ガラスの持つ大きなかご状構造内への電子の“溶け出し”を可視化 -非結晶機能材料の設計に新しい道-(プレスリリース)
- 公開日
- 2013年05月28日
- BL01B1(XAFS)
- BL04B2(高エネルギーX線回折)
2013年5月28日
公益財団法人 高輝度光科学研究センター
国立大学法人 東京大学生産技術研究所
国立大学法人 山形大学
高輝度光科学研究センター(JASRI)、タンペレ工科大学、東京大学、山形大学、大阪府立大学、Materials Development Inc.、アルゴンヌ国立研究所からなる国際共同研究チームは、大型放射光施設SPring-8*1の高輝度放射光Ⅹ線とアルゴンヌ国立研究所の中性子を用いた実験、ユーリッヒ総合研究機構のスーパーコンピューターを用いたシミュレーションにより、酸化物ガラスに存在する大きなかご状構造が「ガラス形成のしやすさ」を決めることを明らかにしました。加えて、このガラスから酸素の一部を引き抜くことで、かご状構造内に電子が“溶け出し”ガラス構造が安定化することも突き止めました。 (論文) |
研究の背景
「ガラス」は紀元前4000年より前の古代エジプトやメソポタミアですでに使われていたように、長い歴史を持つ材料です。現代ではその用途は、瓶などの容器や窓などの構造材だけでなく、光学レンズや光ファイバー、そしてスマートフォンのカバーガラスといった先端的な分野にも広がっており、我々の日常生活に不可欠な材料となっています。一般的にガラスは、原料を高温で溶かした後、急冷することで作製します。しかし、どんな化学組成でもガラスになるわけではなく、含まれている物質の混合比(組成)を変えるとガラスにならなくなってしまいます。このような現象を理解するためには、ガラスになりやすい組成、なりにくい組成という2つの材料でガラスを作製し、その構造を比較することが重要です。しかしガラスの原子配列は結晶のような規則性を持っておらず、その構造を理解することは難しいとされていました。「ある化学組成ではガラス化するのに、別の化学組成ではガラスにならないのはなぜか?」という謎は、ガラスの本質に関わるものであり、21世紀に入った現在でもよくわかっていません。
セメントの主成分として工業的に使用されているアルミン酸カルシウムは、酸化アルミニウム(Al2O3)と酸化カルシウム(CaO)をある一定の割合で混合し結晶化させたものです。セメント成分に近い化学組成では、ガラスも作製できますが、少し組成をずらしただけでガラスになりにくくなってしまいます。高輝度光科学研究センター(JASRI)を中心とし、タンペレ工科大学、東京大学、山形大学、大阪府立大学、Materials Development Inc.、アルゴンヌ国立研究所で構成される国際共同研究チームは、このガラスになりやすい組成となりにくい組成の2つを選びガラスを作製し、その精密な構造を比較することで、ガラスのなりやすさを左右する要因を調べました。
研究内容と成果
研究チームは、融体を容器なしで保持する方法(無容器法*4、図1)を用いて、CaO(50%)-Al2O3(50%) (ガラスになりにくい組成、以後50CaOと略す)と、CaO(64%)-Al2O3(36%)(ガラスになりやすい組成, 以後64CaOと略す)の高純度のガラス球を作製しました。50CaOは通常の溶融法ではガラス化しない組成ですが、無容器法を用いることで高純度ガラス球を作製することに成功しました。
このようにして得られた2つのアルミン酸カルシウムガラスにおける原子のつながり方を調べるため、大型放射光施設SPring-8のビームラインBL04B2で高エネルギーX線回折(HEXRD)*5実験を、ビームラインBL01B1でX線吸収微細構造(XAFS)*5実験を行いました。また中性子回折(ND)*5実験は、米国アルゴンヌ国立研究所で行われました。得られた実験データをもとに、ドイツユーリッヒ総合研究機構のスーパーコンピューターによる大規模理論計算を行い、ガラスの3次元構造(原子配列)とその電子状態を明らかにすることに成功しました。
過去の研究では、アルミン酸カルシウムガラスにおいては、組成が変わるとAlおよびCa原子の周りのO原子の配置する数が変化するという報告もありましたが、実験手法によって結果は異なっており、統一的な結果は得られていませんでした。一方、本研究では、HEXRD、XAFS、NDの全ての結果から構造を決定し、両組成において、Al原子の周りのO原子はほぼ4個、Ca原子の周りのO原子は約5個であり、組成による変化はないことを明らかにしました。したがって、ガラス形成のしやすさの違いは、「AlおよびCa原子の周りのO原子の数」といった局所的な構造ではなく、別の要因が存在していることが明らかになりました。
ガラス中では主にAlO4、CaOx(Xは平均で5)で表される局所構造ユニットは、O原子を共有してつながっています。そのつながり方を評価する指標として環状構造(リング)に注目し、その大きさの分布を調べました。その結果、図2に示すように、ガラスになりにくい50CaOガラスでは、3員環(3個のAlO4あるいはCaOxユニットがつながっている)が支配的で、最大でも8員環までしか存在しませんでした。ところが、64CaOガラスの場合は、8員環から15員環までの大きなリングも多量に存在していました。研究チームは、このリング分布の違いがガラス形成のしやすさの違いの直接的原因となっていると結論づけました。同チームは、二酸化ケイ素(SiO2)を主成分とするガラスでも同じ傾向を見出しており、2011年に「米国科学アカデミー紀要」で発表しています(http://www.spring8.or.jp/ja/news_publications/press_release/2011/110823) 。今回、全く異なる組成で同様の結論が導き出されたことから、この発見がガラスのなりやすさの本質を捉えていると言えます。
さらに興味深いことに、64CaOガラスに存在する極端に大きなリングは、構造ユニットがかご状構造を形成していることを示しています。64CaOと組成が近い12CaO·7Al2O3(CaO(63.2%)-Al2O3(36.8%))という組成において、高温融体を還元雰囲気におき、酸素を取り去った後に急冷すると、電子が溶け出したガラス(エレクトライド)が得られることが、近年報告されています*4。このガラスでは、着色する、導電性を持つなど、様々な新しい機能が生まれました。本研究では、得られたガラスの構造モデルと電子状態から、このエレクトライド形成の原因も探りました。その結果、図3に示すように、O原子を抜き去った場合は、かご状構造の中に電子がトラップされることによりエネルギー的にガラス構造が安定化することを突き止めました。
今後の展開
これまで、ガラスの乱れた原子配列を可視化すること、さらには、乱れたガラスの電子状態を求めることは困難とされてきました。今回の研究成果は、HEXRD、XAFS、NDの量子ビーム実験と大規模計算を融合することで、これまでの常識を打破し、ガラスの構造物性研究を飛躍的に進化させました。今回の発見により、ガラスの構造とその形成理論を結びつけることに成功しました。また、放射光・中性子といった量子ビームを用いた先進的実験と大規模理論計算を組み合わせれば、新たな導電性ガラスの開発のような革新的機能を有するガラス材料設計に絶大な威力を発揮できることを示しました。
ガラス材料の研究には、今回のような協奏的研究が必須です。日本は、世界最先端研究施設SPring-8、大強度陽子加速器施設J-PARC、スーパーコンピューター「京」を連携利用できる世界でも類を見ない環境にあります。今後、日本主導によるガラスの構造物性研究が更に加速され、大きなブレークスルーにつながることが期待されます。
《参考図》
試料は円錐ノズルから吹き出るガスにより浮遊し、CO2レーザーで加熱融解される。
写真は浮遊している高温酸化物融体。
《用語解説》
*1 大型放射光施設SPring-8
兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高の放射光を生み出す理化学研究所の施設で、その運転管理と利用者支援等は高輝度光科学研究センター(JASRI)が行っている。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeV(ギガ電子ボルト)に由来。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、細く強力な電磁波のこと。SPring-8では、この放射光を用いて、ナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われている。
*2 融体
液体と同義語であるが、特に融点の高い金属や酸化物の液体を融体と呼ぶことが多い。
*3 電子の溶け出し
イオン性化合物において、アニオンとして電子を含むものをエレクトライド(電子化物)とよぶ。ここでは、簡単な説明のために、アニオンとなる電子を固体中への電子の溶け出しと表現した。エレクトライドは、電子が溶媒和したアルカリ金属の液体アンモニア溶液で詳しい研究が始まった。アルミン酸カルシウムのエレクトライドは、東京工業大学の細野秀雄教授らのグループにより2011年に発見された。アルミン酸カルシウム融体を還元雰囲気におき、酸素を取り除いた後に急冷すると、ガラスが電子化することにより、着色、高導電性など、様々な新しい機能が生まれることから注目されている。
*4 無容器法(図1参照)
円錐形のノズルから試料に対して下から鉛直方向に不活性ガス(アルゴンや窒素)を吹き付け、見かけ上無重力状態にすることで容器を用いずに材料を浮遊させ保持し、2000°C以上の高温を容易に達成できるレーザーを照射することで、試料を融体(液体)にする方法。この方法を用いることで、容器の成分が不純物として融体に溶解することを防ぐことができるだけでなく、融体と容器(結晶)の界面が存在しないことから融点以下でも液体状態(過冷却液体)を保つことができる。界面が存在しないことは液体が結晶になることを防げることとなり、ガラスになりにくい物質をガラス化することもできる。
*5
高エネルギーX線回折(High-Energy X-ray Diffraction, HEXRD)
物質中の原子がある規則に従って配列した場合、電磁波であるX線を入射すると、それぞれの原子からの散乱波が互いに干渉しあい、特定の方向にだけ強い回折波(回折X線)が進行する。この現象をX線回折と呼び、本手法を用いることにより物質内の原子の配列を調べることができる。SPring-8では物質に対する透過力の強い高エネルギーX線を発生することができることから、とくに高エネルギーX線回折と呼ぶ。
X線吸収微細構造解析(X-ray Absorption Fine Structure, XAFS)
物質にエネルギーを変えながらX線を照射すると、元素に特有のエネルギーでX線吸収量の急激な変化(吸収端)が現れる。吸収端近傍でX線吸収量を詳細に測定すると、微細な構造(XAFS)が観察される。XAFSを解析すると、X線吸収原子の電子状態(価数や配位構造等)および局所構造(周囲の原子種、配位原子の数、原子間距離)に関する情報が得られる。XAFSは、結晶・非結晶物質の双方に適用できる点、元素選択的な情報が得られる点に特徴があり、本研究の色々な組成からなるガラスの電子状態・構造研究において威力を発揮する。
中性子回折(Neutron Diffraction, ND)
回折の原理はX線回折と同じであり、中性子を用いても物質内の原子の配列を調べることができる。ただし、X線は原子内の電子で散乱されるのに対し、中性子は核で散乱されることから、構成される原子によって検出感度が異なってくる。したがって、同じ物質が同じ原子配列を有していてもX線回折と中性子回折から異なった情報を得ることができる。近年ではX線回折と中性子回折の相補利用が盛んに行われている。
《問い合わせ先》
国立大学法人東京大学 生産技術研究所
国立大学法人山形大学 理学部物質生命化学科
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