大型放射光施設 SPring-8

コンテンツへジャンプする
» ENGLISH
パーソナルツール
 

一酸化窒素が免疫反応に関わる過程を原子レベルで解明-効果の高い抗菌薬の開発につながるものと期待-(プレスリリース)

公開日
2010年11月30日
  • BL09XU(核共鳴散乱)

2010年11月30日
財団法人 高輝度光科学研究センター

 高輝度光科学研究センター(以下「JASRI」、理事長 白川哲久)は、マサチューセッツ工科大学(MIT, USA)、カリフォルニア大学Davis校(UC Davis, USA)と共同で、大型放射光施設SPring-8※1の核共鳴散乱ビームライン(BL09XU)の高輝度X線を利用することにより、細菌内にも存在するリスケタンパク質※2が一酸化窒素により破壊される過程の解明に成功し、一酸化窒素が免疫反応に関わる過程を原子レベルで解明しました。

 一酸化窒素は、体内での免疫反応において細菌などの病原菌を探し出し破壊してくれる役割を果たしています。これまでリスケタンパク質は一酸化窒素によって鉄1原子を含む錯体に分解されるものと考えられてきましたが、今回の実験で主に鉄2原子を含む錯体に分解されることを発見しました。この発見は、一酸化窒素による免疫性が現れる際のメカニズムの解明に繋がるとともに、より効果の高い抗菌薬の開発につながるものと期待されます。

 今回の研究成果はMITの S. J. Lippard, C. E. Tinberg, Z. J. Tonzetich, L. H. Do、UC DavisのS. P. Cramer、 H. Wang、JASRI依田芳卓主幹研究員により得られたものです。2010年11月30日に米国科学雑誌 「Journal of the American Chemical Society」のオンライン版に掲載される予定です。

(論文)
"Characterization of Iron Dinitrosyl Species Formed in the Reaction of Nitric Oxide with a Biological Rieske Center"
C. E. Tinberg, Z. J. Tonzetich, H. Wang, L. H. Do, Y. Yoda, S. P. Cramer and S. J. Lippard
Journal of the American Chemical Society

1.研究の背景
 すべての生命体においてタンパク質を通しての電子伝達は光合成や呼吸などきわめて重要な役割を担っています。自然はこの重要な役割を各種のある特別な鉄硫黄タンパク質に担わせて進化してきました。鉄硫黄タンパク質中の鉄硫黄クラスター※3は個々の生命体のそれぞれの要求に合うようにさまざまにデザインされています。
 この電子伝達を担う鉄硫黄クラスターを攻撃する分子として一酸化窒素(NO)が挙げられます。一酸化窒素は自動車の排気ガス中に含まれることはよく知られていますが、免疫反応において侵入してきた病原菌を探しだし破壊するものとして、多くの生命体内でもつくられています。そのさい鉄硫黄クラスターと一酸化窒素の反応はクラスターを分解し、ジニトロシル鉄錯体(DNICs)と呼ばれる新しい化合物が生み出されます。
 57Fe核共鳴振動分光法(NRVS)※4は超単色化された14.4keVのX線を試料にあて、Fe原子の振動モードを調べる新しい手法です。これにはエネルギー選択性が高く指向性の高い強力な光であるシンクロトロン放射光が必要です。この手法は従来の手法と比較していくつかの優れた特徴があります。57Fe選択性があることにより、タンパク質のようなどんなに複雑な分子でも57Fe以外の原子からのバックグランドノイズを避けることができます。また57Feによって興味のあるサイトだけをラベルすることが可能です。さらに他の手法と異なり57Fe原子が関わるすべての振動モードを調べることができます。これらはシミュレーションにより定量的な解析が可能で、信頼性の高いデータを得ることができます。

2.成果
 リスケタンパク質は鉄硫黄クラスターを持ち、植物や動物に存在して様々な機能を担っているほか、病原菌である細菌にも含まれています。このタンパク質と一酸化窒素との反応でどのような生成物ができるかを詳細に調べるために、抽出したリスケタンパク質を一酸化窒素にさらされる前後で核共鳴散乱分光法により測定しました。
 図1にあるように、一酸化窒素にさらされる前のリスケタンパク質では300から450cm-1の領域に4つのピークがみられます。これは[2Fe-2S]フェレドキシンにもみられるFe-Sの非対称および対称な伸縮モードです。一方、一酸化窒素にさらされた後のリスケタンパク質ではFe-Sのモードは消え、560、617、655cm-1の高エネルギー領域に新たに3つのピークがみられます。これらのピークは一酸化窒素結合体のかたちでのN-Fe-Nの伸縮に相当します。またこれらのピーク強度とエネルギーは以前に測定された鉄を1つ、2つ、4つ含むジニトロシル鉄錯体と比較・評価されました。  これらの結果と他の手法での実験結果を総合的に組み合わせることにより、リスケタンパク質は一酸化窒素によって、これまで信じられていた鉄1原子を含む錯体ではなく、鉄2原子を含む錯体に主に分解されることが分りました。これらの錯体の正確な構造を知ることは鉄硫黄クラスターが一酸化窒素によってどのように破壊されるかを知る上でとても重要です。今回得られた情報は一酸化窒素の免疫性について新たな知見を与えるとともに、より効果の高い抗菌薬の開発につながるものと期待されます。

3.今後の展開
 
この研究によりリスケタンパク質の鉄硫黄クラスターが一酸化窒素により破壊される時にできる生成物の性質が明らかになりました。これはこの過程がどのようなメカニズムで発生しているかに光をあてるものです。今回は免疫反応であらわれるような一酸化窒素が鉄硫黄クラスターに対して十分に濃度のある環境で実験をおこないました。今後は一酸化窒素がより低い濃度で存在し、電子伝導の担い手としての役割を果たしている平常時での効果についても調べていく予定です。これらの研究は鉄硫黄クラスターの分解の複雑なメカニズムについての知見を与えてくれるものと期待されます。


《参考資料》

図1 一酸化窒素にさらされる前後のリスケタンパク質のNRVSスペクトル
図1 一酸化窒素にさらされる前後のリスケタンパク質のNRVSスペクトル

(一酸化窒素にさらされる前:赤線、さらされた後:青線)


《用語解説》
※1 大型放射光施設 SPring-8

 兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高の放射光を生み出す理化学研究所の施設で、高輝度光科学研究センターが管理運営を行っている。放射光とは、光速に近い速度で加速した電子の進行方向を電磁石で変えたときに発生する、強力な電磁波(X線)のこと。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8GeVに由来する。SPring-8では、この放射光を用いて、ナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われている。

※2 リスケタンパク質
 鉄硫黄タンパク質の一種で2つの鉄原子のうちの1つが2つのシステイン残基に、もうひとつが2つのヒスチジン残基に結びついた[2Fe-2S]鉄硫黄クラスターをもつ。植物や動物に存在するほか、細菌内にも含まれる。

※3 鉄硫黄クラスター
 鉄硫黄タンパク質に含まれ、活性中心となり重要な役割を果たしている鉄と硫黄の部分。鉄と硫黄の数および結合の仕方によりさまざまなタイプがある。

※4 核共鳴振動分光法(NRVS)
 原子核の共鳴準位のエネルギーに近いX線を試料に照射し、フォノンの生成・消滅をともなう原子核励起をおこさせることにより振動の様子を調べる分光法。ある特定の原子に注目した振動が測定できることが特徴で、1995年瀬戸らにより初めておこなわれた。エネルギー準位が原子核の種類により異なることと極めて狭いエネルギー幅をもつことを利用している。



《問い合わせ先》
 依田 芳卓(よだ よしたか)
  財団法人高輝度光科学研究センター
  利用研究促進部門 主幹研究員
  Tel:0791-58-0802 内線3939、Fax:0791-58-0830
  E-mail: mail1

(SPring-8に関すること)
 財団法人高輝度光科学研究センター 広報室
  TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786
  E-mail:kouhou@spring8.or.jp