試料像をフェムト秒で捉える極紫外線ホログラフィーに成功 - X線自由電子レーザーを使った超高速現象撮影に道 -(プレスリリース)
- 公開日
- 2010年10月08日
- SCSS試験加速器
平成22年10月8日
国立大学法人北海道大学
独立行政法人理化学研究所
国立大学法人京都大学
兵庫県立大学
財団法人高輝度光科学研究センター
本研究成果のポイント
○ 自由電子レーザーから得られるフェムト秒時間幅のパルス1つを使った試料像の撮影に成功
○ 新規のホログラフィー手法を用いて、計測条件を自由電子レーザーの性能に最適化
○ X線自由電子レーザーを使った原子・分子の動きの撮影に道筋
北海道大学、理化学研究所、京都大学、兵庫県立大学および理化学研究所と高輝度光科学研究センター(JASRI)が共同で組織する「X線自由電子レーザー(XFEL)※1計画合同推進本部」の共同研究グループは、SCSS試験加速器※2が発生する極紫外線自由電子レーザーを用いて、フェムト秒※3露光のホログラムから試料の画像を再構成することに成功しました。 (論文) |
《研究の背景》
新世代のX線であるX線自由電子レーザー(XFEL)は、フェムト秒という極めて短い時間幅を持つため、分子・原子の世界で起こる超高速現象の動画を撮影できると期待されています。分子・原子の世界で起こるわずかな構造の変化を捕えるには、自由電子レーザーのもう1つの優れた特徴である、コヒーレント(きれいな波面)であることが大きく役立ちます。コヒーレントな光を試料に当てると、試料構造のわずかな変化が、光の波面の変化を引き起こし、観測できるようになります。このように、試料によって散乱された光のパターンから、レンズを使わずに試料の画像を得る方法がコヒーレントイメージングです。X線には倍率の高いレンズがないため、コヒーレントイメージングが世界的に大きな注目を集めています。研究グループの西野と石川は、これまでに、大型放射光施設SPring-8※5からの部分的にコヒーレントなX線を使ってコヒーレントイメージングの実験を行っており、ヒト染色体の3次元像を得るなど世界をリードする成果を得ています(2008年12月24日付プレスリリース参照)。また、研究グループの田中と石川は、これまでに、SPring-8を使った超高速現象の解析を行ってきました。
SPring-8の敷地内では、理化学研究所と高輝度光科学研究センター(JASRI)が共同で組織するX線自由電子レーザー計画合同推進本部が、XFEL施設の建設を現在進めています。XFELは、空間的に完全にコヒーレントで、コヒーレントイメージングによる研究がさらに広がると期待されています。XFEL施設の建設に先立ち、理化学研究所はXFELのプロトタイプ機として、SCSS試験加速器を建設し、そこから発生する極紫外線自由電子レーザーを広く世界の研究者に公開しています。極紫外線はX線よりも波長が長く、原子や分子をイメージングすることはできませんが、自由電子レーザーのフェムト秒という極めて短い時間幅を活用して、将来のXFEL利用に向けた超高速コヒーレントイメージングの原理検証実験ができると期待されています。研究グループは、SCSS試験加速器からの極紫外線自由電子レーザーを用いて、初めてコヒーレントイメージングの実現に成功しました。
《研究手法》
超高速現象の動画を撮影するためには、まず、超高速度カメラで動画の1コマを撮影する技術が必要となります。SCSS試験加速器からの極紫外線自由電子レーザーの時間幅は100フェムト秒程と極めて短いため、自由電子レーザーの1パルスで試料を照らして、試料の一瞬の画像(スナップショット)を撮影することができれば、超高速度カメラが実現します。ここでは、自由電子レーザーの1パルスの照射で、いかに効率よく試料のスナップショットが得られるかが重要となります。このように1パルスで実験データを計測することを、シングルショット計測といいます。
研究グループは、シングルショットで効率よくコヒーレントイメージングを行う方法として、近年開発されたHERALDOと呼ばれるホログラフィーの手法を用いました。ホログラフィーはコヒーレントイメージングの1つの手法で、試料からやってきた波(物体波)と、既知の参照となる波(参照波)を干渉させた干渉パターン(ホログラム)から、試料の構造を復元します。従来のフーリエ変換ホログラフィーという方法では、試料の隣に小さな穴(ピンホール)を作り、このピンホールを通り抜けた同心球状の波(球面波)を参照波として用いていました。ただし、この方法では、ピンホールの大きさが、最終的に得られる試料の画像の解像度を決めるため、細かい構造を見ようとピンホールを小さくすると、穴を通り抜ける光の強度が弱まり、結果としてホログラムデータの精度が落ちるという問題がありました。HERALDOは、この従来手法の問題を解決し、参照波を作り出す穴が大きくても、高い解像度が得られます。研究グループは、HERALDOにおいて参照波を作り出す穴のサイズを自由に変えることができることに着目して、シングルショット計測に最適な条件でホログラムを計測する具体的な方法を提案し、実験的にその有効性を示しました。
《研究成果》
研究グループは、シングルショットで最適な強度のホログラムが計測できる測定条件を、SCSS試験加速器からの極紫外線自由電子レーザーの性能や、計測に用いるCCD検出器の性能を考慮して検討しました。この検討を元に設計した試料を図1に示します。試料作製では、兵庫県立大学高度産業科学技術研究所のナノ加工技術が活用されました。加工されたパターンは、試料となるSPring-8のロゴマークの隣に、参照波を作り出す縦と横のスリットが配置されています。縦または横のスリットを通り抜けた波を参照波として、試料の画像を再構成できます。ホログラムから試料の画像を再構成するには計算機を用います。
図2には、100フェムト秒ほどの極めて短い時間幅をもつ極紫外線自由電子レーザーを1パルス試料に照射した際に、CCD検出器で計測されたホログラムを示します。あらかじめ設計をしていたように、シングルショットで適切な強度のホログラムを計測することに成功しました。このように、自由電子レーザーを用いてシングルショット計測に最適な条件でコヒーレントイメージングを行ったのは、世界で初めてのことです。
計測したホログラムから再構成した試料の画像を図3に示します。図3(a)、図3(b)はそれぞれ、縦および横のスリットを参照波の波源として用いた際の途中結果を示します。このように、ホログラフィーの手法では一般に、ホログラムに対する単純な計算処理で、試料の像を確認できるのが特徴です。これらの図に見られるように、スリットを参照波源として用いるHERALDOでは、4つの試料像のコピーが現れます。図3(c)には、図3(a)の4つのコピー像を適切に足し合わせて得られた、最終的な再構成像を示します。SCSS試験加速器からの極紫外線自由電子レーザーを用いて、初めてシングルショットでコヒーレントイメージングすることに成功しました。
《今後への期待》
今回成功した、フェムト秒スケールでの試料の一瞬の画像(スナップショット)をつなぎ合わせると、超高速現象の動画撮影ができます。研究グループは、SCSS試験加速器を用いて、超高速現象の動画撮影への取り組みを始めています。さらに、X線自由電子レーザー計画合同推進本部が現在建設を進めているXFELを使うと、原子や分子が動く様子を撮影するという人類未踏の夢の技術につながります。この技術は、XFELの、極めて短い時間幅、大強度、優れたコヒーレンスという3つの優れた特徴を全て活かした究極の測定といえます。
《用語解説》
※1 X線自由電子レーザー(XFEL)
X線領域の波長をもつレーザーであり、これを用いることによってさまざまな物質の原子レベルの構造とその極めて高速な動きを捉えることが可能となる。通常のレーザーとは異なり、物質に束縛されていない自由電子を利用する。平成23年度からの供用開始をめざして理化学研究所が高輝度光科学研究センター(JASRI)の協力を得て進めている日本のXFEL計画では、世界最先端放射光施設SPring-8からのX線と比較して、10億倍の明るさと1,000分の1のパルス幅を持ち、かつ波面のそろったX線の発生が予定されている。基礎研究から産業や国民の生活に役立つ応用研究や開発研究において、諸外国に先駆けて革新的な成果の創出が期待されている。
※2 SCSS試験加速器
SCSSは Compact SASE Source の略。SASEは自己増幅自発放射(Self Amplified Spontaneous Emission)を意味する。日本のXFEL計画における試験加速器として、理化学研究所播磨研究所に建設された。電子ビームエネルギーはXFELの32分の1(250 MeV)、長さは約10分の1(約65 m)で、波長51-61ナノメートルの極紫外線のSASE光を発生する。
※3 フェムト秒
1,000兆分の1秒が1フェムト秒。1フェムト秒は、光の速さ(秒速約30万キロメートル)でも0.3マイクロメートルしか進むことができないほどの極短時間。
※4 コヒーレントイメージング
波面が揃っている光のことをコヒーレント光といい、レーザーの特徴の1つである。コヒーレント光を試料に当てると、試料構造のわずかな変化が、光の波面の変化を引き起こし、観測できる。試料によって散乱された光のパターンから、レンズを使わずに試料の画像を得る方法をコヒーレントイメージングという。倍率の高いレンズがない、極紫外線やX線の波長領域で威力を発揮する。
※5 大型放射光施設SPring-8
兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高輝度の放射光を生み出す理化学研究所の施設。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeV に由来。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、強力な電磁波のこと。SPring-8では、この放射光を用いて、物理、化学、地学などの基礎研究から、ナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われている。
《参考資料》
SPring-8のロゴマークの隣に、参照波を作り出す縦と横のスリットが配置されている。
シングルショット計測に最適な条件でホログラムを計測できるよう設計した。
(a)、(b)はそれぞれ、縦および横のスリットを参照波の波源として用いて再構成した途中結果。
(c)は、(a)の4つのコピー像を適切に足し合わせて得られた、最終的な再構成像。
(問い合わせ先) 田中 義人(たなか よしひと) 松原 英一郎(まつばら えいいちろう) (SCSS試験加速器に関すること) (報道担当) (報道担当) (SPring-8に関すること) |
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