完全大気圧下での光電子分光測定に世界で初めて成功 ―燃料電池や触媒材料の強力な開発ツールとして期待―(プレスリリース)
- 公開日
- 2017年06月28日
- BL36XU(先端触媒構造反応リアルタイム計測)
2017年6月28日
自然科学研究機構分子科学研究所
高輝度光科学研究センター
自然科学研究機構分子科学研究所の高木康多助教、横山利彦教授らの研究グループは、電気通信大学燃料電池イノベーション研究センターの岩澤康裕教授らの研究グループ、名古屋大学物質科学国際研究センターの唯美津木教授および公益財団法人高輝度光科学研究センター (JASRI)の宇留賀朋哉研究員らの研究グループと共同で、大型放射光施設SPring-8(*1)で硬X線(*2)を用いた準大気圧光電子分光装置を改良し、世界に先駆けて完全大気圧下での光電子分光測定(*3)に成功しました。本研究は、NEDO(国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構)プロジェクト「固体高分子形燃料電池利用高度化技術開発事業/普及拡大化基盤技術開発/触媒・電解質・MEA内部現象の高度に連成した解析、セル評価」および日本学術振興会・科学研究費若手研究(A)(課題番号:15H05489)の一環として行われたものです。 論文情報 |
研究の背景
光電子分光測定は多種多様な化学種を検出でき、さらにその化学状態の分析が可能であるという特徴から、表面科学において広く用いられている手法です。しかしながら、試料から放出された光電子は気相分子によって散乱されすぐに減衰してしまうため、光電子分光器は主に高真空(10-3 Pa程度以上)の環境下でしか使用できませんでした。しかし、触媒反応をはじめとする現実的な表面反応は大気圧もしくはそれに近いガス圧下で反応が進むことが多く、高い圧力のガス雰囲気下での光電子分光法の開発が長年望まれていました。近年、放射光を用いた準大気圧光電子分光装置の開発により5,000 Pa程度のガス雰囲気下の試料の光電子分光測定法が確立され、現在では準大気圧光電子分光測定システムの市販もされており、世界各地の主要な放射光施設でこの装置を用いた研究が行われています。
しかし、現在報告されている世界最高性能の準大気圧光電子分光装置でも測定ガス圧は最大で15,000 Pa(約0.15気圧)程度です。この圧力は大気圧(約100,000 Pa)の1/7程度であり、より高いガス圧下で動作する光電子分光装置の開発が様々な研究グループで進められてきました。
研究の成果
準大気圧光電子分光装置の動作ガス圧を引き上げるためには、試料から放出された光電子がガス中を移動して検出器に到達するまでのあいだに、ガスによる散乱で減衰することをできる限り抑える必要があります。そのための手段としては、光電子の運動エネルギーを高くし散乱される確率を下げる方法と光電子がガス中を移動する距離を短くする方法のふたつがあります。前者について、本装置は8 keVの硬X線という通常よりもエネルギーの高いX線を使うことにより光電子の運動エネルギーを高くしました。後者については、分光器への光電子の取り込み口(アパーチャー)と試料との距離をできる限り短くし、光電子の移動距離を短くしました。しかし、あまりに試料をアパーチャーに近づけすぎると、試料表面付近の気体分子までアパーチャーに吸い込まれてしまい、局所的に特異な圧力分布もったガス環境下になってしまう恐れがあります。これを防ぐためには、試料とアパーチャー距離を短くするのに合わせて、アパーチャーの開口径も小さくする必要があります。過去の研究から、その値は試料とアパーチャーの間の距離に対して、その半分の直径のアパーチャーが必要とされています。しかし、小径のアパーチャーを精密に加工するには高度な技術が必要であり、またアパーチャーの直径よりも小さくX線を集光する技術や試料の位置を精密に制御する技術なども必要で、実際に完全大気圧下での光電子分光測定を行うためには様々な困難がありました。
今回、研究グループは分子科学研究所の機器センターと協力し、図1のような直径30 μmのアパーチャーをもった、分光器の先端に取り付けるフロントコーンを作製しました。チタンを円錐形に加工し、その先端に集束イオンビーム加工(*4)により30 μmの穴をあけました。このフロントコーンをSPring-8の「先端触媒構造反応リアルタイム計測ビームライン」(BL36XU)に設置された準大気圧光電子分光装置に取り付け、ガス雰囲気下の光電子分光測定を行いました。
(a)今回作製したフロントコーン。(b)先端に加工された直径30 μmのアパーチャー。(c)アパーチャーの断面の模式図。
アパーチャー径が30 μmであるため、試料とアパーチャーの間の距離をアパーチャー径の2倍の60 μmとしました。試料には金の薄膜を用い、装置内に空気を導入してガス圧を1 Paの真空状態から大気圧まで上昇させながら、光電子分光の信号強度の変化を観察しました。
(a)1 Paから大気圧までの雰囲気ガス圧に対してのスペクトル強度の変化。(b)大気圧下での光電子分光測定。
図2(a)にあるように雰囲気ガス圧が上昇するにつれて、ガスによる光電子の散乱が大きくなり信号強度が減少していることが分かります。しかしながら下段の拡大図でもわかるように100 kPaつまり大気圧下でも光電子分光のシグナルを検出できました。この測定の精度は測定時間を延ばすことで改善することができます。図2(b)は測定に30分かけて大気圧下の測定を行い、ピークをよりはっきりと識別することができるようにしたものです。このスペクトルが持つエネルギーや強度比は通常の高真空下での金薄膜の光電子分光測定で得られる標準的なスペクトルとほぼ一致します。このことは大気圧下でも正確な光電子分光測定が可能であることを示しています。
今後の展開
本装置により大気圧下での測定が可能になり、光電子分光測定の応用範囲が大きく広がりました。触媒反応や燃料電池の電極反応など固体とガスの反応を大気圧下で直接観察できることはそのメカニズムを解明するために非常に役に立ちます。また、大気圧下に試料を設置することにより、水などの液体の蒸発を抑えた環境下で測定ができるため、液体そのものや固体と液体の界面で起こる反応なども直接測定することができます。それ以外にも、真空にするとすぐに壊れてしまうような分子や生体試料などへの適用も可能になります。今後、大気圧下での光電子分光測定という技術は物質の状態分析手法として様々な分野に広く利用されていくと考えられます。
研究グループ
本研究は自然科学研究機構分子科学研究所の高木康多助教、横山利彦教授のグループ、電気通信大学燃料電池イノベーション研究センターの岩澤康裕教授のグループ、名古屋大学物質科学国際研究センターの唯美津木教授、公益財団法人高輝度光科学研究センター (JASRI)の共同研究により行われました。
研究サポート
本研究は日本学術振興会・科学研究費若手研究(A)(課題番号:15H05489)およびNEDOプロジェクト「固体高分子形燃料電池利用高度化技術開発事業/普及拡大化基盤技術開発/触媒・電解質・MEA内部現象の高度に連成した解析、セル評価」の一環として行われました。
用語解説
1) 大型放射光施設SPring-8
兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す理化学研究所の施設で、高輝度光科学研究センターが運転と利用者支援を行っている。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、指向性の高い強力な電磁波のこと。SPring-8では、この放射光を用いて、ナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われている。
2) 軟X線・硬X線
波長が1 pm-10 nm程度範囲の電磁波のことX線と呼び、その中でも波長が長い方のものを軟X線、波長が短いものを硬X線と呼ぶ。電磁波は波長が短いものほどエネルギーが高くなる。
3)光電子分光法
測定対象の物質に電磁波をあて、光電効果により放出される光電子のエネルギーを測定することにより、その物質の状態を観測する手法。
4)集束イオンビーム加工
数nmから数百nmに集束したイオンビームを試料表面に当て、原子を弾き飛ばすことにより表面を削り微細加工を施す技術。
お問い合わせ先 報道担当 (SPring-8 / SACLAに関すること) |
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