大型放射光施設 SPring-8

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大型放射光施設SPring-8の産業利用成果について ~世界で初めて、産業上の未解明課題であった実用金属材料表面のUPD(アンダーポテンシャルデポジション)現象を解明~(プレスリリース)

公開日
2012年07月11日
  • BL16B2(サンビームBM)

2012年7月11日
株式会社 神戸製鋼所

 (株)神戸製鋼所(※1)は、北海道大学大学院の瀬尾眞浩名誉教授と幅崎浩樹教授(※2)のグループおよび(株)神戸製鋼所の関係会社である(株)コベルコ科研(※3)と共同で、(株)神戸製鋼所が参画している大型放射光施設SPring-8(※4)の産業界専用ビームライン(※5)において、腐食系金属材料表面の原子レベルの電気化学的吸着現象をその場XAFS(※6)測定する独自技術を構築し、世界で初めて、未解明課題でありましたNi表面への微量Pbのアンダーポテンシャルデポジション(UPD)(※7)現象を調べ、Pbの吸着単分子層の化学状態と表面吸着構造を明らかにしました。
 この成果は、PWR型原子力発電所のNi合金製蒸気発生器管(※8)で問題になっている微量PbのUPDによる応力腐食割れ(※9)メカニズム解明に資する新知見です。さらに、高張力鋼の水素脆化(遅れ破壊)やめっき不良など、産業上問題となっているUPD不具合現象の解明にも繋がるものです。よって、産業分野・アカデミック両面で、大きな意義があります。
 今回の成果は、すでに、この方面の国際専門誌であるJournal of Electroanalytical Chemistry”の4月号に刊行されるとともに、腐食防食協会の講演大会“材料と環境2012”に発表(東京、4/27)しました。
 (株)神戸製鋼所では、北海道大学大学院とともに、今回成果を産業上問題になっているUPDによる腐食不具合現象の解決などに役立てていくとともに、構造材料系の研究に、SPring-8を活用していきます。

<成果の詳細>

1. 経緯
PWR原子力発電所蒸気発生管(Alloy 600、690等のNi基合金)の微量Pbによる応力腐食割れ(Pb-SCC)が米国等で問題になっている。

2. 目的
Ni上へのPbのUPD(PbがPb上に析出する平衡電位よりも貴な電位領域でPbがNi上に吸着する現象)がPb-SCCと関連するのではないかと考え、微量のPb2+を含む酸性過塩素酸塩水溶液中でNi上に吸着するPbの存在状態およびPbの吸着構造をXAFS(X線吸収微細構造分析)で測定する試みをおこなった。

3. 実験上の困難な点の克服
a)Pbの表面被覆率が単分子層以下であるため、下地Niの表面積をNiめっきとエッチングにより増大させ、単分子層以下の吸着Pbを十分な感度で測定することが可能となった。

b)XAFSスペクトルに溶液のPb2+の情報が入らないように、溶液のレベルを周期的に変動させ、液レベルからNi試料が一部露出した部分にX線を照射してXAFSスペクトルを測定する手法(periodical emersion method:周期的露出法)を開発した。

4. 研究成果と成果の意義
a)XANES(X線吸収端近傍構造)スペクトル測定から、PbがPb上に析出する平衡電位よりも貴な電位領域でPbがNi上に金属状態で吸着すること,すなわちNi上にPbがUPDすることが明らかになった。また電気化学計測から、UPDしたPbはNiの活性溶解を抑制することも明らかになった。これまで、XAFSやSXS(表面X線散乱法)により白金や金などの貴金属上にPbがUPDすることは知られていた。今回の共同研究で初めて、Ni上にPbがUPDすることが判明し、基礎科学の分野に重要な貢献がなされた。

b)EXAFS(広域X線吸収微細構造)解析より、吸着したPbの一部が表面第一層のNi格子に埋め込まれて表面合金相を形成する結果が得られた。NiとPbは固溶して合金を形成しないが、表面第一層のみ合金化することは、CuとPbの系でも確認されている。Niの原子半径(0.1245nm)はPbの原子半径(0.175nm)にくらべて極端に小さく、表面合金化により表面に大きな圧縮応力がかかっている。

c)原子力発電所で使用された蒸気発生管表面の腐食生成物中にPbが含まれることから、表面皮膜にPbが侵入し、皮膜を劣化させるためにPb-SCCが起きると考える研究者が大多数であり、研究のほとんどがPbによる表面皮膜の劣化に向けられている。吸着したPbと下地第一層のNiとの表面合金の形成は、液体金属による脆化(HgによるZnおよびGaによるAlの脆化等)と類似の機構によるPb-SCCの可能性を示唆し、Pb-SCC研究の新しい切り口を提起しており、産業上、重要な成果といえる。


《用語解説》
*1

本件担当は、技術開発本部 材料研究所(理事役・研究首席:中山武典)。

*2
所属は、工学研究院 物質化学部門 機能材料化学分野 界面電子化学研究室。

*3
(株)神戸製鋼所より、同社の分析・試験業務を分離して発足した総合試験研究会社。(株)神戸製鋼所から、同社のSPring-8実験を業務委託されています。本件担当は、エレクトロニクス事業部 物理解析センター 表面・物性解析室(主任技師:稲葉雅之ほか)。

*4 大型放射光施設SPring-8
兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高の放射光を生み出す施設。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来。放射光(シンクロトロン放射光)とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、細く強力な電磁波のこと。

*5 産業界専用ビームライン
産業界専用ビームライン建設利用共同体(通称:サンビーム共同体)が設置し、利用・運営するビームライン。BL16XUBL16B2の2つのビームラインがあり、本研究では、BL16B2を使用。サンビーム共同体は、(株)神戸製鋼所、住友電気工業(株)、ソニー(株)、(株)日立製作所などの企業・グループ13社で構成され、1998年よりSPring-8の産業利用を進めている。

*6 XAFS
X-ray Absorption Fine Structureのそれぞれ頭文字をとった略称で、日本語ではX線吸収微細構造と呼ぶ。物質にX線を照射すると、物質中の原子核や電子の様々な運動と相互作用して入射X線の一部が物質に吸収されエネルギーを失う。照射するX線のエネルギーを連続的に変化させ、物質によるX線の吸収度を測定することにより、(1)隣接原子種(2)原子間距離(3)配位数など中心原子周りの構造の情報が得られる。

図*7 アンダーポテンシャルデポジション
UPDは、Underpotential Depositionの略称。微量金属イオンが金属析出する平衡電位よりも貴な電位で異種金属上に金属状態で吸着する未解明の電気化学現象。原発Ni基合金の応力腐食割れだけでなく、高強度鋼の水素脆化、めっき不良などに関与することが知られており、そのメカニズム解明による抜本対策が求められている。

UPD析出
Mn+ + ne- (M’) → Mad (M’)
M’は異種金属、Madは異種金属M’上に吸着した金属M原子

*8 蒸気発生器
発電用軽水炉の一つである加圧水型原子炉(PWR)において、原子炉から取り出した熱を一次系から二次系へ伝えるための巨大な熱交換器。その伝熱細管材料には、Ni基合金(Alloy600、690)が多く使用されている。伝熱細管が応力腐食割れなどで破損すると一次冷却水が二次系に漏出し、深刻な事故を招く。

*9 応力腐食割れ
材料、環境、引張応力の3因子の特異な組み合わせによって生ずる金属材料の腐食破壊現象。対象とする材料の機械的強度の観点では考えられない低い引張応力下でも破壊 をもたらすことから、工業的にも抜本的な解決が求められる重要な現象である。



《問い合わせ先》
 (株)神戸製鋼所 技術開発本部 材料研究所
    中山 武典
    TEL:078-992-5501
    E-mail:

(SPring-8に関すること)
 公益財団法人 高輝度光科学研究センター 広報室
    TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786
     E-mail:kouhou@spring8.or.jp

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