Tc=35Kを示す面心立方相(左)とTc=38Kを示すA15相(右)

白いサッカーボール状のものがフラーレン分子。赤い丸はセシウム原子を示す。フラーレン分子の最近接距離は約1ナノメートル(10億分の1メートル)。



図2  今回、明らかになったフラーレン超伝導体のバンド幅と超伝導臨界温度との関係
図2  今回、明らかになったフラーレン超伝導体のバンド幅と超伝導臨界温度との関係

◯:fcc相のCs3C60:A15相のCs3C60、▽:Cs3C60以外のアルカリ金属ドープフラーレン。WがWcより小さい時は、モット絶縁体となる。圧力を印加するなどして、WをWcより大きくすると、超伝導が発現する。


《用語解説》

※1 超伝導臨界温度
 超伝導状態とはある温度以下で電気抵抗がゼロになり、電気が永遠に流れ続ける状態です。電気抵抗がゼロになる温度を臨界温度Tcと呼びます。超伝導になった状態では、電子同士の間に強い引力が働き、電子は対にになった状態で結晶中を動き回ります。

※2 フラーレン
 ほとんど炭素のみでできた、閉じたかご状の分子。C60はサッカーボールの形をしているため特に有名で、さまざまな機能性材料に応用されています。最近では、有機太陽電池が特に有名です。1996年にC60の発見に対して、米・英国の科学者にノーベル化学賞が与えられました。

※3 大型放射光施設SPring-8
 兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高の放射光を生み出す理化学研究所の施設で、その管理運営は高輝度光科学研究センターが行っています。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8GeVに由来。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、細く強力な電磁波のこと。SPring-8では、この放射光を用いて、ナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われています。

※4 バンド幅
 電気的特性など、固体のもつさまざまな性質はその固体の中を動き回る多数の電子のふるまいによって決まります。電子にはエネルギーの低いものから高いものまでいろいろあります。固体中では、電子はエネルギーの低いものから順に、バンドと呼ばれる電子の受け入れ領域に詰まっていきます。このバンドの受け入れ可能なエネルギーの範囲の大きさをバンド幅と呼びます。

※5 キロバール
 バール(bar)は圧力の単位で、約1気圧(常圧)。従って、キロバール(kbar)とは1,000気圧なので、高圧の単位として用いられ、例えば地殻の下の圧力は約30~50kbarです。

※6 モット絶縁体
 電子が、固体の構成原子や構成分子の上で止まってしまって動くことができなくなり、電気を流すことができない絶縁体のことです。通常の絶縁体はバンド絶縁体と呼ばれ、電子がないので電気が流れないのですが、モット絶縁体には電子があるのに電気が流れません。そのため、2種類の絶縁体を区別するため、電子があるのに電気が流れない絶縁体を、最初に注目した理論物理学者の名前をとってモット絶縁体と呼びます。この絶縁体は多くの場合、磁性を持ち低温で反強磁性状態になります。

※7 反強磁性
 隣り合うスピンがそれぞれ反対方向を向いて整列し、全体として磁気モーメントを持たない物質の磁性を言います。



(問い合わせ先)
 財団法人高輝度光科学研究センター
 利用研究促進部門 主幹研究員 大石 泰生(おおいし やすお)
 〒679-5198 兵庫県佐用郡佐用町光都1-1-1
  TEL:0791-58-0832 FAX:0791-58-0830
  E-mail:mail

 独立行政法人理化学研究所
 放射光科学総合研究センター 高田構造科学研究室
 主任研究員 高田 昌樹(たかた まさき)
 〒679-5198 兵庫県佐用郡佐用町光都1-1-1
  TEL:0791-58-2942 FAX:0791-58-2717
  E-mail:mail

(SPring-8に関すること)
  財団法人高輝度光科学研究センター 広報室
   TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786
   E-mail:kouhou@spring8.or.jp

(報道担当)
 独立行政法人理化学研究所 広報室 報道担当
   TEL:048-467-9272 FAX:048-462-4715

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