安定なイオンが周囲の原子の電子をキャッチ&リリース! ―X線照射による生体分子損傷の機構解明に貢献―(プレスリリース)
- 公開日
- 2017年01月30日
- BL17SU(理研 物理科学III)
2017年1月30日
東北大学多元物質科学研究所
京都大学大学院理学研究科
産業技術総合研究所
理化学研究所
東北大学多元物質科学研究所上田潔教授・福澤宏宣助教のグループ、京都大学大学院理学研究科永谷清信助教のグループ、産業技術総合研究所分析計測標準研究部門齋藤則生副研究部門長、理化学研究所放射光科学総合研究センター大浦正樹ユニットリーダー、ドイツ国ハイデルベルグ大学ローレンツ・セダーバウム教授のグループ等による合同研究チームは、安定な2価イオンが原子集団の中に存在すると、周囲にある原子をイオン化して低エネルギー電子を放出する新しい現象を観測しました。 論文情報 |
【詳細な説明】
1.背景
物質にX線を照射すると、X線のエネルギーよりも一桁以上低いエネルギーを持つ電子が飛び出してきます。このような現象は様々な場面で利用されていますが、その機構の詳細は解明されていません。最近、X線照射により生成される安定な2価イオンが周囲の原子から低エネルギー電子を放出させる機構が理論的に予測されました。本研究では、この機構を実証するための実験を、ネオン(Ne)原子とクリプトン(Kr)原子の混合クラスター*をモデル系として行いました。実験には波長のそろった強度の強いX線が必要であるため、大型放射光施設SPring-8から得られるX線を用いました。
2.研究の手法と成果
全ての物質を構成する原子は、種類によって吸収しやすいX線の波長が異なります。本研究では、SPring-8のビームラインBL17SUにおいて、ネオン原子が吸収しやすい領域にX線の波長を合わせ、ネオン原子とクリプトン原子の混合クラスターに照射して(図参照)、クラスター中に2価ネオンイオンを生成しました。生成した2価ネオンイオンは安定で、周囲に何もなければ(孤立していれば)2価イオンのままでいます。しかし、今回試料としたクラスター内のように、2価ネオンイオンの周囲にクリプトン原子が複数存在すると、クリプトン原子から電子を1個奪って1価クリプトンイオンとし、自らは1価ネオンイオンとなり、さらに別のクリプトン原子から電子を突き飛ばして1価クリプトンイオンをもう1個生成することが理論的に予測されています(図右上参照)。この第二のクリプトン原子から放出される電子のエネルギーは、非常に低くなることが予測されています。結果として、1価ネオンイオンが1個、1価クリプトンイオンが2個、低エネルギー電子が1個生成します。
本研究では、このようにして生成した合計3個のイオンと電子の運動量を同時に計測しました。得られた電子の運動エネルギー分布の中に、ネオン原子やクリプトン原子それぞれ単独の場合には観測されない低エネルギーの電子を検出することで、理論的に予測された新機構を実証しました。
3.今後の展望
本研究で実証した過程では、異なる原子が含まれる集団の中の原子がX線を吸収すると、ほぼ100%の確率で低エネルギーの電子が飛び出してきます。低エネルギーの電子はデオキシリボ核酸(DNA)の鎖を切断し、細胞の死滅に繋がります。従って、このようなX線照射による低エネルギー電子生成過程を一つずつ解明していくことが、放射線損傷を制御し、放射線治療を効果的かつ正確に行うためにも重要な役割を果たしていくと期待されます。
ネオン原子とクリプトン原子が混合したクラスターにX線を照射すると安定な2価ネオンイオンが生成される。このイオンは孤立していると何も起こらないが、周囲にクリプトン原子があるとクリプトン原子から電子を奪って1価イオンになり、さらに別のクリプトン原子をイオン化し、電子が飛び出していく。
用語解説
※ クラスター
*
原子・分子が複数個集まって生成した集団のこと。不活性な原子でも、原子間に働く弱い引力(ファンデルワールス力)により数個から数万個を超えるサイズのクラスターを生成することができ、気相でも固相でもないその中間にある状態として注目されている。
お問い合わせ 京都大学大学院理学研究科 産業技術総合研究所 企画本部報道室 理化学研究所 広報室 (SPring-8 / SACLAに関すること) |
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