「磁石でない磁気記録」を可能にする新しい記録材料の可能性 -磁化を持たない新しい電子スピン配列を発見-(プレスリリース)
- 公開日
- 2012年05月24日
- BL02B1(単結晶構造解析)
- BL19LXU(理研 物理科学II)
2012年5月24日
独立行政法人理化学研究所
国立大学法人東京大学
国立大学法人神戸大学
国立大学法人広島大学
公益財団法人高輝度光科学研究センター
発表のポイント
●大型放射光施設SPring-8で人工化合物Cd2Os2O7の電子スピンの配列をはじめて解明
●電子スピンの配列が2通りあるため、デジタル表現(0と1)が可能
●電子スピン同士は打ち消し合うため、物質全体は磁石の性質を持たない
理化学研究所(野依良治理事長)、東京大学(濱田純一総長)、神戸大学(福田秀樹学長)、広島大学(浅原利正学長)、高輝度光科学研究センター(白川哲久理事長)は、人工化合物Cd2Os2O7※1のオスミウム(Os)原子が、内向きと外向きという2通りの電子スピンの向きを持つことを発見しました。この発見によって磁石の性質を持たない新しい磁気記録材料の可能性が広がります。これは、理研放射光科学総合研究センター(石川哲也センター長)スピン秩序研究チーム有馬孝尚チームリーダー、東京大学物性研究所山浦淳一助教らを中心とした共同研究グループによる成果です。 (論文) |
1. 背景
多くの物質は温度を変えても電気の伝わりやすさはあまり変化しません。しかし、ある種の金属酸化物は、温度を変えることによって金属から半導体へと変化します。このような変化を示す物質の一部は、さまざまなセンサー材料や調光材料として応用されており、また超伝導の性質を持つ可能性もあることが知られています。そのため、金属から半導体になる物質群の実用を目指した応用研究は盛んに行われています。
今回、共同研究グループが注目した人工化合物Cd2Os2O7もそのような特徴を示す物質の1つです。パイロクロア※3という天然鉱物と同じ構造を持つ人工金属酸化物です。4個のオスミウム(Os)原子がちょうど正四面体の頂点に位置し、さらにその正四面体がつながるように結晶を作ります(図1)。
Cd2Os2O7は室温では電気をよく通しますが、マイナス52°C以下に冷やすと半導体になります。30年以上前にアメリカの研究グループが、半導体になると同時に電子スピンが整列していると考えられる実験結果を報告しましたが、本当に整列しているかどうかは分かっていませんでした。この物質の性質を詳細に調べるためには、電子スピンの配列を理解することが重要です。通常、電子スピンの配列を調べるには、中性子を当ててその跳ね返り方を調べますが、Cd2Os2O7は中性子を吸収してしまう性質があり、これまで測定することができませんでした。そこで研究グループは、大型放射光施設SPring-8の放射光X線を用いた実験と観察に挑みました。
2. 研究手法と成果
共同研究グループは、Cd2Os2O7を構成している3元素(カドミウム、オスミウム、酸素)のなかでも、磁性の性質を持つ可能性が高いOs原子に着目しました。 Os原子が反応する0.114nmの波長を持ったX線をマイナス52°C以下に冷やしたCd2Os2O7の結晶に当て、X線の跳ね返る方向と強さを精密に調べることで、Os原子の周りを回る電子スピンの配列を調べました。
その結果、Os原子が作る正四面体の頂点にある電子スピンの向きが内側か外側のどちらかを向く2通りの配列があることが分かりました(図2)。この特徴的な配列は、電子スピン同士が磁性を打ち消し合うため、物質全体としては磁石の性質を持ちませんが、デジタル的な0と1を表現できます。また、これまでの磁気記録材料は、強い磁石に近づけると誤消去される欠点を持ちますが、今回発見した電子スピンの配列は磁化を持たないため、強い磁石を近づけても0と1の間の誤消去が起きにくいことになります。
3. 今後の期待
今回、発見したCd2Os2O7の電子スピンの配列は、誤消去されにくく磁石の性質を持たない新しい記録材料としての可能性を有しています。ただし、その出現温度が室温以下であり、またカドミウムやオスミウムには毒性があるために、実用化には課題が多く残されています。今後、この発見を生かして、外部刺激に対するCd2Os2O7の特性を詳細に調べると同時に、同じ型の電子スピン配列を持ち、かつ実用化可能な物質の創出を目指します。これらの研究を通じて、これまでの磁気記録にはない特徴を持つ新しい記録材料やこの電子スピン配列に伴う電気抵抗の変化を利用したセンサーなど、新世代技術への応用が期待できます。
《参考資料》
(左)Cd2Os2O7の結晶構造。緑色はカドミウム(Cd)、黄土色はオスミウム(Os)、青色は酸素(O)の原子を表している。パイロクロア型構造と呼ばれる。
(右)Cd2Os2O7の結晶構造から、Os原子だけ抜き出して描いたもの。正四面体がつながっているように見える。
マイナス52°C以下におけるCd2Os2O7の電子スピンの配列を、Os原子が作る正四面体だけを抜き出して模式的に示した。
(a)四面体には2通りの向きが存在(四面体Aと四面体B)し、Cd2Os2O7の結晶構造において必ず隣同士になるように配置している(左図)。例えば、正四面体Aの電子スピンが外向きであれば、隣の正四面体Bは内向きである(右図)。これがデジタル的な0を表す。これらすべてのスピンをひっくり返せば、四面体Aは内向き、四面体Bは外向きとなり、これをデジタル的な1と表す。このように電子スピンの配列を利用してデジタル的な0と1を作り出すことができる。
(b)正四面体Aのみを抜き出した図。正四面体の頂点にある4つの電子スピンは、磁性を打ち消しあうため物質全体は磁石の性質を持たない。そのため、今までの磁気記録材料が持たない新しい性質を備えた記録材料の可能性が期待できる。
《用語解説》
*1 Cd2Os2O7
パイロクロア(※3参照)のカルシウム(Ca)がカドミウム(Cd)で、ニオブ(Nb)がオスミウム(Os)で置き換えられた人工金属酸化物。
*2 大型放射光施設SPring-8
理化学研究所が所有する兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高の放射光を生み出す施設。その運転管理と利用者支援は高輝度光科学研究センターが行っている。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する強力な電磁波のこと。SPring-8では、この放射光を用いて小惑星探査機「はやぶさ」が取得した粒子の解析などの基礎科学からリチウムイオン電池や製薬などの産業利用までの幅広い研究が行われている。今回使用したビームラインは、BL19LXUとBL02B1。
*3 パイロクロア
黄緑石。ニオブの原料となる天然鉱石で理想的な組成式はCa2Nb2O7。実際には、Caの一部がNaで、Nbの一部がTaで、Oの一部がFでそれぞれ置換されたり、Hがつけ加わったりすることもある。この結晶構造はパイロクロア型構造と呼ばれる。基本的な構造を変えないままで、多くの元素での置き換えが自由に行えるため物質設計が容易である。これまで、数多くのパイロクロア型物質が人工的に合成されている。
《問い合わせ先》
独立行政法人理化学研究所 東京大学物性研究所 (報道担当)
独立行政法人理化学研究所
東京大学物性研究所 (SPring-8に関すること) |
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