コヒーレント回折イメージングがワンショットで可能に -三角形でエッジの鋭い開口が鍵-(プレスリリース)
- 公開日
- 2021年05月12日
- BL29XU(理研 物理科学I)
2021年5月12日
理化学研究所
東北大学
理化学研究所(理研)放射光科学研究センター理研RSC-リガク連携センターイメージングシステム開発チームの姜正敏客員研究員(東北大学国際放射光イノベーション・スマート研究センター助教)、高澤駿太郎研修生(東北大学大学院工学研究科博士前期課程)、高橋幸生チームリーダー(同センター、兼多元物質科学研究所教授)らの共同研究チーム※は、1枚の回折強度パターンから広がった試料の実空間像を再構成できるコヒーレント回折イメージング法(CDI)[1] (シングルフレームCDI)を提案・実証しました。 【論文情報】 |
三角形開口を用いたシングルフレームコヒーレントX線回折イメージングの概念図
※共同研究チーム
理化学研究所 放射光科学研究センター | ||||
理研RSC-リガク連携センター イメージングシステム開発チーム | ||||
客員研究員 | 姜 正敏 | (カン・ジョンミン) | ||
(東北大学 国際放射光イノベーション・スマート研究センター 助教) | ||||
研修生 | 高澤 駿太郎 | (たかざわ しゅんたろう) | ||
(東北大学大学院 工学研究科 博士前期課程) | ||||
研修生 | 阿部 真樹 | (あべ まさき) | ||
(東北大学大学院 工学研究科 博士前期課程) | ||||
研修生 | 上松 英司 | (うえまつ ひでし) | ||
(東北大学大学院 工学研究科 博士前期課程) | ||||
客員研究員 | 石黒 志 | (いしぐろ のぞむ) | ||
(東北大学 国際放射光イノベーション・スマート研究センター 助教) | ||||
チームリーダー | 高橋 幸生 | (たかはし ゆきお) | ||
(東北大学 国際放射光イノベーション・スマート研究センター 教授) |
背景
コヒーレント回折イメージング法(CDI)は、レンズの開口数[4]や作製精度に制限されずに観察対象のナノ構造を可視化できる有力な顕微法の一つです。CDIは平面波照明CDIと走査型CDI(通称タイコグラフィ)に分類できます。
平面波照明CDIは、照明領域より小さな孤立物体だけを観察できます。一方、走査型CDIは照明領域よりも広がった物体を観察できますが、試料を走査しながら複数回ごとの回折強度パターンを収集する必要があることから、時間分解能が低いことが弱点でした。そのため、広がった物体の再構成像を1枚の回折強度パターンから取得できる「シングルフレームCDI」の開発が求められていました。
研究手法と成果
共同研究チームは光を切り出す開口の形に着目し、計算機シミュレーションによりさまざまな開口の形状を調べました。その結果、三角形開口を用いると、四角形や円形の開口よりも高画質で、シングルフレームCDIの試料像を再構成できることを発見しました(図1上段)。ただし、三角形開口の場合に像再生が上手くいく理由についてはまだ十分に理解できていません。しかし、五角形や七角形でも上手くいくことから非点対称な形状であることが重要であり、開口のエッジが鋭いほど再構成像の空間分解能が向上することが分かりました(図1下段)。
図1 三角形開口を用いたシングルフレームCDIの計算機シミュレーションの結果
上段:左は、シングルフレームCDIの開口から検出器までの模式図。右は、三角形、四角形、円形開口による照射関数(上)と、再構成された試料の位相像(下)。三角形開口が最も高画質なことが分かる。
下段:三角形開口のエッジ鋭さ20nm(左)、60nm(中)、100nm(右)における試料の位相像。開口のエッジが鋭いほど、再構成像の空間分解能が向上した。
本手法の像再構成計算[5]は従来法とは異なり、「実空間拘束」が不要になることも重要な特長です。これまで、ビームより広がった物体をワンショットで観察するCDIでは、照明領域と非照明領域の境界がはっきりした照明(トップハット型照明)が必要とされ、像再構成計算では、非照明領域の情報を再構成計算の中で拘束条件として使う必要がありました。本手法では、このような拘束条件を使わなくても、試料像を再構成できます。
大型放射光施設「SPring-8」の理研ビームラインBL29XULにおいて、三角形開口を導入した実証実験を行いました(図2上)。ここでは、X線領域でレンズの役目をするフレネルゾーンプレート[6](FZP)という回折格子を導入することで、装置の全長を短くし、ビームラインの長さの制約を解消しました。1枚当たり10秒露光のシングルフレームCDIによる再構成像は、同じ露光時間のタイコグラフィと比較して照明領域については同等の像質であり(図2下)、空間分解能は17ナノメートル(nm、1nmは10億分の1メートル)でした。このことから、シングルフレームCDIの空間分解能がFZPのレンズとしての空間分解能(50 nm)によって制限されないことを確認しました。
図2 シングルフレームCDI計測の配置とその再構成像およびタイコグラフィとの比較
上段:左は、作製した三角形開口の走査イオン顕微鏡像。右は、三角形開口とフレネルゾーンプレート(FZP)を導入したシングルフレームCDIの概念図。
下段:左は、10秒露光のタイコグラフィによる再構成像。右は、10秒露光のシングルフレームCDIによる再構成像。二つの手法による画質が同等であることが分かる。
また、露光時間を10秒から10ミリ秒まで短くした結果、100ミリ秒まではFZPの空間分解能を超える50 nm以下の空間分解能を維持できました(図3)。これにより、時間分解能も良いことも分かりました。
図3 シングルフレームCDIの再構成像と空間分解能の露光時間依存性
上段は、露光10ミリ秒、100ミリ秒、1秒、10秒におけるシングルフレームCDI再構成像。下段は、露光時間ごとの空間分解能の両対数プロット。露光10秒以下100ミリ秒までは、50nm以下の空間分解能を維持していることが分かる。
今後の期待
今後、本手法は動的試料のイメージングへの展開が期待されます。例えば、複雑な時空間階層構造を持つソフトマテリアルの運動の解析に使用できます。放射光施設では、X線光子相関分光[7] によりソフトマテリアルのダイナミクスに関する研究が行われています。本手法は、X線光子相関分光法の時空間スケールの一部をカバーするため、二つの手法を連携することで、ソフトマテリアルの運動をより詳しく解析することが可能になると期待できます。
現状、本手法は入射X線強度ならびにX線画像検出器の性能によって、その時空間分解能が制限されています。今後、次世代放射光施設の登場や次世代の画像検出器の開発により、時空間分解能がさらに向上すると考えられます。
補足説明
[1] コヒーレント回折イメージング法(CDI)
回折強度パターンに位相回復計算を実行し、試料像を取得するイメージング法。重要な特長として、X線領域において光学素子の性能に制限されない高い空間分解能を有する。CDIはcoherent diffraction imagingの略。
[2] タイコグラフィ
コヒーレントX線回折イメージング手法の一つ。X線照射領域が重なるように試料を二次元的に走査し、各走査点からのコヒーレント回折パターンを測定する。そして、回折パターンに位相回復計算を実行し、試料像を再構成する手法。
[3] 大型放射光施設「SPring-8」
兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す理化学研究所の施設で、その利用者支援は高輝度光科学研究センターが行っている。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げたときに発生する強力な電磁波のこと。SPring-8では、遠赤外から可視光線、軟X線を経て硬X線に至る幅広い波長域で放射光を得ることができるため、原子核の研究からナノテクノロジー、バイオテクノロジー、産業利用や科学捜査まで幅広い研究が行われている。
[4] 開口数
対物レンズが光を集められる範囲を示す仕様値の一つ。開口数が大きいほど広範囲の光を集めることができるため、分解能も向上することになる。
[5] 像再構成計算
位相回復計算。光の強度情報から光の位相情報を回復する計算。反復法が用いられることが多い。
[6] フレネルゾーンプレート
透明、不透明な同心円の格子が交互に並び、外側の格子ほど間隔を狭くすることで、外側に入射した光ほど大きく曲げることができる透過型不等間隔回折格子。X線領域において「レンズ」の役割を果たす光学素子。
[7] X線光子相関分光
コヒーレントX線を無秩序系の試料に入射し、観察されるスペックルパターンの時間変動から系のダイナミクスを測定する手法。
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