隕石衝突後の環境激変の証拠を発見 〜白亜紀最末期の生物大量絶滅は大規模酸性雨により引き起こされた?〜(プレスリリース)
- 公開日
- 2020年02月14日
- BL37XU(分光分析)
2020年2月14日
国立大学法人筑波大学
国立大学法人高知大学
国立大学法人京都大学
国立研究開発法人海洋研究開発機構
国立研究開発法人日本原子力研究開発機構
国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構
公益財団法人高輝度光科学研究センター
研究成果のポイント
- 大型放射光施設SPring-8の放射光を用いた微量元素マッピングを用い、約6600万年前の白亜紀-古第三紀(K-Pg)境界層に、銀・銅に富む微粒子が含まれていることを世界で初めて明らかにしました。
- これらの微粒子の存在は、この時代に大規模な酸性雨が降ったことを示しています。
- K-Pg境界における恐竜を含む生物の大量絶滅は、巨大隕石の衝突に伴う環境の激変(太陽光遮断、温暖化、酸性雨など)が引き金となっています。しかしながら、どのような激変が実際に起こったのかは、これまで不明でした。
国立大学法人筑波大学 生命環境系 丸岡 照幸 准教授、国立大学法人高知大学 農林海洋科学部 西尾 嘉朗 准教授、国立大学法人京都大学 大学院人間・環境学研究科 小木曽 哲 教授、国立研究開発法人海洋研究開発機構 海底資源センター 鈴木 勝彦 センター長、国立研究開発法人日本原子力研究開発機構 大澤 崇人 研究主幹、国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構 初川 雄一 専門業務員、公益財団法人高輝度光科学研究センター 寺田 靖子 主幹研究員からなる研究チームは、白亜紀―古第三紀(K-Pg)境界層試料について、放射光を利用した蛍光X線微量元素マッピング分析、中性子放射化分析、質量分析計全岩元素分析を行い、隕石衝突直後の地球環境変動のうち、大規模な酸性雨が実際に発生していた証拠を発見しました。 本研究成果は2020年2月5日付「Geological Society of America Bulletin」でオンライン公開されました。 掲載論文 |
研究の背景
地球に生命が誕生してから現在に至るまでの間には、短期間に多くの生物種が絶滅する事件が、繰り返し起きています。このような生物大量絶滅の中でも、特に規模の大きな5つの事件はビッグファイブと呼ばれています。ビッグファイブの最後の一つが起きた白亜紀-古第三紀(K-Pg)境界(約6600万年前)では、恐竜やアンモナイトを含む70%程度の生物種が絶滅しました。このK-Pg境界の生物大量絶滅は、メキシコのユカタン半島に直径約10kmの巨大隕石が衝突したことが引き金となっています。巨大隕石の落下直後には、(1) 太陽光遮断、(2) 酸性雨、(3) 温暖化、(4) 紫外線透過といった環境変動が起きたのではないかと言われています参考文献)。しかし、これらの環境変動のうちどれが実際に起こり、どれが最も生物相に影響を与えたのか定かではありませんでした。それは、これらの現象は極めて短時間で起こる事象であり、地層中にその様子が記録されることは難しいと考えられてきたためです。
巨大隕石衝突仮説は、K-Pg境界層に、イリジウムをはじめとする金属鉄に取り込まれやすい元素(親鉄元素注2)が高濃度に存在することをもとに提案されました。親鉄元素は、地球の表面付近にある岩石にはほとんど含まれていませんが、隕石には多く含まれています。従って、K-Pg境界層に高濃度で存在する親鉄元素は、隕石由来の物質が地表に広くばらまかれたことを意味しています。
一方、K-Pg境界層には親鉄元素だけでなく、銅、亜鉛、銀、鉛といった硫化鉱物に取り込まれやすい元素(親銅元素注3)も高濃度に含まれています。しかし、K-Pg境界層の親銅元素は、隕石由来物質中に比べて1-2桁程度も高濃度であり、K-Pg境界層の親銅元素の濃集には落下隕石以外にも原因があるはずです。そこで本研究では、K-Pg境界層の親銅元素に着目し、生物大量絶滅を引き起こした環境激変の詳細を明らかにすることを試みました。
研究内容と成果
本研究では、イリジウムをはじめとする親鉄元素が高濃度で含まれる、デンマーク王国にある海岸沿いの断崖Stevns Klintに露出するK-Pg境界層の試料に対して、大型放射光施設SPring-8における放射光を利用したマイクロメートルスケールでの微量元素マッピング分析を行いました。その結果、K-Pg境界層には、銀・銅に富む微粒子が、それぞれ独立に存在することが明らかとなりました(図1)。
銀や銅は黄鉄鉱(FeS2)などの硫化鉱物に取り込まれやすい親銅元素であり、K-Pg境界層でも、これらの親銅元素は黄鉄鉱粒子に含まれています。一方で、黄鉄鉱とは別個に粒子を形成している銀や銅は、酸に溶けやすい元素であることから、これらの粒子の存在は、大規模酸性雨によって大陸から溶け出した銀や銅が大量に海洋に流れ込んだことを意味しています。さらに、Stevns KlintのK-Pg境界層においては、銀や銅の濃度がイリジウム濃度と高い相関関係を持つことから、銀や銅の濃集は、イリジウムの濃集(隕石衝突)と同時期だったことが分かりました。衝突によって地表にばらまかれた隕石由来のイリジウムは、ほとんどは固体微粒子に存在しているため、海洋底に沈降して堆積物に取り込まれることにより、比較的短期間に海洋から除去されたはずです。同様に、隕石衝突により、地表や破砕岩石から放出された三酸化硫黄や一酸化窒素が、隕石衝突後の短時間で大規模酸性雨をもたらしたと考えられ、これにより、銀や銅が海洋に大量供給され、その環境激変が生物大量絶滅を招いた可能性が示されました(図2)。
今後の展開
Stevns Klint以外のK-Pg境界層試料にも、本研究で適用した化学分析を行うことで、K-Pg境界で発生した酸性雨の規模や継続時間を定量的に明らかにすることができます。加えて、K-Pg境界以外で起こった生物大量絶滅にも親銅元素の異常濃縮が見出されており、これらの大量絶滅と巨大隕石衝突との関連についての議論が進むことが期待されます。酸性雨は巨大隕石衝突でのみ起こるわけではなく、大規模火山活動、さらに、人類の排出する大気汚染物質からも生じます。本研究と同様の手法を用いて、これらの事象の証拠を地層中に見出すことは、そのような現象の影響評価をするための基礎的知見を得ることにもつながります。
図1:放射光を利用した蛍光X線イメージング
(A), (B)鉄(Fe)・銅(Cu)・銀(Ag)の広範囲のマッピング、(A), (B)における粒子C, Dを、それぞれ(C), (D)に示した。
白色の正方形は黄鉄鉱(FeS2)粒子の位置を示した。ここにも銀・銅は含まれているが、黄鉄鉱粒子のないところにも銀(黄枠)・銅(赤枠)が存在している。
画面中の最大のビーム強度を100%として色分けして表示している。
図2:本研究で明らかとなった、K-Pg境界における巨大隕石落下直後の大規模酸性雨と銀・銅に富む粒子の生成の仕組み
巨大隕石が衝突した地層は石灰岩・蒸発岩から構成されるが、衝突による加熱によりCO2や三酸化硫黄SO3が放出される。SO3は硫酸H2SO4となり、硫酸エアロゾル(微粒子)を形成する。硫酸エアロゾルは雨水に溶解して硫酸酸性雨となる。隕石衝突によりクレーターから放り出された破砕岩片は再び地上に向けて落下し始める。岩片直下の空気は断熱圧縮という現象により加熱され、そこで一酸化窒素(NO)が形成される。NOはNO2を経てHNO3へ達し、硝酸エアロゾルを経て、硝酸酸性雨となり地上に到達する。
これらの酸で溶かし出された銀(Ag)や銅(Cu)は河川を通じて海洋に達し、そこで銀・銅に富む粒子が形成される。イリジウムなどの隕石に起因する成分は、衝突による加熱により気化するが冷却されて固体凝縮物を形成する。これらも海洋底に達し、堆積物に取り込まれる。
用語解説
注1)大型放射光施設SPring-8
兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す国立研究開発法人理化学研究所の施設で、利用者支援等は公益財団法人高輝度光科学研究センター(JASRI)が行っている。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeV(ギガ電子ボルト)に由来する。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、指向性が高く強力な電磁波のこと。SPring-8では、この放射光を用いて、ナノテクノロジーやバイオテクノロジー、産業利用まで幅広い研究が行われている。
注2)親鉄元素
地球化学的な元素分類の一つで、鉄で代表される、金属鉄に溶解しやすい元素群を指す。イリジウムを含む白金族元素、クロム、ニッケル、コバルトなどが含まれる。
注3)親銅元素
地球化学的な元素分類の一つで、銅で代表される、硫化鉱物を形成しやすい元素群を指す。
参考文献
Maruoka T., 2019, Mass extinction at the Cretaceous-Paleogene (K-Pg) boundary, in Yamagishi A., Kakegawa T., Usui T., eds., Astrobiology: From the Origins of Life to the Search for Extraterrestrial Intelligence: Springer, p.303-320.
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