二核非ヘム鉄酵素の高原子価鉄-オキソ中間体の分子振動構造の解明に成功 -抗がん剤やバイオ燃料の開発に向けた基礎研究の進展に寄与-(プレスリリース)
- 公開日
- 2013年04月05日
- BL09XU(核共鳴散乱)
2013年4月5日
公益財団法人 高輝度光科学研究センター
国立大学法人 京都大学
国立大学法人 九州大学
高輝度光科学研究センター(JASRI)は、スタンフォード大学 (Stanford Univ., USA)、ミネソタ大学(Univ. of Minnesota, USA)、Advanced Photon Source(USA)、京都大学、および九州大学と共同で、大型放射光施設SPring-8※1の核共鳴散乱ビームライン(BL09XU)の高輝度X線を利用することにより、自然界において重要な酸化反応を促進する触媒である二核非ヘム鉄酵素※2の高原子価鉄−オキソ中間体※3の分子振動構造の解明に成功しました。 (論文) |
研究の背景
二核非ヘム鉄イオンを活性中心に含むリボヌクレオチドリダクターゼ(RNR)※5および可溶性メタンモノオキシゲナーゼ(sMMO)※6 は、それぞれチロシンのO-H結合の活性化、およびメタンのC-H結合の活性化を促進することが知られています。これらの化学結合は非常に強固であり、熱力学的に困難な化学反応であることが知られていますが、これらの二核非ヘム鉄酵素は温和な生理的条件下で反応を促進することが知られており、その反応の分子メカニズムの解明が望まれています。その酸化反応を実現する反応中間体の構造として、{Fe2(μO)2}ダイアモンドコア構造※7、プロトンが付加したダイアモンドコア構造、あるいは単核鉄オキソ構造が提案されていますが、未だに決定的な科学的証拠は得られていません。これら中間体の構造的特性について原子レベルで理解することは、医学や工業化学への応用に向けた基礎研究として極めて重要です。
注)振動分光法※8は分子構造解析に有用で、振動分光法の一つであるラマン分光法※9はその強力な手法として用いられてきました。しかしながら、比較的強いレーザー光照射を必要とするラマン分光法は、酵素において生成する不安定化学種が光照射により分解するために用いることが困難であること、また、分光学的選択則により全ての振動モードを観測することが不可能であるといったデメリットがあります。一方で、大型放射光の利用が不可欠な57Fe核共鳴非弾性散乱分光法(NRVS)はラマン分光法を代替する手法として、近年盛んに鉄含有金属酵素の分子構造解析に用いられています。
研究の成果
構造的性質がよく理解された一つもしくは二つの酸素原子が架橋した高原子価二核鉄中心(Fe(III)Fe(IV) および Fe(IV)2)構造をもつ二核非ヘム鉄モデル酵素錯体(図1)の分子振動構造をNRVSにより解析しました。これらの化学種は450 cm-1以下の領域に特徴的な振動構造をもちますが、それらは鉄イオンの酸化数の変化に対して影響を受けませんが、鉄イオンのスピン状態および酸素原子の架橋構造の違いにより顕著に影響が現れることを見いだしました。一酸素原子が架橋した低スピン状態の二核非ヘム鉄モデル酵素錯体は450 cm-1以下の領域に三つのバンドを示しますが、二酸素原子が架橋した低スピン二核鉄錯体においては5つのバンドが観測され、それらは酸素原子が架橋した二核鉄面内の並進および回転の動きを含む振動構造であることを明らかにしました(図2)。さらに、密度汎関数法計算(DFT)計算※10により低スピンから高スピン状態に変化する際に、反結合性σ軌道※11の相互作用が強くなり、反結合性π軌道※11相互作用が弱まることを明らかにし、高スピン状態の一酸素原子架橋構造においては二酸素原子架橋構造と比べて、バンドの分裂がさらに大きくなることを明らかにしました(図3)。
これらの解析により得られた二核非ヘム鉄モデル酵素錯体の分光学的知見は、リボヌクレオチドリダクターゼ(RNR)の高原子価中間体Xおよび可溶性メタンモノオキシゲナーゼの高原子価中間体Qの分子構造の解明に寄与することが期待されます。
今後の展開
今回の高原子価鉄-オキソ中間体のモデル錯体のNRVS分光解析を基本として、今後RNRの中間体XとsMMOの中間体Qの分子構造の解明に貢献することが期待されます。
RNRおよびsMMOはそれぞれDNA合成およびメタン酸化反応に関わる酵素であり、RNRの研究は細胞周期に関わるDNA合成に作用する抗がん剤の開発、sMMOの研究においてはバイオメタンからバイオメタノールの製造によるバイオ燃料の開発の基礎研究の進展に貢献することが期待されます。
《参考図》
一酸素原子架橋した2核非ヘム鉄酵素錯体(上)と二酸素原子架橋した2核非ヘム鉄酵素錯体(下): Fe:鉄原子 O:酸素原子 N:窒素原子 C:炭素原子
低スピン錯体のNRVSスペクトルとDFT計算によるバンドの帰属:一酸素原子架橋した2核非ヘム鉄酵素錯体(上)と二酸素原子架橋した2核非ヘム鉄酵素錯体(下)
高スピン錯体のNRVSスペクトルとDFT計算によるバンドの帰属:一酸素原子架橋した2核非ヘム鉄酵素錯体(上)と二酸素原子架橋した2核非ヘム鉄酵素錯体(下)
《用語解説》
※1 大型放射光施設 SPring-8
独立行政法人 理化学研究所が所有する、兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す施設で、その運転管理と利用者支援はJASRIが行っています。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来します。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、細く強力な電磁波のことです。SPring-8では、この放射光を用いてナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われています。
※2 二核非ヘム鉄酵素
二つの非ヘム鉄イオンを活性中心に含む金属酵素の総称(下図右:二核非ヘム鉄イオンの活性中心の例)。“非ヘム鉄”とは、よく知られているヘム鉄(下図左:ヘム補因子に鉄イオンが配位)と区別するための術語。
※3 高原子価鉄−オキソ中間体
高原子価鉄イオン(通常は4価もしくは5価の鉄イオンをさす)、に酸素原子が配位した化学種。高酸化反応性をもち、酸化酵素の重要な反応中間体として生成することが知られている。下図に示すのは可溶性メタンモノオキシゲナーゼにおいて提案されている高原子価鉄−オキソ中間体Qの生成機構。
※4 核共鳴非弾性散乱分光法(NRVS)
原子核の共鳴準位のエネルギーに近いX線を試料に照射し、フォノンの生成・消滅をともなう原子核励起をおこさせることにより振動の様子を調べる分光法。ある特定の原子に注目した振動が測定できることが特徴で、1995年に京都大学の瀬戸らにより初めておこなわれた。エネルギー準位が原子核の種類により異なることと極めて狭いエネルギー幅をもつことを利用している。
※5 リボヌクレオチドリダクターゼ(RNR)
リボヌクレオチドを、DNAを構成するデオキシリボヌクレオチドへ還元する反応を触媒する酵素の総称で、クラス1のRNRにおいてはイミダゾールやカルボン酸を側鎖にもつアミノ酸残基に配位された二核の鉄イオンを活性中心に含むことが知られている。
※6 可溶性メタンモノオキシゲナーゼ(sMMO)
二核鉄イオンを活性中心に含む酵素で、酸素分子およびメタンのC-H結合を活性化して、メタン−メタノール転換反応を触媒する。
※7 {Fe2(μO)2}ダイアモンドコア構造
二核の高原子価鉄4価イオンを二つの酸素原子が架橋した分子構造の呼称。
※8 振動分光法
分子振動構造を解析する分光法で、赤外吸収分光法やラマン分光法がその主たる分光手法であった。近年、核共鳴非弾性散乱分光法※4がシンクロトロン放射光を用いた新たな振動分光法として注目を集めている。
※9 ラマン分光法
ラマン効果(物質に光を入射したとき、散乱された光の中に入射された光の波長と異なる波長の光が含まれる現象)を利用した振動分光法。
※10 密度汎関数法計算(DFT)
原子や分子などの多体電子系のエネルギーなどの物性を電子密度から計算することが可能であるとする理論に基づく電子状態計算法。
※11 反結合性σおよびπ軌道
鉄のd電子軌道と酸素のp電子軌道の相互作用が反結合的(異なる位相の重なり合い)であり、σおよびπ型の相互作用とは下図に示すような軌道間の相互作用を指す。
《問い合わせ先》
京都大学原子炉研究所 粒子線基礎物性研究部門
九州大学先導物質化学研究所 物質基盤化学部門
(SPring-8に関すること)
(報道担当)
九州大学 広報室 |
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