大型放射光施設 SPring-8

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鉄系高温超伝導体における新奇な磁性と超伝導の共存の観測に成功(プレスリリース)

公開日
2018年09月25日
  • BL09XU(HAXPES)

2018年9月25日
公立大学法人兵庫県立大学
大学共同利用機関法人 高エネルギー加速器研究機構
公益財団法人 高輝度光科学研究センター

 一般的に超伝導状態は、磁場や磁性不純物により阻害され、場合によっては壊れてしまいます。従って磁性と超伝導は競合する関係であると考えられていますが、兵庫県立大学、高エネルギー加速器研究機構(KEK)及び(公財)高輝度光科学研究センターを中心とする研究グループは、圧力下の鉄系高温超伝導体[1]において超伝導によって安定化される磁性相が存在することを初めて観測しました。この初観測はKEK放射光科学研究施設フォトンファクトリーアドバンストリング(PF-AR)[2]及び大型放射光施設SPring-8(BL09XU)[3]の高輝度X線を利用した核共鳴前方散乱実験[4]により得られたものです。
 本研究の成果は、2018年9月18日に米国科学雑誌『Physical Review B Rapid Communications』でオンライン公開されました。

論文情報
掲載誌:Physical Review B Rapid Communications(米国物理学会誌)
論文タイトル:New antiferromagnetic order with pressure-Induced superconductivity in EuFe2As2
著者:Shugo Ikeda, Yuu Tsuchiya, Xiao-Wei Zhang, Shunji Kishimoto, Takumi Kikegawa, Yoshitaka Yoda, Hiroki Nakamura, Masahiko Machida, James K. Glasbrenner, and Hisao Kobayashi
DOI:10.1103/PhysRevB.98.100502
掲載日:2018年9月18日

研究の背景
 ある化合物が超伝導状態になると、電気抵抗はゼロになり、外部から磁場を印加するとその磁場を排除します。さらに印加磁場を強くしていくと、超伝導体は磁場を排除しきれず、ある臨界磁場を超えると超伝導は破壊されます。従って超伝導と磁性、磁場は相反する関係であると考えられています。 ところが、2008年に磁性元素である鉄(Fe)を含む高温超伝導体が発見されました。この鉄系高温超伝導体は、鉄が持つ3d電子[5]が磁性と超伝導の双方を担うと考えられており、国内外問わず多くの研究者からこの系の磁性と超伝導の相関が注目されています。そこで、兵庫県立大学、KEK物質構造科学研究所、高輝度光科学研究センター、日本原子力研究開発機構、及びU.S. Naval Research Laboratoryの共同研究グループは、茨城県にあるKEK PF-AR[2]と兵庫県にある大型放射光施設SPring-8(BL09XU)[3]の高輝度X線を利用した核共鳴前方散乱実験により、鉄系高温超伝導体の一つであるEuFe2As2に関して、主に鉄サイトの磁性と超伝導の相関について研究を行いました。

研究成果
 (a)は、圧力によるEuFe2As2の電子状態の変化を示した相図です。常圧においてEuFe2As2は、ToFe = 190 ケルビン(摂氏マイナス83度)及びより低温のToEu = 19ケルビン(摂氏マイナス254度)において、それぞれ鉄サイト及びユウロピウム(Eu)サイトが磁気秩序[6]を示します。静水圧を加えると、ToEuは殆ど変化しませんがToFeは急激に減少し、消失する近傍の2.4万気圧(PcL )以上で超伝導が発現します。
 研究グループは、圧力で誘起される超伝導状態における鉄サイト及びユウロピウムサイトの磁性を調べるため、57Fe核及び151Eu核における核共鳴前方散乱実験を行いました。
 (b)は、2.4万気圧(PcL )以下の常伝導状態におけるEuFe2As2の代表的な57Fe核共鳴前方散乱スペクトルです。(b)から時間と共に強度が短い周期を持って振動していることが分かりますが、これは鉄サイトが磁気秩序状態であることを示しています。(c)に示すように、2.4万気圧(PcL )以上3万気圧(PcH) 以下の57Fe核共鳴前方散乱スペクトルも同様に強度が振動していることから、超伝導と鉄サイトの磁性は共存していることが分かります。さらに興味深いことに、核共鳴前方散乱スペクトルの特徴は、常伝導と超伝導状態で大きく変化しています。具体的には、常伝導状態における90及び150ナノ秒近傍における振動の谷は深く明瞭ですが、超伝導状態では浅くなっています((b)及び(c)の黒矢印参照)。これは、鉄サイトの磁気秩序状態(磁気構造)が常伝導と超伝導では、異なっていることを示しています。詳細な解析の結果、(b)及び(c)の挿入図に示すように鉄サイトの磁気モーメント[7]は常伝導状態では結晶の特定の方向を向いていますが、超伝導状態ではその向きが特定の周期をもって変化する構造になることが明らかとなりました。また(d)の黒矢印で示すように、同じ2.4万気圧(PcL )以上3万気圧(PcH) 以下の圧力領域でも高温における常伝導状態での57Fe核共鳴前方散乱スペクトルの谷は深くなっており、鉄サイトの磁気モーメントの向きは再び特定の方向へ戻ることが分かりました。

図

図(a)EuFe2As2の圧力相図及び(b~d)各相における57Fe核共鳴前方散乱スペクトル。図(a)の青色は超伝導が発現する領域を、図(b~d)の赤線は解析結果を示し、挿入図は、各相の鉄サイトの磁気モーメントの向きを示している。

 一方図示はしていませんが、151Eu核共鳴前方散乱実験では、常伝導状態及び超伝導状態ともにユウロピウムサイトの磁性の変化は観測されませんでした。従ってユウロピウムサイトの磁性は、鉄サイトの磁性の変化に関与していないと考えられます。
 以上の結果から、本実験で観測された磁気モーメントの向きが特定の周期をもって変化する鉄サイトの新しい磁気秩序状態は、温度・圧力共に超伝導状態内でのみ存在する、非常に特異な磁性相であることを実験的に明らかにすることができました。

今後の展望
 磁性と超伝導の相関は、これまでに国内外問わず精力的に研究されてきました。いくつかの化合物で磁性と超伝導の共存が観測されてきましたが、両者は競合関係であり、磁気秩序状態(磁気構造)は超伝導及び常伝導によらず大きく変化しません。一方本研究で観測された新しい磁性相は、超伝導相内でのみ存在しており、これまで報告された磁性と超伝導の相関とは大きく異なります。今後本研究成果をもとに、磁性と超伝導の新たな相関の解明、さらにはより高い超伝導転移温度を持つ物質探索の指針に結びつくことが期待されます。

用語解説
[1] 鉄系高温超伝導体
2008年に東工大の細野グループにより発見された高温超伝導体。超伝導転移温度Tscは最高で55ケルビン(摂氏マイナス218度)であり、銅酸化物高温超伝導体に次いで高いTscです。典型的な磁性元素である鉄を含んでいるにも関わらず超伝導を示すことから、その磁性と超伝導の相関や超伝導の発現機構等について大変注目されています。また金属であることから、線材等応用面での利用も期待されています。

[2] 放射光科学研究施設 フォトンファクトリー アドバンストリング(PF-AR)
KEKのつくばキャンパスにある放射光源加速器の一つ。世界的にもユニークな大強度パルス放射光源であり、6.5GeV (65億電子ボルト)まで加速した電子ビームを蓄積します。ストロボのように短い時間に光る放射光により分子や結晶の変化を捉える時間分解実験や、高エネルギーX線を利用した地球科学研究など、特徴的な研究が行われています。

[3] 大型放射光施設 SPring-8
兵庫県の播磨科学公園都市にある放射光施設で、SPring-8の名前はSuper Photon ring-8GeVに由来します。SPring-8による電子の加速エネルギー(8GeV:80億電子ボルト)の場合、遠赤外から可視光線、真空紫外、軟X線を経て硬X線に至る幅広い波長域で放射光を得ることができ、 国内外の研究者の共同利用施設として、物質科学・地球科学・生命科学・環境科学・産業利用などの幅広い分野で利用されています。

[4] 核共鳴前方散乱
放射光X線を用いて試料中の特定の原子核を共鳴励起し、その後原子核から前方方向に放出されるガンマ線の強度を時間領域で観測する手法です。電子と原子核との相互作用により原子核のエネルギー準位が分裂すると、エネルギーの異なるガンマ線が干渉することで、その強度が時間と共に振動します。この変化を解析することで、鉄やユウロピウム等の電子状態を直接観測することができます。

[5] 3d電子
遷移元素である鉄などの全電子のうち、主に磁性の性質を担っている電子。

[6] 磁気秩序
物質中の鉄やコバルトなどの磁性原子が持つ磁気モーメント[7]の方向が、ランダムな状態からある秩序を持って配列する状態へと移ること。その方向の配列(磁気構造)によって、同じ方向を向く場合は強磁性と呼び、互いに反平行を向く場合は反強磁性と呼ばれます。現在では、より複雑な配列を持つ様々な磁気構造が知られています。

[7] 磁気モーメント
磁性の性質を決める量子力学上の物理量で、強さと方向を持つベクトルです。


研究グループ
○ 兵庫県立大学大学院 物質理学研究科 量子物性学研究室
 助教 池田 修悟(イケダ シュウゴ)
 教授 小林 寿夫(コバヤシ ヒサオ)
 大学院生[研究当時] 土屋 優(ツチヤ ユウ)
○ 高エネルギー加速器研究機構 物質構造科学研究所
 特別教授[研究当時] 張 小威(チャン ショウイ)
 准教授[研究当時] 亀卦川 卓美(キケガワ タクミ)
 教授 岸本 俊二(キシモト シュンジ)
○ 高輝度光科学研究センター
 主幹研究員 依田 芳卓(ヨダ ヨシタカ)
○ 日本原子力研究開発機構 システム計算科学センター
 主任研究員 中村 博樹(ナカムラ ヒロキ)
 副センター長 町田 昌彦(マチダ マサヒコ)
○ U. S. Naval Research Laboratory
 研究員[研究当時] James K. Glasbrenner (ジェームス グラスブレンナー)



研究内容に関するお問い合わせ先
 池田 修悟(イケダ シュウゴ)
 兵庫県立大学大学院物質理学研究科・量子物性学研究室・助教
 TEL: 0791-58-0144、FAX: 0791-58-0146
 E-mail: s.ikedaatsci.u-hyogo.ac.jp

機関窓口
兵庫県立大学播磨理学キャンパス・経営部・総務課 中谷、山本
 TEL: 0791-58-0101、FAX: 0791-58-0131
 E-mail: u_hyogo_harimaatofc.u-hyogo.ac.jp

高エネルギー加速器研究機構 社会連携部 広報室
 TEL: 029-879-6047
 E-mail: pressatkek.jp

(SPring-8 / SACLAに関すること)
公益財団法人高輝度光科学研究センター 利用推進部 普及情報課 
 TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786
 E-mail:kouhou@spring8.or.jp