ハロゲナーゼSyrB2の触媒サイクルにおけるFe(IV)=O中間体の解明(プレスリリース)
- 公開日
- 2013年08月05日
- BL09XU(核共鳴散乱)
2013年8月5日
京都大学
京都大学、高輝度光科学研究センター(JASRI)、スタンフォード大学 (Stanford University, USA)、ペンシルベニア州立大学(Pennsylvania State University, USA)、 Advanced Photon Source(USA)は共同で、単核非ヘム鉄酵素※1ハロゲナーゼSyrB2(シリンゴマイシン生合成酵素2)の反応中間体であるFe(IV)=O中間体※2の構造解明に初めて成功しました。 (論文) |
研究の背景
単核非ヘム鉄酵素は、フェニルケトン尿症に関連するフェニルアラニン代謝や神経伝達物質の産生、二次代謝産物の生成および低酸素応答のような多くの重要な生物学的過程に関与しています。これらの酵素は、その触媒サイクルにおいて類似のステップを経て反応の鍵となるFe(IV)=O中間体(図1右下)となります。この中間体は、異なった酵素がそれぞれ異なる反応を行なうために使用されています。今回研究を行った酵素はPseudomonas syringae pv. syringae という細菌から得られたハロゲナーゼSyrB2(シリンゴマイシン生合成酵素2)ですが、この酵素では基質※6の違いに対応した異なった反応を行うためにこの中間体を利用しています。この酵素はFe(IV)=O中間体を利用して、天然基質L-トレオニンαの場合は引き続いてハロゲン化を引き起こします。一方で、非天然性基質L-ノルバリン(L-Nva)の場合にはヒドロキシル化を引き起こします(図1左)。
研究の成果
本研究では核共鳴非弾性散乱法を用いて、Fe(IV)活性中心にCl– とBr–とが結紮したSyrB2のFe(IV)=O中間体に対して測定を行いました。SyrB2 が取り得る構造に対して密度汎関数法計算(DFT)計算による評価を行ったところ、その中で5配位の三方両錐形構造だけが実験的に得られたスペクトルを再現することが出来ました(図2)。そして、天然基質L-トレオニン(L-Thr)の場合にはFe(IV)=Oの結合ベクトルは基質のC–H結合方向に対して垂直であるのに対し、非天然性基質L-ノルバリン(L-Nva)の場合には Fe(IV)=O結合ベクトルが基質のC–H結合方向に対して平行となることが分かりました。それにより、この違いに対応したハロゲン化およびヒドロキシル化を引き起こす電子状態を特定することが出来ました。
今後の発展
このように核共鳴非弾性散乱法は、酵素の反応性の鍵となる構造の解明にとって大変強力かつ有用な手法であることが示されました。単核非ヘム鉄酵素は、さまざまな酸化反応を触媒するだけでなく、多くの重要な生物学的過程にも関与していることより、核共鳴非弾性散乱法はこのような酵素反応の機構解明のために利用されていくものと期待されます。具体的には、タウリンジオキシゲナーゼ(TauD)と呼ばれる単核非ヘム鉄酵素のFe(IV)=O中間体への適用が考えられます。このタウリンジオキシゲナーゼは、基質の違いによってヒドロキシル化あるいは不飽和化を引き越すことが知られていますが、核共鳴非弾性散乱法によってこの反応性の違いを引き起こす構造的特徴を解明することが期待されます。
本研究成果は、京都大学(瀬戸誠教授、北尾真司准教授)、JASRIの依田芳卓主幹研究員、Stanford University (Prof. E. I. Solomon, Dr. S. D. Wong, Dr. M. Srnec, Dr. L. V. Liu, Dr. Y. Kwak, Dr. K. Park, Dr. C. B. Bell III), Pennsylvania State University (Prof. C. Krebs, Prof. J. Martin Bollinger, Dr. M. L. Matthews)、およびAdvanced Photon Source (Dr. E. E. Alp, Dr. J. Zhao)の共同研究により得られたものです。
《参考図》
α-ケトグルタレートと基質によって6配位Feから5配位Feへの転換が起こります(左上)。これによってO2が結合できるサイトができ、 Fe(IV) –ペルオキソ種が作られます(右上)。次に α-ケトグルタレートの脱カルボキシル化によって反応性Fe(IV)=O 中間体が生成されます(右下)。これが水素原子の引き抜き(左下)および引き続くヒドロキシル化あるいはハロゲン化(左)を起こします。
(上) 核共鳴非弾性散乱法によって測定されたSyrB2–Cl およびSyrB2–BrのFe振動状態密度。図中において特に顕著な強度のモードが存在する領域を3、2、1で表示してあります。(中)密度汎関数法によって計算されたFe振動状態密度。(下)三方両錐形構造。
《用語解説》
※1 単核非ヘム鉄酵素
一つの非ヘム鉄イオンを活性中心に含む金属酵素の総称。“非ヘム鉄”とは、よく知られているヘム鉄(ヘム補因子に鉄イオンが配位)と区別するための術語。
※2 反応性Fe(IV)=O中間体
4価鉄イオンに酸素原子が配位した化学種。高酸化反応性をもち、酸化酵素の重要な反応中間体として生成することが知られています。
※3 大型放射光施設 SPring-8
独立行政法人 理化学研究所が所有する、兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す施設で、その運転管理と利用者支援はJASRIが行っています。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来します。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、細く強力な電磁波のことです。SPring-8では、この放射光を用いてナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われています。
※4 核共鳴非弾性散乱分光法
原子核の共鳴準位のエネルギーに近いX線を試料に照射し、フォノンの生成・消滅をともなう原子核励起をおこさせることにより振動の様子を調べる分光法。ある特定の原子に注目した振動が測定できることが特徴で、複雑な生体分子中の特定部分だけの情報を高感度に抽出出来ます。1995年に日本の研究者によって初めて測定が行われました。
※5 密度汎関数法(DFT)計算
原子や分子などの多体電子系のエネルギーなどの物性を電子密度から計算することが可能であるとする理論に基づく電子状態計算法。
※6 基質
酵素により反応が触媒される物質のこと。
《問い合わせ先》
(SPring-8に関すること) |
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