新材料の‟温めると縮む”効果、2つのメカニズムの同時発生で高まることを発見 ―精密位置決めが必要な工程に対応―(プレスリリース)
- 公開日
- 2019年11月28日
- BL02B2(粉末結晶構造解析)
- BL09XU(核共鳴散乱)
- BL22XU(JAEA 重元素科学I)
2019年11月28日
東京工業大学
神奈川県立産業技術総合研究所
近畿大学
高輝度光科学研究センター
量子科学技術研究開発機構
九州大学
早稲田大学
【要点】
〇電荷移動と極性−非極性転移が同時に起こることで負熱膨張が増強されることを発見
〇通信や半導体分野で利用できる熱膨張しない新たな物質の開発に道
東京工業大学 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所の西久保匠大学院生、酒井雄樹特定助教(神奈川県立産業技術総合研究所常勤研究員)、東正樹教授らの研究グループは、ニッケル酸ビスマス(BiNiO3)と鉄酸ビスマス(BiFeO3)の固溶体(用語1)において、金属間電荷移動(用語2)と極性−非極性転移(用語3)という2つの異なるメカニズムが同時に起こることによって、温めると縮むという負熱膨張(用語4)が増強されることを発見した。 論文情報 |
研究グループには東工大の前林航紀、今井孝、尾形昂洋、横山景祐の大学院生4氏と沖本洋一准教授、腰原伸也教授、近畿大学の岡研吾講師、高輝度光科学研究センターの水牧仁一朗主幹研究員、量子科学技術研究開発機構の綿貫徹次長、町田晃彦上席研究員,九州大学の北條元准教授、早稲田大学の溝川貴司教授が参加した。
研究の背景
ほとんどの物質は温度が上昇すると、熱膨張によって長さや体積が増大する。光通信や半導体製造などの精密な位置決めが要求される局面では、このわずかな熱膨張が問題になる。そこで、昇温に伴って収縮する“負の熱膨張”を持つ物質により、構造材の熱膨張を補償(キャンセル)することが試みられている。
これまでに、反強磁性転移(用語5)、電荷移動、強誘電転移(用語6)などの相転移が負熱膨張の起源となることがわかってきた。しかしながら、複数のメカニズムが同時に起こることで負熱膨張を示す例はなかった。
ニッケル酸ビスマスは「Bi3+0.5Bi5+0.5Ni2+O3」という特徴的な電荷分布を持つペロブスカイト型酸化物(用語7)である。ビスマスの一部を希土類元素やアンチモン、鉛で、またはニッケルの一部を鉄で置換すると、昇温によってBi5+とNi2+の間で電荷の移動が起こるようになり、ニッケルが2価から3価に酸化される。この際、ニッケルと酸素の間の結合が収縮するため、結晶格子全体が約3%縮む。一方、代表的な強誘電体であるPbTiO3(チタン酸鉛)では、極性の構造を持つ強誘電相から非極性の常誘電相への転移に伴い、約1%体積が収縮することが知られている。最近注目を集めている強誘電体にBiFeO3(鉄酸ビスマス)がある。
研究グループはすでに、ニッケル酸ビスマスと鉄酸ビスマスの固溶体が、金属間電荷移動によって巨大な負熱膨張を示す事を発見し、2015年2月に発表した[参考文献1]。
また、ニッケル酸ビスマスとニッケル酸鉛の固溶体が組成に応じて、金属間電荷移動と極性-非極性転移のいずれかのメカニズムによって負熱膨張を示す新材料であることを発見し、2019年6月に発表した[参考文献2]。
研究成果
本研究では、[参考文献1]と同じ固溶体について、鉄置換の量を増やした場合の結晶構造と電子状態の変化をさらに詳細に解析した。ニッケル酸ビスマスと鉄酸ビスマスの固溶体「BiNi1-xFexO3」を作成し、第二高調波発生(用語8)、大型放射光施設SPring-8(用語9)のビームラインBL02B2での放射光X線回折実験(用語10)、BL22XUでの放射光X線全散乱データPDF解析(用語11)、そしてBL09XUでの硬X線光電子分光実験(用語12)を組み合わせて、解析を行った。
この解析の結果、0.05 ≤ x ≤ 0.15(xは鉄置換量)では、ビスマスとニッケル間の電荷移動による負熱膨張のみが観測された。一方、0.20 ≤ x ≤ 0.50では、PbTiO3と同様の、極性から非極性の結晶構造転移が電荷移動と同時に起こっており、そのために負熱膨張が増強されていることがわかった(図1)。
図1:BiNi1-xFexO3の負熱膨張メカニズム。0.20 ≤ x ≤ 0.50では、サイト間電荷移動と極性―非極性転移が同時に起こることにより、負の熱膨張が増強される。
BiNi1-xFexO3の鉄置換では、低温で2価が安定なニッケルを、3価が安定な鉄で置換するため、鉄置換量が増えるのに伴って、電荷移動に寄与する低温相のNi2+の量は減少する。このため、低温相から高温相へ変化する場合の体積収縮の割合は、x = 0.05で2.8%であるのに対し、x = 0.15では2.5%と減少する(図2)。この減少ペースでいくと、x = 1.0では負熱膨張による体積収縮が消失することが予測される。しかし実際には、0.20 ≤ x ≤ 0.50では極性−非極性転移が電荷移動と同時に起こるため、負熱膨張が増強され、鉄置換量が増えても体積収縮は2%と一定であった(図2)。鉄置換量を変化させても体積収縮の割合が変化しないことは、負熱膨張材料の特性が安定することを意味する。
図2:負熱膨張による体積収縮の割合。xは鉄置換量を示す。0.05 ≤ x ≤ 0.15では、電荷移動による負熱膨張が起こるが、鉄置換に伴って体積収縮の割合が減少する。一方、0.20 ≤ x ≤ 0.50では極性−非極性転移が同時に起こるため、負熱膨張が増強され、体積収縮の割合が一定になっている。
今後の展開
今回の成果では、単一の材料で、電荷移動と極性−非極性構造転移という異なるメカニズムでの負熱膨張が同時に実現し、それによって負熱膨張が増強することが確かめられた。複数のメカニズムを組み合わせることの有用性が示されたことで、今後の負熱膨張材料の設計指針構築につながると期待される。
付記
本研究の一部は、地方独立行政法人神奈川県立産業技術総合研究所・有望シーズ展開事業「次世代機能性酸化物材料プロジェクト」(リーダー・東正樹)との共同研究であり、文部科学省・科学研究費助成事業・基盤研究S「革新的負熱膨張材料を用いた熱膨張制御」(代表・東正樹東京工業大学教授)、特別推進研究「光と物質の一体的量子動力学が生み出す新しい光誘起協同現象物質開拓への挑戦」(代表・腰原伸也東京工業大学教授)の援助を受けて行った。
【用語説明】
(1)固溶体:
複数の化合物が均一に溶け合って、単相の化合物を形成した固体。
(2)電荷移動:
二つのイオンの間で電子の受け渡しが生じ、それぞれの価数が増減すること。
(3)極性−非極性転移:
陽イオンと負イオンの重心がずれるため生じる電荷の偏りである電気分極を持つ結晶構造(極性構造)から、電気分極のない結晶構造への転移。
(4)負熱膨張:
通常、物質は温めると体積や長さが増大する。これを正の熱膨張という。しかし、一部の物質は、温めることで可逆的に収縮する負熱膨張の性質を持っており、これはゼロ熱膨張材料を開発するうえで重要となる。
(5)反強磁性転移:
磁気モーメントを互いに打ち消すように、イオンが持つ小さな磁石であるスピンが揃うこと。
(6)強誘電転移:
誘電体(絶縁体)の一種で、外部電場がなくとも電気分極の方向が揃っており、外部電場によってその方向が変化する強誘電体と、電気分極を持たない常誘電体の間の転移
(7)ペロブスカイト型酸化物:
一般式ABO3で表される元素組成を持った金属酸化物の代表的な結晶構造。
(8)第二高調波発生:
極性の結晶構造を持つ物質にある波長の光を入射すると、半分の波長の光が放出されること。
(9)大型放射光施設SPring-8:
兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す理化学研究所の施設で、利用者支援等は高輝度光科学研究センター(JASRI)が行っている。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeV(ギガ電子ボルト)に由来する。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、指向性が高く強力な電磁波のこと。SPring-8では、この放射光を用いて、ナノテクノロジーやバイオテクノロジー、産業利用まで幅広い研究が行われている。
(10)放射光X線回折実験:
物質の構造を調べる方法。放射光X線を試料に照射し、回折強度を調べることで結晶構造(原子の並び方や原子間の距離)を決定する。
(11)放射光X線全散乱データPDF解析:
乱雑に配列した原子の並び方を解明する方法。上記X線回折に加えて、乱雑に配列した原子によって広く散乱されるX線強度までを併せて解析する。
(12)硬X線光電子分光:
4keV以上の高いエネルギーを持つX線である、硬X線を物質に入射し、そこから放出される光電子の個数とエネルギーの関係を調べることにより、物質内部の電子構造を調べる実験的手法。従来の真空紫外光や軟X線を用いた光電子分光は表面近傍の情報しか得られなかったが、硬X線で励起することにより、固体内部の電子構造を調べることが可能になった。
【参考文献】
(1) 「温めると縮む」新材料を発見
(東京工業大学プレスリリース:2015年2月23日付け)https://www.titech.ac.jp/news/2015/029988.html
(2) 2つの起源で“温めると縮む”新材料を発見
(東京工業大学プレスリリース:2019年6月14日付け)https://www.titech.ac.jp/news/2019/044505.html
【問い合わせ先】 神奈川県立産業技術総合研究所 近畿大学 理工学部 応用化学科 講師 高輝度光科学研究センター 主幹研究員 量子科学技術研究開発機構 九州大学 大学院総合理工学研究院 准教授 早稲田大学 理工学術院 先進理工学部 教授 【取材申し込み先】 近畿大学 総務部広報室 担当:加藤、小林 量子科学技術研究開発機構 九州大学広報室 早稲田大学広報室広報課 <有望シーズ展開事業に関すること> (SPring-8 / SACLAに関すること) |
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