SPring-8の強力なナノビームにより極微量な抗癌剤の腫瘍内分布を可視化 - Oxaliplatin投与後のヒト直腸癌組織における 白金分布と治療効果の関連に迫る -(プレスリリース)
- 公開日
- 2019年08月09日
- BL37XU(分光分析)
2019年8月9日
公益財団法人高輝度光科学研究センター
国立大学法人九州大学
九州大学大学院医学研究院の中村雅史教授、藤田逸人助教、木庭遼大学院生、大学院総合理工学研究院物質科学部門の西堀麻衣子准教授、高輝度光科学研究センター分光・イメージング推進室の新田清文研究員らの研究グループは、徳島大学大学院医歯薬学研究部薬学域の石田竜弘教授と共同で、SPring-8 の強力なX線を臨床医学に応用し、世界で初めて抗癌剤(Oxaliplatin)投与後のヒト大腸癌組織内における白金分布を蛍光X線マッピングにより可視化しました(図1,2)。これにより、臨床医主導の下、組織内の極微量元素の集積・分布と化学療法の治療効果や臨床病理学的因子との直接的な関連性を明らかにしました。 発表論文情報 |
背景 (研究の背景)
オキサリプラチン(L-OHP)は第三世代白金錯体系抗悪性腫瘍薬であり、大腸癌治療における主要薬剤の一つです。一方で、進行再発大腸癌に対するFOLFOX療法※1の奏効率は50%程度であり[1]、オキサリプラチンの使用により好中球減少症のほか、高頻度の末梢神経障害などの副作用を呈するため、治療継続を困難にする要因にもなっています。そのため、有効性と安全性の高い化学療法を実現するためにも、治療効果を予測・診断する手法の確立が望まれています。
内容 (研究の内容)
腫瘍組織におけるL-OHPの局所分布を明らかにすることは、薬剤の腫瘍内動態や耐性誘導メカニズムを解明する上でとても重要です。そこで研究グループでは、放射光蛍光X線 (SR-XRF) 分析に注目しました。高輝度かつ空間分解能が高いSR-XRF分析をヒトの腫瘍組織に応用し、抗腫瘍薬に含まれる白金および生体内必須金属の組織内分布を定量・可視化することを試みるとともに、化学療法の治療効果や臨床病理学的因子との関連性を検討しました。
分析対象は、2009年~2014年に九州大学病院臨床・腫瘍外科においてL-OHPを含む術前化学療法後に手術を施行した直腸癌30例(無効例 9例、部分奏功例 19例、完全奏功例 2例)としました。SR-XRF分析に際し、直腸癌の切除標本に対して細胞転写法※2[2]を用いることでスライドガラス中の微量元素や厚さに影響されることのない測定用標本を作製しました。SR-XRF分析は、大型放射光施設SPring-8※3の BL37XUにおいて14.5 keVの入射X線(ビームサイズ0.5 µm)を用いて行いました(図1)。
直腸癌切除組織に対するSR-XRF分析の結果、腫瘍組織における白金の集積濃度は2.85~11.44 ppm(検出下限濃度1.848 ppm)と求められました(図2)。腫瘍上皮では化学療法の治療効果に応じた変性部位で白金の集積濃度が有意に高く (p<0.01)、一方、腫瘍間質では治療効果の乏しい症例ほど集積濃度が高い(p<0.01)ことが明らかとなりました(図3)。さらに、多変量解析において、間質における白金集積が組織学的治療効果に対する独立した予測因子であることがわかりました(OR; 19.99, 95% CI; 2.04–196.37, p = 0.013)。また、主成分分析では、化学療法の有効例と無効例の間には銅の分布傾向に差が生じており、銅輸送体が薬剤抵抗性に寄与していることが示唆されました。
効果 (今後の展開とがん治療への期待)
本研究では、SPring-8の強力なナノビームを用いたSR-XRF分析によって初めてヒトの腫瘍組織中の微細な白金元素の分布を可視化・定量することに成功しました。本研究の結果は、腫瘍間質における白金の集積が直腸癌における治療効果と関連していることを示しており、SR-XRF分析を臨床医学と結び付けることで、白金錯体系抗腫瘍薬の治療効果予測や治療抵抗性の機序の解明が進むことが期待されます。
研究について
本研究は、JSPS科研費17K10636, 17K10637, 18K16367および九州大学QRプログラムの助成を受けたものです。
また、本研究は九州大学大学院医学研究院等倫理委員会の審査を受け許可を得て実施しました (進行大腸癌患者における白金錯体系薬剤の腫瘍組織中動態と薬理効果・毒性発現に関する検討 (許可番号:26-409))。
図1 SPring-8 BL37XUにおける実験概略図
図2 (a)直腸癌の代表的病理組織像 (b)同部位における蛍光X線分析像
図3 (a)治療効果ごとの蛍光X線分析像 (b)治療効果と腫瘍間質におけるPt濃度の
相関 (c) 治療効果に伴う細胞変性の有無と腫瘍上皮におけるPt濃度の相関
PD: progressive disease, SD: stable disease,
PR: partial response, CR: complete response
用語解説
※1:FOLFOX療法
フルオロウラシル、レボホリナートカルシウム、オキサリプラチンの3剤を併用する化学療法
※2:細胞転写法
細胞診標本や組織標本を1枚のシートとして剥離し、他のスライドガラス等へ再貼付する方法
※3:大型放射光施設SPring-8
兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す理化学研究所の施設で、利用者支援等は高輝度光科学研究センター(JASRI)が行っている。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeV(ギガ電子ボルト)に由来する。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、指向性が高く強力な電磁波のこと。SPring-8では、この放射光を用いて、ナノテクノロジーやバイオテクノロジー、産業利用まで幅広い研究が行われている。
参考文献
[1] Goldberg RM, Sargent DJ, Morton RF, et al. A randomized controlled trial of fluorouracil plus leucovorin, irinotecan, and oxaliplatin combinations in patients with previously untreated metastatic colorectal cancer. J Clin Oncol 2004; 22: 23-30.
[2] Brown GG, Tao LC. Restoration of broken cytology slides and creation of multiple slides from a single smear preparation. Acta Cytol 1992; 36: 259-263.
《問い合わせ先》 助教 藤田 逸人 (ふじた はやと) (測定に関すること) 高輝度光科学研究センター 分光・イメージング推進室 (報道に関すること) (SPring-8 / SACLAに関すること) |
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