大型放射光施設 SPring-8

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SPring-8で解き明かす生物大量絶滅の謎 地層が記憶する6600万年前の環境

研究成果 · トピックス

SPring-8で解き明かす生物大量絶滅の謎 地層が記憶する6600万年前の環境

 地球は長い歴史の中で大きな環境変動を幾度も起こしてきました。変動後の環境に適応した生物は繁栄し、できなかった生物は滅びます。同時期に多くの生物種が絶滅することを、生物の大量絶滅といいます。大型生物が登場した約5億4000万年前から現在にかけて、特に大規模な5回の大量絶滅をビッグファイブと呼びます。ビッグファイブの5回目、今から約6600万年前の白亜紀―古第三紀(K-Pg)境界では、恐竜やアンモナイトを含む70%程度の生物種が絶滅しました。
 筑波大学の丸岡照幸准教授は、地層に含まれる微量な元素を分析することで、過去にどのような環境変動が起こったのかを研究しています。今回、丸岡さんたちの研究グループはSPring-8の放射光を用いてK-Pg境界の地層を分析し、大規模な酸性雨が隕石落下直後に降ったことを示唆する確かな証拠を初めて見つけました。恐竜絶滅の鍵を握るその成果は、2020年2月に学術誌『GeologicalSociety of America Bulletin』のウェブサイトに掲載されました(1)

宇宙から飛来した隕石の元素が物語ること

 デンマークのシェラン島の海岸沿いにStevns Klintという名前の断崖があります。この断崖は6600万年前には海の底にありましたが、隆起などにより陸上に現れ、波に浸食されることで地層が見えるようになりました。特に、K-Pg境界層がよく露出していることで、地質学的に有名な場所です。写真の矢印で示した1〜2 cmの粘土の層がK-Pg境界です。丸岡さんたちは、このStevns Klintから採取した試料を用いて研究を行いました。
 K-Pg境界における生物大量絶滅の要因は、メキシコのユカタン半島に直径約10 kmの巨大隕石が衝突したことです。巨大な隕石衝突による天変地異が生物大量絶滅の引き金となったという仮説は、1970年代から提唱されてきましたが、確かな証拠がなかったため研究者たちの間で本気で議論されていませんでした。ところが、1980年に発表された物理学者のルイ・アルバレツとその息子であり地質学者のウォルター・アルバレツの発見をきっかけに、研究が精力的に進められるようになったのです。
 「アルバレツたちはK-Pg境界層のイリジウムという元素の濃度を測定し、ほかの地層に比べて異常に濃縮していることを発見しました。イリジウムは地表にはほとんど存在していない元素ですから、K-Pg境界層のイリジウムは隕石からもたらされたといえます。その後、激しい議論の応酬がありましたが、ほかの証拠や隕石が落下したときに生じたクレーターも見つかり、現在では巨大な隕石が衝突したことは間違いないだろうと考えられています」 と、丸岡さんは語ります。

図1

図1 デンマークにあるStevns Klint
(高知大学・西尾嘉朗准教授により撮影を改編。矢印の部分がK-Pg境界層)

 巨大隕石落下直後に起きたと考えられている現象には、太陽光遮断、酸性雨、温暖化、紫外線透過といった環境変動があります(2)。しかし、これらは短時間で起こったため、地層から様子を知ることは難しく、実際にどれが生物絶滅に影響を与えたのかは明らかになっていません。丸岡さんは、大量絶滅の謎を解くために、K-Pg境界層のイリジウムを詳しく調べようと試みました。
 「K-Pg境界層にイリジウムが存在していることはわかっていますが、どこにどういう形で存在しているのかは知られていません。粒子として存在しているのか、また、粒子だとしたら偏って存在してるのか全面的に散らばっているのかという情報がわかれば、当時の環境をさらに詳しく知ることができます。もし、イリジウムが別の元素と結合していれば、その組成や同位体比を解析することで隕石衝突直後の環境変動を見出せます」
 しかし、その計画は失敗しました。K-Pg境界層のイリジウムの絶対量が少なく、濃度は測定できてもどの辺りにどのような形で存在しているかという詳しいデータは得られなかったからです。そこで、丸岡さんらはいったんイリジウムから、ほかの元素に測定対象を変更しました。
 K-Pg境界層にはイリジウムのような隕石に由来する元素だけでなく、亜鉛(Zn)、ヒ素(As)、ガリウム(Ga)、銅(Cu)、銀(Ag)、鉛(Pb)といった硫化鉱物に取り込まれやすい元素が高濃度に含まれています。丸岡さんたちが調べたところ、試料中のこれらの濃度にはばらつきがありました。このばらつきに意味があると考えた丸岡さんらは、より詳しく分析するために、これらの元素を取り込みやすい硫化鉱物の主要成分である鉄との関係を調べました。
 その結果を表しているのが図2(A)のグラフです。鉄の濃度変化にともなって濃度が増減する(相関が高い)元素は直線状に点が並び、相関の程度を表す相関係数rは1に近い値を取ります(銅、銀、鉛のrは大きく外れた値を含めず計算しています)。このグラフから、亜鉛、ヒ素、ガリウムの濃度は鉄の濃度と相関が高く、銅、銀、鉛は相関が高い成分(図2(A)の黒丸)と、相関を持たない成分(図2(A)の白丸)があることがわかりました。
 さらに、銅や銀について、微量元素マッピング分析を行いました。微量元素マッピング分析は、試料に含まれている元素の種類だけでなく、場所ごとの量を高い空間分解能で測定できる実験手法です。方法としては、まず試料にX線を照射します。X線に当たった元素は一時的にエネルギーの高い状態(励起状態)になりますが、元の状態に戻るときに、特有の蛍光X線を放出します。この蛍光X線を解析することで、試料の中のどこにどのくらいの量でどのような元素が含まれているかを知ることができます。
 丸岡さんらはSPring-8のビームラインBL37XUを使用して微量元素マッピング分析を行いました。SPring-8なら、より強いX線を照射できるため、通常のX線では解析できない厚みの試料を分析することができます。試料が厚いほど、元素が多く含まれている可能性が高く、研究に有利なのです。

図2

図2 試料中の元素と鉄の濃度の相関(A)とイリジウムの濃度の相関(B)

図3

図3 微量元素マッピング分析

 分析の結果、図3のようなマッピングを得ることができました。この実験からも、銅や銀はやはり、鉄と同じ位置に存在している成分(白い四角)と、鉄とは独立して存在する成分(銅粒子:赤い四角、銀粒子:黄色の四角)があることがわかります。
 このような傾向の違う2つの成分を、丸岡さんは次のように解釈しました。
 「鉄と同じ位置にある成分は海洋の堆積物としてもともと存在していた黄鉄鉱に由来していると考えられます。銅や銀は黄鉄鉱のような硫化鉱物に取り込まれやすいため、黄鉄鉱粒子に鉄と一緒に含まれているのです。一方、鉄と別個に粒子を形成している銅や銀は、ヒ素、ガリウムなどより酸に溶けやすい元素です。銀・銅のうちの鉄と独立した成分は、大規模酸性雨によって大陸から溶け出して海洋に流れこんだ可能性が高いと考えられます」

大規模な酸性雨はいつ降ったのか

 では、そのような大規模な酸性雨はいつ降ったのでしょうか。巨大隕石衝突によって酸性雨が降るメカニズムについては、隕石衝突によって地層に堆積していた硫黄が二酸化硫黄(亜硫酸ガス:SO2)または三酸化硫黄(無水硫酸:SO3)として空気中に放出され、硫酸となると考えられています。しかし、大規模な火山活動によっても硫酸酸性雨は生じますので、酸性雨の存在を示しただけでは隕石衝突との直接の関係はわかりません。 丸岡さんたちは、イリジウムの濃度について詳しく調べ、銅や銀の濃度と相関が高いことを発見しました(図2(B))。イリジウムは隕石からもたらされる元素です。しかし、時間が経つと海底に沈んで海水中からはなくなります。イリジウムと銅や銀が同じK-Pg境界層に含まれているということは、これらの元素が同時期に海水中に存在したということで、隕石衝突直後に酸性雨が降って銅や銀が海に流れ込んだことを意味します。
 このような酸性雨は、生物活動にどれほどの被害を与えたのでしょうか。酸性雨の被害を見積もるときには「クリティカルロード(臨界負荷量)」 という値を用います。池や湖などにクリティカルロードを越える硫酸酸性雨が降り注いだ場合、水の化学組成が戻ったあとも、そこに住んでいた様々な生物たちは元の状態には戻りません。K-Pg境界層が示す期間に降った硫酸酸性雨量は、このクリティカルロードよりも2桁高い数値だと見積もられています。どれだけ有害な雨だったかが容易に想像できます。
 「酸性雨によって大量絶滅が起こったことを否定する研究者もいます。なぜなら、魚類や両生類のような、酸性雨によって最も影響を受けそうな淡水の生物が絶滅していないからです。しかし、隕石衝突によって形成されたカルシウムに富む微粒子が淡水中に豊富に存在していれば酸を中和します。これについて、酸性雨が降っても淡水生物の生存が可能であることを定量的に評価し、2003年に論文で発表しました」
 隕石衝突後は複数の現象が起こり、どれが決定的だったかはまだわかりませんが、少なくともこれだけの濃度の酸性雨が大量に降れば、陸上の生物や食性に致命的な影響を与えたことは確かです。丸岡さんたちの研究が、隕石衝突直後に大規模な酸性雨が降った証拠を示したことで、約6600万年前の地球の本当の姿に大きく一歩迫ることができました。
 「さらに研究を進めていけば、酸性雨の規模や継続時間も定量的に明らかにすることができる」 と、丸岡さんは語ります。ほかの時代についても同様の分析を行えば、生物大量絶滅と酸性雨の関係がさらに明らかになるはずです。太古の地球の姿の全容が見えるのはいつでしょうか。今後の研究の成果が楽しみです。

図4

図4 本研究で明らかになった巨大隕石落下直後の地球の様子

参考文献
(1)Maruoka T., Nishio Y., Kogiso T., Suzuki K., Osawa T., Hatsukawa Y., Terada Y., 2020, Enrichment of chalcophile elements in seawater accompanying the end-Cretaceous impact event: Geological Society of America (GSA) Bulletin (DOI: 10.1130/B35403.1)
(2)Maruoka T., 2019, Mass extinction at the Cretaceous-Paleogene (K-Pg) boundary, in Yamagishi A., Kakegawa T., Usui T., eds., Astrobiology: From the Origins of Life to the Search for Extraterrestrial Intelligence: Springer, p. 303-320.


コラム

 丸岡さんが「地球化学」という研究分野に出会ったのは、大学の学部学生時代の「結晶物理学」の講義で、一本の学術論文を日本語に全訳する宿題が出たときです。それこそが、1980年にノーベル物理学者のアルバレツ親子が隕石衝突仮説を提唱した『Science』掲載の論文でした。
 「学術論文をしっかり読んだのはそのときが初めてでした。微量な元素や同位体比といった指標から遠い昔に地球で起こったことを読み解けるということも初めて知りました。宿題として訳していた当時は、深く内容を理解できていなかったと思いますが、地層の元素を測ることでパラダイムシフトが起こるなんて、面白いことがあるなと強く印象に残りました」
 もともと地震や気象などを扱う地球物理学を学びたいと思い、大阪大学理学部物理学科に入学した丸岡さんですが、授業の宿題がその後の人生を決めてしまったのです。
 現在は地球化学の世界にどっぷりはまっている丸岡さん。休日はどんなふうに過ごしているのでしょうか。
 「海外ドラマをわりとよく見ます。FBIやCIAが出てくるサスペンスものとか好きですね。鑑識の人たちが出てくると、思わず作中で描かれている分析手法に注目してしまいます」
 次は何を解き明かしてくれるのか、丸岡さんの今後の活躍が楽しみです。

左から吉村さんと研究室の平木さんと岡井さん。

Stevns Klint のデータと共に、丸岡さん。

文:チーム・パスカル 寒竹 泉美


この記事は、筑波大学 生命環境系 丸岡 照幸 准教授にインタビューして構成しました。