大型放射光施設 SPring-8

コンテンツへジャンプする
» ENGLISH
パーソナルツール
 

原子・分子の動きを1000万分の1秒単位でより詳細に観察する手法を開発(プレスリリース)

公開日
2017年10月02日
  • BL09XU(核共鳴散乱)

2017年10月2日
京都大学

 京都大学原子炉実験所の齋藤 真器名 助教、増田 亮 研究員、瀬戸 誠 教授、高輝度光科学研究センター(JASRI) の依田 芳卓主幹研究員らのグループは、SPring-8を用いて1000万分の1秒(100ナノ秒)単位で原子・分子の運動の様子をより詳細に観測する手法を確立しました。
 物質中では原子・分子は様々な運動しており、この動きが物質の性質や機能を決めるうえで重要な役割をしていることがあります。そもそも原子・分子は非常に小さいため目に見える光では見えず、その運動を光で見るためにはX線やガンマ線という高エネルギーの光を使う必要があります。また、運動の起こる時間は非常に短いため、通常の動画撮影のように観測することはできません。このような制約のため、分子や原子の運動の全貌の理解は現在でも困難です。もし1000万分の1秒単位で原子・分子がどのように動いているが知ることができれば、例えばゴムや液晶、ガラスが原子・分子の運動性に基づく独自の性質を持つ根本的な理由が説明可能です。更に、様々な物質や材料の理論的な改良・開発を通して産業応用へ貢献することができるでしょう。
 これまでの原子・分子の運動測定には、単色のガンマ線を用いた準弾性散乱法という方法が用いられてきました。本研究では、新たに多色のガンマ線を用いた場合にこれまでよりも原子・分子の運動を条件によっては10倍以上迅速かつ高精度に測定できることを実証しました。
 論文は2017年10月2日、Scientific Reportsに掲載されました。

<論文タイトルと著者>
タイトル:Synchrotron radiation-based quasi-elastic scattering using time-domain interferometry with multi-line gamma rays(多色ガンマ線による時間領域干渉計を用いた放射光準弾性散乱)
著者:M. Saito, R. Masuda, Y. Yoda, and M. Seto
掲載誌Scientific Reports
DOI10.1038/s41598-017-12216-7

図1

原子・分子の動きから、身近な物質の性質を詳細に調べられる。様々な材料から生体組織のモデル系まで応用範囲は広い。


背景
 身近にあるすべての物質は原子・分子からできており、原子・分子の作る構造やそれらの運動性が物質の特性や機能と密接に関係しています。したがって、原子・分子の構造やそれらの運動の様子を良く知ることで、生活に役立つ物質の開発を推進することができます。物質の構造に対しては、これまで非常に多くの研究がなされていて、沢山のことが分かってきました。しかし、原子・分子の運動となると十分に調べられてはいません。その理由として、一般に原子・分子はとても小さく、しかもその運動はとても速いことが挙げられます。しかも、少し条件を変えると10億倍以上も速度が変わることもあるため、これらの動きを総合的に知るためには、原子・分子の運動を広い時間スケールで観測する必要があるのです。
 しかし、これまでに開発された手法では十分に運動の全貌を明らかにすることができません。科学技術は非常に進歩しているにもかかわらず、身近なモノの中で原子・分子がどのように動いているかはっきりと分かっていないのです。特に、原子・分子の運動のうち、1000万分の1秒前後の時間スケールで運動を調べることが技術的に特に困難でした。これまでに放射光1から生成されたガンマ線を用いた準弾性散乱法が開発されてきましたが、測定時間が長くかかる欠点がありました。本研究では測定効率の改善を目指し、多色のガンマ線を実験に用いる新手法を提案・実証しました。

図2

準弾性散乱法のイメージ図。測定したい物質の原子に当て跳ね返ったガンマ線と、物質に当てないガンマ線がどのように干渉し合うか観測する。原子・分子サイズの波長をもつガンマ線を使い「うなり」を観測することで原子や分子の動きを測定する。

研究手法・成果
 ガンマ線を用いた準弾性散乱法では、まずSPring-82BL09XUで生成された放射光を鉄の原子核に当てることで、方向性を持ったガンマ線を取りだします。このガンマ線は、原子・分子サイズ程度の波長をもった単色性の高い光です。このガンマ線を試料に当てると、ガンマ線は試料中の運動している原子と衝突することによってエネルギーが変化し、入射エネルギーを中心としたエネルギー分布の拡がりが起こります。このエネルギー変化を観測できれば、原子・分子の運動の様子が分かります。そのエネルギー分布の広がりを調べるため、測定したい物質に当てエネルギー変化を受けたガンマ線(例:赤色)と、そのガンマ線とはエネルギーの異なった単色ガンマ線(例:青色)とを干渉させ、強度の時間変化つまり“うなり”を調べます。これは僅かに周波数の異なった2つの音叉を同時にならすとうなりが聞こえる事に似た現象です。このとき、試料の運動によって一方の赤色のガンマ線のエネルギー幅が拡がった場合には、周波数の異なる音が混ざるような状況になり、“うなり”が変化して観測されます。このような“うなり”現象を利用し、原子・分子の運動状態を効率よく観測することが可能です。本研究ではこの手法を改良し、複数の色をもつガンマ線を同時に用いて観測することで、大幅に測定の精度が上がることを実証しました。今回開発した手法を用いることで、条件によっては10倍以上迅速に、かつこれまで以上に高精度に1000万分の1秒単位の原子・分子の運動を直接測定することが可能となりました。

波及効果、今後の予定
 今回改良した準弾性散乱による原子・分子の運動性の測定法は様々な物質に有効な手法です。例えば、液晶をはじめゴム等も含めたソフトマター3 に関して多くの先進的な研究が可能でしょう。また、液体を急速に冷却すると分子がランダムな状態のまま動きづらくなってしまうガラス転移という現象の解明も重要な研究ターゲットとして考えられます。実際に、本手法を用いてイオン液体、分子液体やゴム、液晶材料やガラスなど様々な物質中での分子・イオンの拡散研究が行われており、有用性が実証され始めています。本手法は基礎から応用研究まで適用可能な手法で、今回の装置開発による性能の大幅な向上は今後の様々な物質研究のブレークスルーにつながる大きな可能性を持っています。今後さらに多色のガンマ線を用いるなど装置の性能をさらに向上させることにより、より迅速に精度よく原子・分子の運動性を調べることができる装置を構築していきたいと考えています。

研究プロジェクトについて
 本研究は科学研究費補助金・基盤研究S「同位体特定による局所状態解明のための先進的メスバウアー分光法開発」、若手研究B「ガンマ線時間領域干渉計法の高度化によるソフトマターの階層ダイナミクスの研究」の支援を受けました。


【用語解説】
*1 放射光
光速近くまで電子を加速し、軌道を磁場で曲げた際に生じる光。極めて指向性が高く、赤外線からX線まで広い波長の光を利用できる。

*2 SPring-8
兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高水準のエネルギーを有する放射光を生み出す理化学研究所の施設で、その運転や利用促進業務はJASRIが担う。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8GeVの略。放射光を用いて、基礎科学研究や産業利用まで幅広い研究が行われている。

*3 ソフトマター
液晶や界面活性剤、高分子など、固体より柔らかな物質の総称。人体中に見られる細胞膜などの生体構造もソフトマターの一つ。部分的に規則立った構造を持ち、内部で分子が流動的にうごいている。運動性を持つ分子によって例えば柔らかいなどの特徴的な性質を持つ。



【お問い合わせ先】
齋藤 真器名 原子炉実験所 粒子線基礎物性研究部門 助教
 TEL:090-3993-7162  FAX : 072-451-2656
 E-mail:msaitoatrri.kyoto-u.ac.jp

(SPring-8 / SACLAに関すること)
公益財団法人高輝度光科学研究センター 利用推進部 普及情報課 
 TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786
 E-mail:kouhou@spring8.or.jp