画像診断における被曝を二桁以上低減できる可能性を持つ画期的なX線イメージング法を立証(プレスリリース)
- 公開日
- 2017年12月11日
- BL20B2(医学・イメージングI)
2017年12月11日
モナシュ大学
公益財団法人高輝度光科学研究センター
【発表のポイント】
●X線の屈折を利用した撮影法と画像処理によって、CT画像のコントラストを100倍以上あげられることを示した。
●今後、この技術を利用することにより、画像診断におけるX線被曝を大幅に減らすことができる。
オーストラリア・モナシュ大学・物理天文学科のマーカス・キッチン上席研究員らは、公益財団法人高輝度光科学研究センター(理事長土肥義治)の上杉健太朗主席研究員、八木直人特別研究員、及びメルボルン大学、ニューイングランド大学、ハドソン医学研究所の研究者らと共同で、大型放射光施設(SPring-8)の中尺ビームラインBL20B2を使った実験において、X線の屈折を利用した撮影法を用いることにより、医療画像診断における被曝量を二桁以上低減できる可能性があることを示しました。本研究は、共著者のフーパー教授の長期利用課題のビームタイムの一部を利用して行われました。 本研究成果は、2017年11月21日付けで、「Scientific Reports」にオンライン掲載されました。 書誌情報 |
【研究開発の背景と目的】
病院における画像診断では、体内の様子を観察するためにX線が利用されています。レントゲン写真では骨や造影剤などX線をよく吸収する物質を影絵として観察できますし、CT(コンピューター断層撮影法)では体を輪切りにした画像を見ることができます。しかし、内臓などの軟組織はX線をあまり吸収しないため、レントゲン写真やCTでは観察しにくいという問題があります。X線画像の質(特にノイズ)は、X線照射量に依存するので、X線照射量を増やして画質を改善し、軟組織を観察することは可能です。これは照明を明るくして写真を撮るのと同じです。しかし、X線が人体に有害であることは広く知られており、照射量を増やすことは好ましくありません。
この問題を解決するには、軟組織の画像コントラストを上げる工夫が必要で、これには屈折コントラスト撮影法が有効であることが知られています。この方法は1999年にSPring-8を用いた研究で発表され(研究成果をやさしく解説:将来のガン診断に“光明”SPring-8の放射光を利用したX線屈折コントラストイメージング法)、それ以降世界中で広く利用され、研究されています。その原理は図1に示すように、X線が物体で屈折することにより物体の輪郭が強調されることにあります。回折格子などの光学素子を使わずに、試料とX線検出器の距離を離すだけで、簡単に屈折コントラスト画像を得ることができます。
図1 X線の屈折による輪郭強調の原理。X線は物体表面で屈折し、進行方向を変えたX線が重なることによって物体の脇に明るい領域ができる。
キッチン博士らのグループは、この方法を用いてSPring-8*1の中尺医学・イメージングビームラインBL20B2*2において、ウサギの新生児が誕生後に呼吸を開始する仕組みについて研究してきました(図2)。
(SPring-8 学術成果集:Topic 6 ウサギ新生児のイメージング)
図2 SPring-8のBL20B2において屈折コントラスト法を用いて撮影された、ウサギ新生児の胸部レントゲン写真。上部中央の気管が気管支に枝分かれしている。両側に白く見えるのは肺で、肺胞表面の空気と肺組織の界面で生じるX線の屈折によって点状に見える。
屈折は物体によって生じたX線の位相変化が引き起こす現象です。そこで、屈折の程度をもとに吸収ではなく位相変化に基づいたX線画像(位相画像)を得る数学的方法(位相回復法)が提案されてきました。この手法を用いると、軟組織でも高コントラスト画像が得られることが知られており、動物実験で利用されています。しかし、X線照射量を減らした時に、この方法によって質の良い画像が得られるかどうかは、検証されていませんでした。今回の実験では、位相画像を用いることで被曝量をどれだけ下げられるかを検証しました。
【研究の手法】
実験は、SPring-8の中尺ビームライン実験施設にあるBL20B2で行われました。安楽死させたウサギ新生児の肺を空気で満たして撮影試料とし、試料と検出器を接近させた吸収コントラスト法と、遠くに離した屈折コントラスト法を用いて、試料を回転してCT撮影を行いました。屈折コントラスト画像は、位相回復法によって位相画像に変換し、吸収画像、位相画像それぞれにCT画像再構成を行って、肺の断面の画像を得ました(図3)。
【得られた成果】
図3左の画像は通常の吸収法を用いて、各方向から100ミリ秒の露光時間で撮影して得られた肺の断面のCT画像、右は1ミリ秒の露光時間で撮影して位相回復を行って得られたCT画像です。これらを比較すると、右の位相画像は左の吸収画像よりも1/100の露光時間(X線照射量)で得られているにもかかわらず、吸収画像にみられる細かな特徴をすべて示しており、個々の肺胞が十分観察できる画質で見えています。しかも、X線照射量が少ないにもかかわらずノイズは増えていません。これは、位相変化を利用したイメージング法(位相イメージング法)を用いると、1/100の被曝量で吸収法と同程度の情報量を持つCT画像が得られることを示しています。
図3 ウサギ新生児の肺のX線CT画像。左は各投影あたり100ミリ秒の露光時間で検出器を試料から0.16 mの位置に置いて撮影した吸収CT画像。右は1ミリ秒の露光時間で検出器を試料から2 mの位置に置いて屈折コントラスト法で撮影した位相CT画像。共に1800枚の投影像を異なる方向から撮影して、CT再構成により断層像を得た。露光時間の違いから、右の撮影の照射量は左の1/100であるが、左と同様に細かな肺胞まで十分観察できる。また左の吸収画像では見えない軟組織中での密度差が、右の位相画像では明るさの違いとして見えている。
【波及効果、及び、今後の展望】
この研究結果は、屈折コントラスト法で撮影し位相回復を行うことにより、従来の吸収法よりも二桁以上少ない被曝量で軟組織の観察が可能であることを示しています。今後位相X線画像の利用が病院における画像診断に取り入れられることにより、患者への被曝量を低減し、医療被曝による健康被害を減らすことが可能になることが見込まれます。
従来から位相イメージング法が軟組織の可視化に適していることは知られていましたが、それに必要な屈折コントラスト撮影法には微焦点のX線発生装置が必要で、十分なX線強度が得られないことが臨床応用における問題点でした。今回の研究結果から、従来よりも少ないX線量で十分な画質の位相画像が得られることが分かり、この問題は解決しました。また、短い露光時間で撮影できれば、患者の呼吸等による動きを止める時間も少なくて済むため、検査の際の患者の負担も減らすことが出来ます。今後の位相イメージング法の臨床利用への期待が高まります。
モナシュ大学のプレスリリース
“Physics breakthrough a game changer for global healthcare with potential to reduce radiation from x-rays”
用語解説
1)大型放射光施設SPring-8
SPring-8はSuper Photon ring-8 GeVに由来する。兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す理化学研究所の施設であり、その運転と利用者支援などは高輝度光科学研究センターが行っています。電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向が曲げられた時に発生する、細く絞られた強力な電磁波(放射光)を用いて幅広い研究が行われています。特に今回の研究では、放射光の高輝度、エネルギー可変性、エネルギー分解能、ビーム特性などの特徴を活用しました。
2)中尺医学・イメージングビームラインBL20B2
「ビームライン」とはSPring-8などの放射光施設において、発生した放射光を実験装置まで導く光路のこと。実験目的に合ったエネルギーをもつ光を取り出す装置、試料上に光を集光する装置などを経て、実験装置に放射光が導かれます。中尺ビームラインではX線光源である偏向電磁石から実験場所である中尺ビームライン実験施設まで220 m程度の距離があるため、高さ数cm、幅30 cmの大きなX線ビームが利用可能で、実験動物など大きな試料の撮影に適しています。
【本件に関する問い合わせ先】 (報道担当:SPring-8 / SACLAに関すること) |
- 現在の記事
- 画像診断における被曝を二桁以上低減できる可能性を持つ画期的なX線イメージング法を立証(プレスリリース)