メタンから水素を作る触媒"1粒"の構造を極細X線で捉えることに成功(プレスリリース)
- 公開日
- 2011年06月08日
- BL37XU(分光分析)
平成23年6月8日
大学共同利用機関法人自然科学研究機構 分子科学研究所
財団法人高輝度光科学研究センター
自然科学研究機構分子科学研究所の唯美津木准教授及び財団法人高輝度光科学研究センター(JASRI)の宇留賀朋哉副主席研究員らの研究グループは、世界最先端の大型放射光施設SPring-8※1のX線マイクロビームを用いて、メタンから水素を作り出す触媒1粒の構造を捉えることに成功しました。多様な働きを示す固体触媒粒子の構造は、これまで異なる構造や電子状態の粒子の集合体/混合体としてしか明らかにすることが出来ず、不均一な粒子全体の平均情報からは、固体触媒の持つ特徴や触媒作用の詳細を理解することは非常に困難でした。今回、研究グループでは、SPring-8において、幅1000 nm(nm:1ナノメートルは10億分の1メートル)、高さ800 nmの極めて細いナノ~サブミクロンサイズのX線のビームを作り出し、この極細ビームを利用してビームサイズと同等の大きさを持つ小さな触媒粒子1粒の構造を解明することに取り組みました。その結果、メタンから水素を作り出す担持ニッケル触媒※2の局所配位構造※3を、XAFS (X線吸収微細構造) 法※4と呼ばれる方法で、触媒粒子1粒の空間分解能で解明することに世界で初めて成功しました。今回の測定手法は、他の様々な触媒系粒子の構造解析に展開することができ、今後は、異なる性質を持つ種々の形状、サイズの触媒粒子からなる集合体/混合体が示す触媒の相乗効果の原理が明らかにされ、さらに効率のよい触媒の開発に繋がることが期待されます。本成果は、英国王立化学会の物理化学専門誌『Physical Chemistry Chemical Physics』のオンライン版(6月8日付(ロンドン時間))に掲載される予定です。なお、本研究の成果は高い評価を受け、掲載号の表紙にも選ばれました。 (論文) |
1.研究の背景
多様な物質合成反応に固体触媒が汎用されていますが、多くの固体触媒はナノ~ミクロンサイズ(10億分の1メートル~100万分の1メートル) の粒子で構成されています。それら一つ一つの触媒粒子は、一般に不均一で個々に構造が異なっており複雑です。実際の固体触媒は、これら様々な形状や構造の触媒粒子が混じった粒子の集合体/混合体となっており、触媒の働きの詳細を明らかにする上での障害の一つになっています。固体触媒の構造や働きを解明するために、固体触媒の構造を捉えることのできる様々な計測方法が開発されていますが、殆どの場合、得られる情報は不均一な触媒粒子集合体/混合体のマクロな平均情報でした。しかしながら、触媒粒子の形状やサイズが異なると、構造や組成が同じとは限らず、触媒性能や反応性が一粒ごとに異なることも予想されます。従って、マクロな計測法により得られる触媒粒子集合体全体の平均構造情報からは、触媒の活性・選択性や触媒作用のメカニズムを詳細に理解することはとても困難でした。
このような固体触媒粒子の働きの仕組みを解明して、新しい視点でよりよい触媒の開発を進めていくためには、ナノ~サブミクロンサイズの触媒粒子1粒の構造や電子状態情報を直接とらえることが必要とされていました。
2. 研究の成果
研究グループでは、世界最先端の大型放射光施設SPring-8において、幅1000 nm、高さ800 nmの極めて細いナノ~サブミクロンサイズのX線の極細ビームを作り出し、この細いビームを利用してビームサイズと同等の大きさを持つ触媒粒子1粒の構造を明らかにすることに取り組みました。この結果、メタンと水から水素と一酸化炭素を作り出す担持ニッケル触媒※2について、触媒となるニッケルの局所配位構造※3を、XAFS (X線吸収微細構造) 法※4と呼ばれる方法で、触媒粒子1粒サイズの空間分解能で明らかにすることに世界で初めて成功しました。
JASRIの寺田靖子主幹研究員らは、SPring-8の分光分析ビームライン(BL37XU)において、エネルギーの高い硬X線のビームを精度よく集光した細いビームを取り出すための技術を開発し、ナノ~サブミクロンサイズの硬X線マイクロビームを作成しました。2枚の集光ミラーを使ってX線ビームを水平方向、平面方向に集光し、今回、ニッケルのK吸収端のエネルギー (8 keV) において、1000 nm(幅)×800 nm(高さ)(半値幅)(nm:ナノメートルは10億分の1メートル) の極めて細いX線ビームを作り出しました(図1)。
このX線マイクロビームを用いて、分子科学研究所の唯美津木准教授らはJASRIの宇留賀朋哉副主席研究員らと共同で、メタンを水と反応させて水素に変換する反応(メタンスチームリフォーミング反応)に活性なニッケル/セリウム-ジルコニウム酸化物触媒 (NiOx/Ce2Zr2Oy, 0≤x≤1, 7≤y≤8)1粒子におけるニッケル触媒の局所配位構造を捉えることに成功しました。このNiOx/Ce2Zr2Oy触媒は、平均粒子径が750 nmのセリウム-ジルコニウム酸化物固溶体粒子(豊田中央研究所提供)の表面に、少量のニッケル(Ni)を担持した触媒です。この小さな触媒粒子をSiO2薄膜基板上によく分散させた試料を作成し、SPring-8のBL37XUビームラインから得られる1000 nm ×800 nmの大きさのX線マイクロビームを試料に照射しました。薄膜基板上の触媒粒子が存在する場所からは、試料に含まれるニッケル(Ni)及びセリウム(Ce)から、蛍光X線 (XRF) という元素に固有のX線が放出されるため、試料の薄膜基板を2次元スキャンしてニッケル(Ni)及びセリウム(Ce)の蛍光X線強度を2次元マッピングすると、薄膜基板上の触媒粒子の位置を特定することができます(図2)。
このNiOx/Ce2Zr2Oy触媒は、二つの異なる構造が存在します。一つは、還元雰囲気下で作られるニッケル触媒で、メタンスチームリフォーミング反応に対して活性を持ちます。もう一つは、この触媒を酸化すると得られるニッケル触媒で、これはメタンを活性化して水素に変換する触媒としては働きません。この2つの触媒におけるニッケルの電子状態と局所配位構造は、XAFS法という方法で調べることができます。唯美津木准教授らは、活性なニッケル触媒と不活性なニッケル触媒をそれぞれ作成し、SPring-8のX線マイクロビームを使って、それぞれの触媒1粒子のニッケルのK吸収端の蛍光顕微XAFS測定を行いました。触媒粒子1粒の空間分解能で測定したNi K端の顕微XANES※4の解析から、活性なニッケルと不活性なニッケルの違いを明確に捉えることができました(図3(a))。また、顕微EXAFS※4の測定も行い、ニッケル原子の周りにどのような原子がどれくらいの距離で何個存在するのか(ニッケルの局所配位構造)も解析し(図3(b))、初めて触媒粒子1粒における局所配位構造を決定することに成功しました。
3.今後の展開とこの研究の社会的意義
多様な働きを示す固体触媒粒子の構造は、これまで異なる構造や電子状態の粒子の集合体/混合体としてしか明らかにすることが出来ず、不均一な粒子全体の平均情報からは多様な働きを示す触媒の本性を理解することは困難でした。最先端のX線マイクロビームを使った空間分解顕微XAFSによる触媒粒子1粒の構造解析の実現は、他の様々な触媒系粒子の構造解析に展開することができ、物質変換プロセスに極めて重要な役割を果たす固体触媒の働きを解明し、固体触媒の持つ特性を明らかにすることができると期待されます。今後、異なる性質を持つ種々の形状、サイズの触媒粒子からなる集合体/混合体が示す触媒の相乗効果の原理が明らかになれば、より効率のよい触媒の開発につながると考えられます。
最先端のビーム集光技術も日々発展しており、近い将来は、触媒一粒の内部で形成される構造やその働きが分かるようになると考えられます。世界に先駆けて行われた本研究の成果により、経験的な触媒開発から更に発展して科学的基礎に立った触媒設計・開発の指針を提供して、持続可能な社会の発展を生み出す革新的な触媒プロセスの実現に貢献することが期待されます。
4.論文情報
掲載誌:Physical Chemistry Chemical Physics
(物理化学分野で高いインパクトファクターをもつ英国王立化学会の物理化学系専門誌)
論文タイトル:"µ-XAFS of A Single Particle of A Practical NiOx/Ce2Zr2Oy Catalyst"
(NiOx/Ce2Zr2Oy触媒1粒子のマイクロXAFS)
著者:Mizuki Tada*, Nozomu Ishiguro, Tomoya Uruga, Hajime Tanida, Yasuko Terada, Shin-ichi Nagamatsu, Yasuhiro Iwasawa, Shin-ichi Ohkoshi
掲載予定日:2011年6月8日付オンライン版
5.研究グループ
本研究は、分子科学研究所の唯グループ(唯美津木准教授、石黒志特別共同利用研究員)、JASRI(宇留賀朋哉副主席研究員ら)との共同研究により行われました。
6.研究サポート
本研究は、分子研特別共同利用、及び科研費基盤研究(S)18106013の一環としておこわれました。
《参考資料》
と8 keVにおけるX線マイクロビームのビームサイズプロフィル(右)。
水平方向(幅)、垂直方向(高さ)とも集光された極細X線ビーム。
触媒粒子が存在する位置で蛍光X線の強度が強くなることから、薄膜基板上の触媒粒子の位置を特定できる。
(A) 触媒一粒の顕微XANES。
(a)は還元して作成した触媒活性を持つニッケル触媒。
(b)は酸化された不活性なニッケル触媒。
(B) 触媒一粒の顕微EXAFSフーリエ変換とカーブフィッティング解析。
《用語解説》
※1 大型放射光施設SPring-8
兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高の放射光を生み出す理化学研究所の施設で、その運転管理はJASRIが行っている。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8GeVに由来。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、細く強力な電磁波のこと。SPring-8では、この放射光を用いて、ナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われている。
※2 担持ニッケル触媒
酸化物担体の上に触媒となるニッケルをのせた触媒。今回は、Ce2Zr2Oy酸化物固溶体を担体として、その表面にニッケルを分散担持した触媒を用いている。
※3 局所配位構造
測定対象元素のごく近傍の構造。測定対象元素の周辺にどのような原子が何個(結合配位数)、どのような距離(結合長)で存在するかの情報であり、EXAFSの解析によって明らかにできる。
※4 XAFS(X線吸収微細構造)
X線吸収微細構造(X-ray Absorption Fine Structure)の略。放射光からの特定のエネルギーのX線を物質に照射するとX線吸収スペクトルが得られる。このスペクトルの吸収端近傍(XANES)を解析すると、測定対象元素の対称性や価数がわかる。また、広域スペクトル(EXAFS)の解析からは、測定対象元素の周辺にどのような原子が何個、どのような距離で存在するか(局所配位構造)が決定できる。触媒粒子のような長距離構造秩序のない物質の構造を決定しうるほとんど唯一の手法であり、硬X線を用いたXAFSでは、触媒反応条件でのその場構造解析が可能である。
《問い合わせ先》 宇留賀 朋哉(うるが ともや) (報道担当) (SPring-8に関すること) |
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