幅広い分野への活用に期待!ナノ磁性体の機構解明にせまる! 〜身近な元素:カリウムのメスバウアー吸収を放射光で初観測〜(プレスリリース)
- 公開日
- 2015年04月17日
- BL09XU(核共鳴散乱)
2015年4月17日
国立大学法人大阪大学
中野岳仁助教(大阪大学大学院理学研究科),瀬戸誠教授(京都大学原子炉実験所)、および、依田芳卓主幹研究員(高輝度光科学研究センター)らによる研究グループは、これまで測定が非常に難しかったカリウム原子核のメスバウアー吸収※1を、大型放射光施設SPring-8※2の核共鳴散乱ビームライン(BL09XU)を用いた手法で初めて観測することに成功しました。測定対象は、カリウム金属のナノ粒子が規則正しく配列することにより磁気的な性質を帯びるという不思議な物質で、その磁性の原因にミクロな視点からせまる情報も初めて得られました。 |
研究の背景と成果
[実験手法について]
メスバウアー分光法とは、放射性同位体※3から放出されるガンマ線(高いエネルギーの電磁波)を材料に照射し、そのガンマ線を共鳴吸収する元素が、材料の中でどのような状態にあるのかを精密に調べることのできる計測手法です。通常、測定にはガンマ線源となる放射性同位体が必要です。鉄などはその入手が容易なため、鉄を含む物質では盛んに測定がなされており、カリウムもガンマ線を共鳴吸収する効果があります。しかし、カリウムに適したガンマ線源となる放射性同位体がこの世の中には存在しません。そのため、通常の測定方法が全く不可能です。
そこで、カリウムについては、人為的に原子核の反応を起こさせるという大変に難しい実験が50年ほど前に行われたきりでした。ところが、2009年にSPring-8の高輝度放射光を用いることによってもメスバウアー分光が可能であることが、別の元素(ゲルマニウム)において示されました。本研究ではその手法をカリウムに初めて適用し、データの取得に成功したものです(参考図2)。今回、原子核反応を用いた50年前の手法に比べれば大変簡便に測定ができることも分かりました。
また、カリウムは地球上の地表近くに存在する元素の量のランキング(クラーク数)が第7位という極めてありふれた元素(ユビキタス元素)で、私たちの体内にもたくさん含まれています。本研究の実験手法は、カリウムを含んでさえいれば、どのような物質にも適用可能ですので、今後、様々な分野で活用されることが期待されます。
[測定対象物質について]
磁石のような「磁性」を帯びる物質には、鉄などの遷移金属と呼ばれる元素や、ネオジムなどの希土類と呼ばれる元素を含んでいるのが普通です。しかし、本研究の対象物質はこの常識を覆すもので、そのような元素を一切含まないにも拘わらず磁性を帯びます。その鍵となるのは、カリウム金属のナノ粒子です。参考図1に示したように、ゼオライト※4と呼ばれるカゴ状の結晶の中にカリウム金属のナノ粒子が保持されており、これが規則正しく配列しています。このナノ粒子一つ一つがミクロな磁石の担い手となり、物質全体として磁性を帯びます。本研究ではこのナノ粒子中のカリウム原子核に高輝度放射光を吸収させ、ナノ粒子が確かに磁性の担い手であることを直接的に示すデータを得ました。
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
カリウムは非常にありふれた元素ですが、メスバウアー分光法が適用できるということはほとんど認知されていません。しかし、本研究では、放射光を用いることにより従来よりも遙かに簡便にメスバウアー分光が行えることを初めて示しました。この手法はカリウムを含むあらゆる物質に適用可能です。様々な分野の材料に対して、その性質をミクロな視点から解明するための新しい「探針」を本研究が提供したと言えます。
また、測定対象物質において、カリウム金属ナノ粒子がその磁性の担い手であることを明らかにしました。このような機構の解明は、希少元素を全く使わずに磁性などの機能を発現するにはどうすればよいのか?という、安価で役に立つ材料の設計指針に大きなヒントを与え、社会の未来に貢献します。
特記事項
本研究成果は2015年4月6日(米国東部時間)に、米国物理学会誌「Physical Review B, Rapid Communication」オンライン版に掲載されました。
<タイトル>
"Synchrotron-radiation-based Mössbauer spectroscopy of 40K in antiferromagnetic potassium nanoclusters in sodalite"(ソーダライト中のカリウムナノクラスターの反強磁性相における40K核の放射光メスバウアー分光)
<著者名>
Takehito Nakano, Naoki Fukuda, Makoto Seto, Yasuhiro Kobayashi, Ryo Masuda, Yoshitaka Yoda, Mototsugu Mihara, and Yasuo Nozue
<雑誌名>
Physical Review B, 91 (2015) 140101(R).
本研究は、文部科学省 科学研究費補助金 特定領域研究(No. 19051009),日本学術振興会 科学研究費補助金 基盤研究(S)(No. 24221005),同 基盤研究(A)(No. 24244059),同 基盤研究(C)(No. 26400334)、大阪大学グローバルCOEプログラム(G10)、および、公益財団法人ひょうご科学技術協会 奨励研究助成金の支援を受けて行われました。
《参考図》
図1.(a)ゼオライトの一種であるソーダライトと呼ばれるカゴ状の物質と、(b)カゴの中に保持されたカリウム金属ナノ粒子の模式図を示しています。このナノ粒子では、4つのカリウムイオンの上に、1つの電子の「雲」が広がっています。本研究では、このカリウムイオンの中心にある原子核にSPring-8の高輝度放射光を吸収させ、メスバウアー分光を行いました。そして、この電子の「雲」が磁性の担い手であることを直接的に示すデータの取得に成功しました。
図2.放射光を用いる手法で初めて測定されたカリウム原子核(40K核)のメスバウアー吸収スペクトル。
《用語説明》
※1 メスバウアー吸収
原子核がエネルギーを損失すること無しにガンマ線(電磁波)を吸収したり放出したりする現象が1957年にメスバウアー(R. L. Mössbauer)によって発見され、メスバウアー効果として知られています。彼はこの業績により、1961年にノーベル賞を受賞しています。この効果を利用したメスバウアー分光法が、現在では様々な分野で活用されています。原子核が吸収/放出するガンマ線のエネルギーは、その原子が物質中で置かれた環境(まわりの電子の状態に由来する電場や磁場など)によって、微妙に変化します。そこで,よく知られた標準的な物質中に含まれる放射性同位体をガンマ線の線源として用意し、それを調べたい物質(同種類の原子核を含む試料)に照射します。線源を前後に振動させることで光のドップラー効果を起こしてガンマ線のエネルギーを少しずつ変え、測定対象の物質がどのエネルギーでガンマ線の吸収を起こすのかを探します。そのようにして得られるのがメスバウアー吸収スペクトルです。スペクトルの波形を解析することにより、その元素が測定対象試料中でどのような環境に置かれているのかを精密に調べることができます。
※2 大型放射光施設SPring-8
兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高の放射光を生み出す理化学研究所の施設で、その運転管理と利用者支援等は高輝度光科学研究センター(JASRI)が行っている。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeV(ギガ電子ボルト)に由来。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、細く強力な電磁波のこと。SPring-8では、この放射光を用いて、ナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われている。
※3 放射性同位体
同じ原子番号を持つ原子で、原子核が含む中性子の数が異なるものを同位体と呼びます。同位体には安定なものと不安定なものがあり、不安定なものは時間とともに崩壊して放射線を発します。これを放射性同位体と呼びます。通常のメスバウアー分光法では、もとの放射性同位体が、崩壊後に目的の原子核に変化し(核変換)、その不安定な状態(励起状態)から安定な状態(基底状態)に落ち着く際に発せられるガンマ線を線源として用います。しかし、カリウム(40K核)には相応しい放射性同位体線源がこの世に存在しないために、本研究では放射光を光源として用いています。
沸石とも呼ばれます。結晶性のアルミノ珪酸塩の総称で、結晶の中にナノメートル(10億分の1メートル)の大きさの空隙が周期的に規則正しく空いているのが大きな特徴です。触媒や分子ふるい、イオン交換材料、吸着材料など、工業的にも非常に広範囲に利用されている重要な物質です。本研究では、そのナノメートルサイズの周期的な空間を、カリウム金属のナノ粒子を周期的に並べて保持するための「容器」として活用しています。ゼオライトの構造は現在までに200種類以上が知られており、本研究で用いたソーダライトはそのうちの1つで、最もシンプルな結晶構造を有しています。
《本件に関する問い合わせ先》 (SPring-8に関すること) |
- 現在の記事
- 幅広い分野への活用に期待!ナノ磁性体の機構解明にせまる! 〜身近な元素:カリウムのメスバウアー吸収を放射光で初観測〜(プレスリリース)