グラフェンの精密制御法の開発に成功 -表面構造制御により超平坦グラフェンのつくりわけが可能になり超高速電子・光デバイスに道-(プレスリリース)
- 公開日
- 2012年08月06日
- BL17SU(理研 物理科学III)
2012年8月6日
東北大学電気通信研究所
公益財団法人 高輝度光科学研究センター
東北大学電気通信研究所の吹留博一准教授らは、東北大学工学研究科・エルランゲン大学(ドイツ)・高輝度光科学研究センター・弘前大学と共同で、微小電気機械システム(MEMS注1)技術を用いてSiC基板上にナノの表面ステップ(段差)を抑制したデバイス構造を作製することにより、次世代電子材料グラフェン注2のデバイス応用において大きな壁であった微視的な層数分布及び電子状態を制御したグラフェンを精密成長させる技術の開発に成功しました。この成果は、グラフェンの層数を制御してナノのスケールで電子物性を自在に操れる技術を実現したものであり、グラフェンを用いた次世代の高信頼性電子及び光デバイスの実用化を加速させるものです。 |
背景
炭素の二次元物質であるグラフェンは、Siの100倍以上のキャリア移動度注3を有し、かつ、熱的・化学的にも安定な物質です。ゆえに、2020年頃に終焉を迎えるSi集積回路に代替となる次世代デバイス材料の一つとして、全世界で開発競争が行われています。
グラフェンのデバイス応用においては、大面積かつ高品質なグラフェンの作製技術が不可欠です。この大面積・高品質グラフェンの成長技術として、触媒金属や、パワーデバイス・微小電気機械システム(MEMS)で用いられるSiC基板表面への、グラフェンのエピタキシャル成長法の確立が期待されています。この内、触媒金属を用いた成長法は、金属汚染の影響を受けること及び絶縁性基板への転写の必要があることなどの弱点を抱えています。この弱点を克服する有効な策として、SiC基板上にグラフェンをエピタキシャル成長させる手法は、デバイス用のグラフェン膜の作製技術として有望視されています。実際、SiC基板表面に成長させたグラフェン・エピタキシャル膜 (EG) は、ウエハースケールで高品質な膜であることが明かにされています。
しかしながら、現状のEG成長法では、SiC表面の原子ステップ近傍で層数にばらつき(微視的な層数分布)が生じるという欠点があります。グラフェンの電子物性・デバイス特性は層数に強く依存するため、グラフェン・デバイスの実用化には層数分布の抑制が不可欠です。ゆえに、この層数分布を抑制したグラフェンのエピタキシャル成長技術の開発は急務となっていました。
成果の内容
■研究の基本戦略
層数分布の抑制には、層数分布の源であるSiC表面の原子ステップ密度の低減が不可欠です。このステップ密度の低減には、基板微細加工により、表面反応(ステップ運動)の空間的閉じ込めが有効であることが知られています注4。実際に、微細加工Si基板上でSi原子を昇華させることにより、原子ステップが存在しない表面を作製することが可能であることが報告されています(図4)。この方法は、Si表面反応だけでなく、グラフェンのエピタキシャル成長を含む他の表面反応にも使える普遍的な方法です。
以上のことを勘案して、MEMS技術を用いて微細加工を施したSiC基板表面へのエピタキシャル成長によりグラフェン層数分布のばらつきの無いグラフェン膜の作製技術の構築を目的とし研究を行いました。
■試料作製
基板微細加工は、東北大学マイクロ・ナノマシニングセンターにて、電子ビームリソグラフィーと、MEMSにおいて良く用いられるSF6を反応ガスとして用いた高速原子線エッチングにより行いました(共同研究者:川合助教、宮下助教(東北大学大学院工学研究科))。基板微細加工表面上へのグラフェンの成長は、ドイツ・エルランゲン大学にて、Ar雰囲気下にて基板を1600°C付近で加熱することにより行いました(共同研究者:Seyller教授)。
■表面構造評価
このようにして作製した試料の表面構造評価を大型放射光施SPring-8注5の理研ビームラインBL17SU設置の分光型光電子・低速電子顕微鏡(SPELEEM)注6(共同研究者:小嗣博士、大河内博士、木下博士(高輝度光科学研究センター))により行いました。その結果、微細パターンの無い領域やデバイス構造が大きい領域では微視的なグラフェン層数分布が観察されるのに対して、デバイス構造が小さい領域では微視的な層数分布の無い単層グラフェンが得られることが明かになりました(図1)。
■電子状態評価
さらに、顕微Raman分光及びSPELEEMを用いてグラフェンの電子状態評価を行った結果、デバイス構造が小さいほど(グラフェンの品質が高い程)、グラフェン中の電子ドーピング量が減少することが明かとなりました。この減少に対する理由の一つとして、基板表面のステップが減少すると共に、負に帯電した欠陥の減少が挙げられます(図2)。
まとめ
本研究では、MEMS技術で作製したデバイス構造を利用することにより、デバイス応用に適した構造及び電子状態を精密にグラフェン成長膜に構築することに成功しました(図2)。この技術は、次世代デバイス材料であるグラフェンの特徴を活かした(巨大キャリア移動度)高信頼性電子及びフォトニックデバイス開発において重要な技術になると考えられます。
本研究の詳細は、Applied Physic Letters (米国物理学会、8月6日発行)に 掲載予定の論文において報告されます。
本研究の一部は、科学研究費補助金(特別推進研究23000008、基盤研究(c)23560003)による助成を受けました。また、大型放射光施設SPring-8を用いた研究として、高輝度光科学研究センターと重点ナノテクノロジー支援課題(課題番号:2009B1735/BL17SU,2010A1674/BL17SU, 2010B1712/BL17SU)として行った共同で行った研究の成果です。
《参考資料》
視野の直径は50マイクロメートルに相当する。大きいデバイス構造や外の領域では白黒のコントラストが観測され、グラフェンの層数が異なる様子が確認された。一方で小さいデバイス構造ではコントラストが無く均一な単層グラフェンが観測されている。
大きなデバイス構造では、表面に原子ステップが存在するため、より多くの電子がドーピングされている。一方、小さなデバイス構造では、原子ステップが存在せず、均一なグラフェンが形成され、電子ドーピング量も小さくなる。このようなデバイスサイズの制御により、電気特性の異なる素子作成の可能性が示された。
《用語解説》
*1 MEMS
MEMS(微小電気機械デバイス)とは、センサー、アクチュエータ、電子回路を一つの基板(例:シリコン)の上に集積化したデバイスのことを指す。
*2 グラフェン
グラファイト(黒鉛)結晶の単層分。炭素原子が蜂の巣状に6角形ネットワークを組んで2次元シートを形成している(図3)。半導体と金属の両要素をあわせ持つ物質で、ポストシリコン材料として期待されている。グラフェンを円筒状に巻くとカーボンナノチューブになる。
グラフェンの構造。炭素原子(球)が蜂の巣状のネットワークを組んでいる。
*3 キャリア移動度
物質中での電子の移動のしやすさを示す特性。電子移動度とも言い、半導体デバイスの高速化を実現するためには移動度の向上が必要不可欠である。
*4 表面反応の空間的閉じ込め
表面反応用の基板に微細加工を施すことにより、表面反応、例えば、ステップ後退運動、を制御する。代表的な応用例として、NTT物性基礎研究所が開発した、Si基板微細加工によるSi昇華反応の閉じ込めによるステップが存在しない超平坦面の作製が挙げられる。
*5 大型放射光施設SPring-8
兵庫県の播磨科学公園都市にある、世界最高の放射光を生み出す理化学研究所の施設。その管理運営は高輝度光科学研究センターが行っている。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、細く強力な電磁波のこと。SPring-8ではこの放射光を用いて、ナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究を行っている。
*6 分光型光電子・低速電子顕微鏡
光電子分光法及び低速電子回折と顕微観察手法を融合させた空間分解能を有する分光手法。固体表面の電子の振る舞いを数十ナノメートルの分解能で可視化することができ、現在はナノデバイスから惑星科学まで幅広い分野で利用されている。
《問い合わせ先》 (解析装置に関すること) (SPring-8に関すること) |
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