Topic 19 超伝導発現と格子振動 · 電子励起との相関
室温超伝導体開発を夢見て‐Back to the Basic
超伝導とは伝導体の電気抵抗がゼロになる現象だ。研究者の誰もが夢見る室温超伝導体の開発に成功すれば、一大エネルギー革命の時代が到来する。超伝導送電システムを用いれば送電ロスのほとんどない電力ネットワークの構築が可能だし、超伝導リングに電流そのものを蓄積保存することもできる。超伝導素子利用のスパコンなら消費電力は激減するし、発熱が防げるから小型化も進む。超高速・省エネルギー型リニアモーターカーの登場も期待される。そのため、SPring-8では、放射光による超伝導の基礎研究が進んでいる。超伝導発現のメカニズムにはなお謎が多いのだが、その解明にSPring-8が果たしている役割は大きい。
X線非弾性散乱法により超伝導発現の謎に挑む
超伝導とは、本来反発し合う電子どうしが引き合いペア化する結果、電気抵抗がゼロとなる特異現象のことである。1986年に発見された銅酸化物高温超伝導体の電子ペア化のメカニズムは未解明だが、それについては、超伝導体を構成する原子間の格子振動が主因だとするBCS理論、秩序化したスピンや電荷の励起運動(揺らぎ)が要因だとする説、それら両者が絡み合っているとする説などがある。今のところ、もっとも高温で超伝導体になる銅酸化物の場合でも超伝導移転温度(以下Tcと表記)は150 K (-123℃)程度ときわめて低い。そのため当面の室温超伝導体開発アプローチとしては、まず超伝導発現メカニズムを解明し、その結果から設計指針を得てTcの高い素材合成を目指すのが最善だと考えられている。
そんな中、超伝導体の格子振動や電荷励起の様態解明のため貢献したのが、数ミリ電子ボルトという世界最高のエネルギー分解能を誇るSPring-8高分解能非弾性散乱ビームラインBL35XUと、それによるX線非弾性散乱実験だった。X線非弾性散乱実験とは、試料物質に入射するX線のエネルギーと試料から散乱されるX線エネルギーとのごく微小な差を測定し、物質内に存在する原子や電子の励起状態を観測する実験で、高輝度X線光源が必要となる。
検証された格子振動と超伝導発現の相関性
理化学研究所のアルフレッド・Q・R・バロン准主任研究員や内山裕士研究員らは、自ら開発に関与したX線非弾性散乱法によって新高温超伝導体のMgB2の格子振動の分散関係(振動の方向・その運動量・振動エネルギーの3要素間の関係)を解析し、MgB2は従来型の超伝導体であり、その格子振動が超伝導発現に深く関係していることを突きとめた。また、銅酸化物高温超伝導体HgBa2CuO4+δの格子振動を測定し、その格子振動のエネルギーのソフト化(低下現象)を観測した。これらの成果は2004年の米物理学会速報誌『Physical Review Letters』誌に掲載された。
一方、日本原子力研究開発機構量子ビーム応用研究部門の水木純一郎副部門長、M.Hoesh、福田竜生、石井賢司、脇本秀一各研究員らのグループも高分解非弾性散乱ビームラインBL35XUによる超伝導メカニズムの解明を進めてきた。グループの福田研究員らは、新発見の高温超伝導体である鉄砒素化合物(LaFeAsO1-xFx及びPrFeAsO1-y)の解析実験を行い、鉄原子と砒素原子の動きを伴う格子振動のエネルギーが理論予測値よりもソフト化(低下)しているのを発見。その概要は2008年に日本物理学会学術雑誌『Journal of the Physical Society of Japan』に掲載された。
水木グループの研究では、宝飾品のダイヤモンドも重要な役割を果たした。意外なことだが、良質な絶縁体であるダイヤモンドは高濃度のホウ素をドープ(注入)すると超伝導体に変わる。2004年、ロシアの研究者によってこの事実が発見されると、ホウ素ドープダイヤは超伝導のメカニズム解明とTcを上げるための研究素材として注目されるようになった。この超伝導ダイヤモンドの格子振動をX線非弾性散乱法で調べるには、実験に適した単結晶試料が必要だったが、早稲田大学の川原田洋教授らが気相合成法(水素やメタンからダイヤを合成する手法)を用い、厚さ100μmの理想的な単結晶試料作成に成功し、物質材料研究機構の高野グループによりそのTcが4.2 Kであることも確認された。
格子振動には、結晶中の原子が相互に近づいたり遠ざかったりする振動モード、専門的には「縦波光学格子振動(LO-モード)」と呼ばれるモードがある(図1)。研究チームは、超伝導ダイヤモンドと非超伝導ダイヤモンドのLO-モードを比較検証し、超伝導ダイヤモンドのLO-モードエネルギーが異常にソフト化していることを発見し、この格子振動が電子ペアに重要な働きをしてることを突き止めた。これら一連の研究成果は米物理学会誌『Physical Review』の2007年版に掲載された。
他の高温超伝導体からの格子振動研究も進展した。超伝導物質であるランタン・ストロンチウム銅酸化物(La2-xSrxCuO4)のSr(ストロンチウム)濃度(X)とTcとの関係を示すグラフは、X=0.15付近で最大値をとる。この物質はX<0.04なら絶縁体で、0.04≦X≦0.3の範囲なら超伝導体(X値が増すとTcは漸増しピークを過ぎると漸減する)、0.3<Xになると超伝導性を失う。そこで東北大学金属材料研究所の山田和芳教授は、一端から他端にかけてSr濃度が一定割合で漸増する特殊な棒状La2-xSrxCuO4単結晶を精製した。
水木副部門長が、「この試料ひとつを用いるだけで格子振動のSr濃度依存度が系統的に調べられるようになり、実験誤差も少なくなりました」と語るように、以後、研究は加速した。実験の結果、格子振動のソフト化はSr濃度の増加に比例する(グラフは直線)との予測とは異なって予想以上にソフト化が進み、しかも「Sr濃度とソフト化度の関係」と「Sr濃度と超伝導移転温度の関係」を表す両曲線の増減様態に明白な相関性のあることが立証された(図2)。銅と酸素間の縦波伸縮格子振動モードが超伝導発現のメカニズムと密接な関係にあることを示すこの研究は、『Physical Review』誌の2005年版に掲載された。
(a)はダイヤモンド結晶構造、(b)はLO-モードの様子を表す3次元図、(c)はそれを上から見た平面図。立方体の頂点にある8個の原子および立方体各面の中央に位置する6個の原子と、それ以外の原子とは逆方向に動いている。この振動エネルギーが異常に弱まるのを格子振動のソフト化という。
格子振動のソフト化(振動エネルギーの減少度)の大きさとSr濃度との関係を示すグラフ(A:青)と超伝導移転温度(Tc)とSr 濃度との関係を示すグラフ(B:紫)。Aの増加・減少につれてBも増加・減少していることがわかる。また、Aは予想された比例グラフ(C:緑)にはなっていない。
電子励起の面からも進むメカニズム解明
また石井賢司研究員らは、JAEA量子ダイナミクスビームラインBL11XUで共鳴非弾性X線散乱実験を行い、銅酸化物超伝導物質YBa2Cu3O7-δやNd2-xCexCuO4の電子励起状態の直接観測に成功、電子どうしが強く相互作用しながら電荷を運ぶ異常金属状態が超伝導の一要因であり、その実験データが東北大学グループの電子相関理論に基づく計算値と一致することを確認した。さらに脇本秀一研究員らも共鳴非弾性X線散乱法により、銅酸化物高温超伝導体やその関連物質のニッケル酸化物中で強い相互作用をもつ電子群が集団励起する現象を世界で初めて観測した(図3)。2005年と2009年の『Physical Review Letters』にその研究成果が3報も掲載された。「それら特異な電子の実体や電子ペア化メカニズムの完全解明はまだですが、いずれ室温超伝導体開発への道が開けるものと期待しています」と水木副部門長はその抱負を語っている。
縞状に整列した電子の周期構造に対応する運動量変化で測定した共鳴非弾性X線散乱スペクトル(青のデータ)と電子の周期構造と無関係な運動量変化で測定した共鳴非弾性X線散乱スペクトル(赤のデータ)の比較。電子の周期構造に対応する運動量で測定したデータに電子の集団励起に起因するシグナルが観測された。