大型放射光施設 SPring-8

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燃料電池触媒のナノXAFS/TEM2次元同視野イメージングに成功(プレスリリース)

公開日
2015年06月11日
  • BL36XU(先端触媒構造反応リアルタイム計測)

2015年6月11日
国立大学法人電気通信大学

   大型放射光施設SPring-8に電通大/NEDOが新たに建設した世界オンリーワン・世界最高性能の燃料電池計測用のX線吸収微細構造(XAFS)*2ビームラインBL36XUに開発整備した2次元走査型顕微XAFS(ナノXAFS)システムと、走査型透過電子顕微鏡(STEM)を用い、独自に設計したメンブレンXAFS/STEM測定セルを使って、固体高分子形燃料電池*1触媒劣化の化学状態/物理状態の2次元同視野イメージングに初めて成功した。
 燃料電池触媒の作用はウエット状態下でダイナミックに起こるため、燃料電池作動下(“泳いでいる生きた魚”)を評価・解析することが重要であって、従来のように干乾しになった“魚の干物”を分析しても本当のことは分からない。
 2014年12月にトヨタ自動車から燃料電池車MIRAIが市場投入されたが、燃料電池自動車の本格普及にとって燃料電池電極触媒の耐久性の大幅向上が緊急の最大の問題の一つであるため、触媒機能劣化の原因とメカニズムの解明が強く求められている。我々は、2014年10月に、新ビームラインを用いたナノXAFS計測によって、実用固体高分子形燃料電池の活性部位である膜/電極接合体(MEA)の白金(Pt)化学種の2次元マッピングに初めて成功した。この時、カソード触媒層の境界やクラック周辺のマイクロメータ(µm)サイズ領域に存在するPtナノ粒子が選択的に酸化され溶出されていることをナノXAFSで初めてマッピング(化学状態イメージング)できた。しかし、劣化初期におけるカーボン層のナノメータ(nm)サイズのクラックやホールでのPtナノ粒子の挙動を観察することは、200nm空間分解能のナノXAFSではできなかった。一方、走査型透過電子顕微鏡(STEM)では化学状態は分からないが、個々のPtナノ粒子と元素の分布を決定することができる(物理状態イメージング)。しかし、通常のSTEM像測定は高真空下で行われ、燃料電池試料が変形・収縮してしまう。STEMではPtイオンを観察したりPtナノ粒子の酸化状態を計測できないが、ナノXAFSでは200nm領域の平均としてPtイオンやPtクラスター/ナノ粒子の酸化状態と配位構造を解析することが可能である。
 従って、ナノXAFSとSTEMを燃料電池発電下と同じ飽和水蒸気下で同一試料・同視野で観察できれば、他の方法では得られない燃料電池電極触媒の劣化情報を得ることができる強力な解析ツールとなる。我々は、メンブレンXAFS/STEM測定セルを設計製作し、燃料電池カソードPt/C触媒層のナノホール領域のナノXAFSとSTEM-EDS(EDS:エネルギー分散型X線分析)を同一試料・同視野で2次元イメージングすることに初めて成功した。
 発電下の燃料電池電極触媒はウエットな環境で複雑なため直接観察する手段に乏しく、劣化の因子やメカニズムは依然不明で、耐久性の向上について、これまで主に経験を頼りに議論・対応が図られてきたが、開発したナノXAFS―STEM/EDS同視野イメージング法は、燃料電池触媒の劣化機構解明と劣化抑制の解決に繫がる情報を提供し、今後の燃料電池車本格普及のための次世代燃料電池触媒設計の理解を支援し開発を加速するものといえる。

論文情報
発表雑誌:アメリカ化学会誌 Journal of the Physical Chemistry Letters
(物理化学分野における高インパクトファクター学術雑誌)に掲載予定。(7-8月に掲載の予定。オンライン版は掲載)

成果1.ナノXAFS/STEM-EDS同視野イメージング法の概略
成果1.ナノXAFS/STEM-EDS同視野イメージング法の概略

 


成果2.ナノXAFS(a)、STEM(b)、およびそれらの重ね合わせ。
成果2.ナノXAFS(a)、STEM(b)、およびそれらの重ね合わせ。

従来の高真空下で測定されるSTEM像(“干物”状態の測定)は試料の乾燥・脱水等による変形・収縮を起こし、ナノXAFS試料とは異なったものとなっていることが分る。


成果3.劣化したカソードPt/C触媒層のナノXAFS-STEM/EDS同視野測定に成功。
成果3.劣化したカソードPt/C触媒層のナノXAFS-STEM/EDS同視野測定に成功。

領域1:Pt2+イオンが存在するナノホール。
領域2:金属状Ptナノ粒子が存在するナノホール。
領域3:劣化が見られずナノホールが無い領域。


成果4ナノXAFS測定領域1-3のEDS分析。
成果4.ナノXAFS測定領域1-3のEDS分析。

Ptが溶出するかどうかはナノホール領域のアイオノマー/Pt比に依存することが分った。
EDS:エネルギー分散型X線分析(Energy Dispersive X-ray Spectroscopy)


内容
①固体高分子形燃料電池(PEFC)はゼロエミッション可能なクリーンエネルギー発電装置としてわが国の持続社会発展に期待されている。PEFCは低温で高電流密度が得られ、エネルギー変換効率が高いという利点を併せ持つ。わが国は2009年に世界に先駆けて定置用燃料電池の市場投入(エネファーム)に成功し、2014年12月には燃料電池自動車MIRAIが世界で初めて市場投入され、他の自動車メーカーも2015年の市場投入を予定している。
②2025年以降の本格普及のためには、燃料電池カソード触媒の大幅な活性向上、業務車両向けに長期耐久性の大幅改善、および格段の低コスト化が求められている。これらの課題解決には、PEFCの活性因子、酸素還元反応(ORR)機構、および失活因子と劣化メカニズムを明らかにする必要がある。
③しかし、実燃料電池系では、Ptナノ粒子、炭素担体、アイオノマー、電極、高分子電解質膜、水分、反応ガスなどからなる不均一混合分散系であるため、測定条件に制限のある電子分光法、電子顕微鏡、走査プローブ顕微鏡、振動分光法、レーザー分光法などの各種計測法は使用が困難であり、そのため、上記課題については依然として明らかでない部分が多い。
④放射光X線を用いるXAFS法はウエット・不均一・複雑多相系のPEFCにおいても触媒自身を直接観察できる強力な手法である。発表者らは1982年以来、XAFSを用いた触媒研究で世界を先導してきている。燃料電池触媒の劣化過程の解明には、燃料電池触媒の作用がウエット状態下でダイナミックに起こるため、燃料電池作動下(“泳いでいる生きた魚”)を評価・解析することが重要であって、従来のように干乾しになった“魚の干物”を分析しても本当のことは分からない。
⑤我々は、2014年10月に、新ビームラインを用いたナノXAFS計測によって、実用固体高分子形燃料電池の活性部位である膜/電極接合体(MEA)の白金(Pt)化学種の2次元マッピングに初めて成功した。この時、カソード触媒層の境界やクラック周辺のマイクロメータ(µm)サイズ領域に存在するPtナノ粒子が選択的に酸化され溶出されていることをナノXAFSで初めてマッピング(化学状態イメージング)できた。しかし、劣化初期におけるカーボン層のナノメータ(nm)サイズのクラックやホールでのPtナノ粒子の挙動を観察することは、200nm空間分解能のナノXAFSではできなかった。
⑥一方、走査型透過電子顕微鏡(STEM)では化学状態は分からないが、個々のPtナノ粒子と元素の分布を決定することができる(物理状態イメージング)。しかし、通常のSTEM像測定は高真空下で行われ、燃料電池試料が変形・収縮してしまう。
⑦STEMではPtイオンを観察したりPtナノ粒子の酸化状態を計測できないが、ナノXAFSでは200nm領域の平均としてPtイオンやPtナノ粒子の酸化状態と配位構造を解析することが可能である。
⑧従って、ナノXAFSとSTEMを燃料電池発電下と同じ飽和水蒸気下で同一試料・同視野で観察できれば、他の方法では得られない燃料電池電極触媒の劣化情報を得ることができる強力な解析ツールとなる。
⑨我々は、メンブレンXAFS/STEM測定セルを設計製作し、燃料電池カソードPt/C触媒層のナノホール領域のナノXAFSとSTEM-EDS(EDS:エネルギー分散型X線分析)を、飽和水蒸気存在下、同一試料・同視野で2次元イメージングすることに初めて成功した。
⑩発電下の燃料電池電極触媒はウエットな環境で複雑なため直接観察する手段に乏しく、劣化の因子やメカニズムは依然不明で、耐久性の向上について、これまで主に経験を頼りに議論・対応が図られてきたが、開発したナノXAFS―STEM/EDS同視野イメージング法は、燃料電池触媒の劣化機構解明と劣化抑制の解決に繫がる情報を提供し、今後の燃料電池車本格普及のための次世代燃料電池触媒設計の理解を支援し開発を加速するものといえる。


《用語説明》
1. 固体高分子形燃料電池(PEFC:polymer electrolyte fuel cell)
 固体高分子形燃料電池(PEFC)は、イオン伝導性を有する高分子膜(イオン交換膜)を電解質として用いる燃料電池です。初期はプロトン交換膜燃料電池(PEMFC:proton exchange membrane fuel cell)と呼ばれていましたが、1992年に当時の通商産業省がニューサンシャイン計画を導入する際、米国における学術的呼称である"polymer electrolyte fuel cell"の和訳として「固体高分子型燃料電池」という語を用いるようになってから固体高分子型という呼称が定着するようになり、さらに、JISにおける標準用語を燃料電池に対して制定された際、タイプをしめす言葉として形が用いられ、このタイプの燃料電池のことを「固体高分子形燃料電池」と定められ、この用語が定着しました。しかし、ナフィオンなどのプロトン交換膜を用いた場合は、今日でもPEMFCと呼ばれることもあります。
 PEFCの基本構造は、燃料極(アノード)、固体高分子電解質膜、空気極(カソード)を貼り合わせて一体化した膜/電極接合体(MEA:Membrane Electrode Assembly,)を、反応ガスの供給流路が彫り込まれた導電板で挟みこんだスタック構造をしているものです(図1)。アノード触媒とカソード触媒は、一般に、カーボン担体上に白金ナノ粒子を担持したものです。

図1.固体高分子形燃料電池の原理
図1.固体高分子形燃料電池の原理

2. X線吸収微細構造(XAFS:X-rayAbsorptionFineStructure)
 燃料電池触媒等の固体触媒の多くが、結晶のような周期的構造を持たない微小ナノ粒子であり、それらが炭素のような担体の表面に分散した状態にあり、結晶構造解析法であるX線回折(XRD)が適用できません。また、電子顕微鏡では高真空下での測定であり、化学結合など分子構造が不明です。このような物質の局所構造解析に極めて有効な手法がXAFS法です。X線を物質に照射するとX線の吸収に伴い測定対象原子の電子が飛び出し、周辺に位置する原子によって散乱・干渉が起こります。この時、X線吸収スペクトルに微細構造が観察され、X線吸収微細構造(XAFS)と呼ばれます。
 物質のX線吸収スペクトルは、図2に示すようにX線吸収端近傍構造(XANES:X-ray Absorption Near-Edge Structure)と広域X線吸収微細構造(EXAFS:Extended X-ray Absorption Fine Structure)から成ります。XANESから対象原子の酸化数、対称性、および混合物の場合その割合が分かり、EXAFSからは、対象原子の近傍に存在する原子の種類や数、距離に関する局所構造情報が得られます。
 XAFSでは透過力の強い硬X線を用いるため、(1)試料の形態、種類にはほとんど影響されない(結晶、非晶質、デバイス、液体、ガス、生体内物質など)、(2)in-situ環境・反応条件下で計測可能など、測定雰囲気に制限されない、(3)複数の元素が混じっていても測定に支障ない、(4)感度が高い(ppm濃度、0.1nm薄膜)という特長があります。一方、(1)XAFSから得られる情報は平均構造情報である、(2)XRDほど構造解析が精密でないという欠点もあります。これら欠点はありますが、担体表面に不均一に分散担持されているナノ金属粒子からなる化学プロセス触媒、自動車触媒、燃料電池触媒、環境触媒など多くの触媒の構造解析にはXRDなどが適用できず、XAFSが唯一の分子レベルの構造解析手法です。特に他の分析法がほとんど適用できない燃料電池電極触媒の作動下でのin-situ解析には極めて強力なツールとなります。放射光を用いたXAFS計測は、今や多くの固体触媒の構造解析に必須の手法として定着しています。

図2.XAFSスペクトルと得られる情報
図2.XAFSスペクトルと得られる情報

《燃料電池と電極触媒解説》
○SPring-8Channel(YouTube)(動画)
https://youtu.be/WR_4gnMDMUU
○研究成果について(概略と動画)
http://commune.spring8.or.jp/finding/120601.html



《問い合わせ先》
電気通信大学燃料電池イノベーション研究センター
センター長 岩澤 康裕(いわさわ やすひろ)
 mail1
 Tel:042-443-5921 Fax:042-443-5483

(SPring-8に関すること)
公益財団法人高輝度光科学研究センター 利用推進部 普及啓発課 
TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786
E-mail:kouhou@spring8.or.jp

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