80年越しに見えてきた磁石・マグネタイト(Fe3O4)の本当の姿 ~分厚い表面に封じられていた新たな電子状態を発見 従来のデータ解釈覆し、謎解明へ~(プレスリリース)
- 公開日
- 2015年12月18日
- BL15XU(広エネルギー帯域先端材料解析)
- BL29XU(理研 物理科学I)
2015年12月18日
国立大学法人 奈良先端科学技術大学院大学
国立研究開発法人 理化学研究所
国立研究開発法人 物質・材料研究機構
奈良先端科学技術大学院大学(学長:小笠原直毅)物質創成科学研究科凝縮物性学研究室 田口宗孝特任助教と大門寛教授は、理化学研究所放射光科学総合研究センター(センター長:石川哲也)のチャイナニ アシシ専任研究員、物質・材料研究機構量子ビームユニットシンクロトロンX線グループの上田茂典主任研究員と共同で大型放射光施設SPring-8※1の世界最高性能のX線光電子分光※2装置を使用して、世界中の研究者を80年にわたり悩ませてきた「マグネタイト(Fe3O4)」の謎に迫りました。磁石や砂鉄として知られるマグネタイトがなぜ極低温で絶縁体になるかという課題です。 |
解説
マグネタイトは人類が初めて手にした磁石としてよく知られています。また「砂鉄」としても一般になじみ深い物質です。このどこにでもあるマグネタイトは古くからよく研究されてきた物質の1つで、固体物理の教科書には必ず出てきます。現代では、二次電池の材料、磁性ナノ粒子の特性を利用した磁性材料の開発、癌治療への応用などの新しい用途が開発されています。これまで基礎、応用の両面から生物・物理・化学の幅広い分野で研究が盛んに行われてきました。
しかし、その正体は現代の科学技術の粋を結集してもいまだに解明できない謎多き物質です。特に、1930年代にVerweyが約-150℃で金属から絶縁体へと変化する(Verwey転移と呼ぶ)ことを発見しましたが、その発見から約80年を経た現代でもその電気伝導の機構を正しく記述する理論がいまだに確立できていません。
研究グループは、高エネルギーのX線を使う硬X線内殻光電子分光法※3という実験手法を用いてマグネタイトの固体内部にひそかに存在する電子の特徴・性質を調べました。この手法による測定は、大型放射光施設SPring-8の理研ビームライン29XUとNIMSビームライン15XUで実施しました。従来の内殻光電子分光では、用いたX線のエネルギーが小さかったため固体の表面の電子しか調べることができませんでしたが、今回の研究では、硬X線というエネルギーの大きいX線を用いることによって、マグネタイトの表面ではなく固体内部の電子の性質を調べることが可能になりました(図1)。測定試料は単結晶と薄膜の状態のものを用意し、膜の厚さの異なるものとの比較を行うことにより、表面の割合をコントロールしマグネタイトの表面と固体内部で電子が分布する状態の違いを調べました。その結果、固体内部にしか存在しない電子の動きに由来する成分が格段に増加したため、従来観測されたことのない新しい電子のエネルギーピークを観測することに成功しました(図2のBと示したピーク)。
また、表面の厚さを調べた結果、固体内部とは異なる表面状態がなんと10ナノメートル(nm)以上とぶ厚くなっていることが明らかとなりました(図3)。通常の物質であれば、10ナノメートルの厚さは固体内部の状態を得るのに十分な厚さです。この異常に厚い表面状態が、内部の電子状態の測定を阻み、これまでのマグネタイト研究を混乱させてきた原因の一つであることが明らかとなりました。
研究の位置づけ
本研究では、固体物理学の錚々たる巨匠たちを悩ませてきた原因が、その異常に分厚い表面相の存在にあることを突き止めました。また、その奥に隠れていた真の固体内部の電子の状態を探り出すことに成功し、そこにはマグネタイトの室温での電気伝導を担う未知の電子状態が隠れていたことを明らかにしました。この成果は、これまでのスペクトル解釈の定説を一気に覆す可能性があり、長い間超難問題とされてきたマグネタイトの伝導機構研究に新たな視点と理解を可能にします。さらに、マグネタイトの光電子分光測定によるスペクトルはその特徴的な形状から、物理・化学・生物の広領域にわたる応用研究で指紋認証のように利用されています。そのため本研究で明らかとなった結果は、非常に広範囲の研究分野に大きな影響を与えると思われます。
【補足説明】
1) 大型放射光施設SPring-8
兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高の放射光を生み出す理化学研究所の施設で、その管理運営は理研及びJASRI(高輝度光科学研究センター)が行っている。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来する。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、絞られた強力な電磁波のこと。SPring-8では、この放射光を用いて、ナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究を行っている。
2) X線光電子分光
物質にX線を照射し、試料表面から放出される電子の個数とエネルギーの関係を調べることにより、物質内の電子状態を調べる実験手法。この手法により、物質内の電子のエネルギー分布を直接観測することが可能となる。硬X線内殻光電子分光法、軟X線共鳴光電子分光法などがある。
3) 硬X線内殻光電子分光法
硬X線とは、3keV~100keVのエネルギーの高いX線を意味する。硬X線内殻光電子分光法とは、硬X線を使って原子に強く束縛された電子を1つ取り出した時に、エネルギー0近傍の電子がどのように開いた穴を埋めようとするかを観測することで、エネルギー0近傍の電子の性質を調べる手法。従来の内殻光電子分光では、用いたX線のエネルギーが低かったため、固体の表面の電子しか調べることができなかったが、硬X線というエネルギーの高いX線を用いることによって、表面ではなく固体内部の電子の性質を調べることが可能になった。
<<本プレスリリースに関するお問い合わせ先>> 国立研究開発法人理化学研究所 放射光科学総合研究センター (ビームラインに関すること) (理研ビームライン29XU) (報道担当) 国立研究開発法人理化学研究所広報室 報道担当 国立研究開発法人物質・材料研究機構 企画部門 広報室 (SPring-8に関すること) |
- 現在の記事
- 80年越しに見えてきた磁石・マグネタイト(Fe3O4)の本当の姿 ~分厚い表面に封じられていた新たな電子状態を発見 従来のデータ解釈覆し、謎解明へ~(プレスリリース)