太陽系形成のメカニズムの解明につながる、コンドライト隕石中の水の発見 ~SPring-8のX線ナノCTが大きく貢献~
太陽系形成のメカニズムの解明につながる、コンドライト隕石中の水の発見 ~SPring-8のX線ナノCTが大きく貢献~
太陽系は今から約46億年前に形成されたと考えられていますが、どのようにして現在の形になったのかはまだまだわかっていないことが多くあります。
従来の太陽系形成理論のモデルでは、惑星や小惑星をはじめとする小天体は、形成時から現在まで、「あまり大きく軌道を変えていない」と考えられていました。しかし現在有力視されている新しいモデルでは、「惑星や小惑星は形成後に軌道を変え、その結果、現在の位置にたどり着いた」とされています。木星は現在より太陽に近い位置で形成され、一度さらに太陽に近づいたのちに太陽から離れ、現在の軌道に至った。それらの過程で、「他の惑星や小惑星も位置を変えた」という説です。
この仮説を検証するために重要になるのが、隕石の分析です。隕石は、小惑星などから離脱し地球に落下したもので、太陽系形成当時の情報が含まれているのです。そのため、これまで様々な隕石の研究がされてきた中、立命館大学 総合科学技術研究機構の𡈽山さんらのグループが、SPring-8のX線ナノCTなどを利用して隕石を分析した結果、新しい太陽系形成モデルを裏付ける重要な物質的証拠を発見しました。隕石の一種に炭素質コンドライトと呼ばれるものがあり、その中に、多量の二酸化炭素(CO2)を含む液体の水の存在を確認したのです。炭素質コンドライト中に液体の水が確認されたのは、世界で初めてのことです。
「必ず液体の水が見つかるはず」
炭素質コンドライトは、これまで地球上で見つかっている隕石の中でも最も始原的、すなわち、太陽系形成当時の情報をよく保持している種類だと考えられています。
この種類の隕石には、太陽系に多量に存在する氷が岩石と一緒に集まって、融けた氷が岩石中の鉱物と反応した結果できたものがあり、そのため、内部に水が含まれていることがわかっています。ただこれまで、炭素質コンドライトの内部に見つかった水は、鉱物の結晶構造中に水酸基(OH-)や水分子(H2O)の形で取り込まれたものだけでした。つまり、液体としては確認されていませんでした。
それゆえに、炭素質コンドライトの中にも「必ず液体の水が見つかるはずだ」と𡈽山さんは考え、その方法を模索してきました。そして今回、𡈽山さんが長年携わってきたSPring-8のX線ナノCTの技術を利用して、発見に成功したのです。
X線ナノCT像で“ナノ包有物”の存在を確認
𡈽山さんたちが研究に用いた炭素質コンドライトは、2012年にアメリカ・カリフォルニア州に落下した“サッターズミル隕石”と呼ばれるものです(図1)。地球に落下してから回収されるまでの時間が早かったため、地球上での水の影響をほとんど受けておらず、太陽系の水の探査において貴重な試料です。
「炭素質コンドライトの中に液体の水があるとすれば、それを構成する鉱物の内部に閉じ込められていると考えられます。その鉱物は何かと考え、私たちは方解石(カルサイト:CaCO3)に着目しました」と𡈽山さんは語ります。
方解石は、炭素質コンドライトが形成されたとき、すなわち、岩石と溶けた氷とが反応した際に、沈殿して生じた鉱物だと考えられています。つまり、方解石の結晶は水の中で成長したものであり、そのため、成長する過程で水を取り込み、それが結晶の内部に残っている可能性があります。𡈽山さんらはまず、隕石から断面を切り出し、走査型電子顕微鏡(SEM)を用いて、その中にある方解石の粒子を特定していきました(図2)。
そうして確認した方解石粒子の内部を調べるために有効と考えられるのが、X線ナノCTです。
𡈽山さんらは、図2のような隕石の断面から、集束イオンビーム(FIB)を用いて、方解石粒子を含む一辺30 μm程度の直方体型のサンプルを切り出し(図3)、それらをX線CT装置が設置されているSPring-8のビームラインBL47XUにおいて撮影しました。その結果得られたのが図4です。
「図4は、サンプルの縦方向の断面図です。このようなX線ナノCT像によって、方解石中に、数ミクロン程度の比較的大きい包有物を多数見出すことができました。いずれも中は空っぽでしたが、その多くは六角板状などの結晶の形を示していて、もともとそこに水の結晶が入っていたことをうかがわせます。つまり液体の水が入っていたと推測できるのです。そこで私たちは、数十のサンプルをX線ナノCTによって観察し、中に水が残っている包有物がないかを探しました。しかし結局すべて空でした。方解石の中に水が取り込まれてから46億年という長い期間のどこかで逃げてしまったと考えられます。ただ、X線ナノCT像によって、方解石中にナノメートルサイズの小さな包有物(ナノ包有物)が多数あることもわかりました。その中に水が閉じ込められている可能性が考えられたため、更に内部を調べることにしました」
図1 炭素質コンドライト(サッターズミル隕石)。これを構成する鉱物の一つに方解石がある。
図2 走査型電子顕微鏡(SEM)の写真。
図3 集束イオンビーム(FIB)によって切り出したサンプルの模式図。
図4 サンプルのX線ナノCT像。数ミクロン程度の比較的大きい包有物のほかに、多数のナノ包有物も確認できた。
ナノ包有物の中に見つけた“液体の水”がある証拠
ナノ包有物を観察するために用いたのは、SEMよりも高い空間分解能を持つ透過型電子顕微鏡(TEM)です。このような高い分解能で観察するために、厚さ300 nmほどまで薄く切った結果、図5のようにはっきりとナノ包有物を観察できました。
「TEMでナノ包有物を見ると、図5の黄色い矢印の先のように、内部に白く光るものが見える場合がありました。これは、水を取り込む際に水の中にあったごく小さな鉱物粒子を一緒に取り込んだものと考えられ、ナノ包有物には水が入っている可能性を示唆しています。ここからようやく、水の存在を突き止める最後の段階へと至りました」
𡈽山さんたちは、水が入っていそうなナノ包有物に対して、電子線回折法(結晶などに電子線を照射し、回折像からその構造や状態を分析する手法)を、常温と低温の2通りで行いました。水があれば、低温にすると凍るため、氷の結晶が生じます。それを電子線回折法によって検出できるはずなのです。その結果が、図6の2つの図です。
「方解石の回折斑点(規則的な明るい斑点)のほかに、-100°Cの時だけ現れる小さな回折斑点(黄色い実線矢印の先)があるのが見えます。この小さな回折斑点が-100°Cの時だけ見えるのは、-100°Cでは水が結晶化しているが、20°Cでは融けて結晶が存在しないためです。つまりここに、液体の水があることを示しているのです」
小さな斑点が現れる位置関係などを調べた結果、これはCO2の氷あるいは、CO2ハイドレート(CO2と水分子が結びついた氷状の物質)であることがわかりました(CO2氷の場合も、純粋なCO2であるとは考えにくく、必ず水が存在すると考えられます)。そして、CO2と水が含まれる割合については、CO2-H2O系の相図(物質の状態と圧力や温度の関係を表した図)から検討した結果、CO2の量が15%以上であることもわかりました。
「15%以上の炭酸水は、相図から50~200気圧程度の高圧下でないと生成されないこと。さらには、天体がそのような高圧になるには、直径が100 km程度以上必要なこともわかっています。つまり、このわずかな液体の存在によって、この隕石の母天体の直径が少なくとも100 km程度であったと推測できます」
図5 透過型電子顕微鏡(TEM)で見たナノ包有物。
図6 ナノ包有物を含む領域の電子線回折図形。
新しい太陽系形成モデルを支持する物質的証拠に
𡈽山さんたちの発見は、冒頭でふれた通り、太陽系の形成についての新しいモデルを支持する初めての物質的な証拠として、大きな注目を集めています。
小惑星の多くは現在、火星と木星の間にある“小惑星帯”と呼ばれる部分に集中して存在しています。新しいモデル「惑星や小惑星は形成後に軌道を変え、その結果、現在の位置にたどり着いた」によれば、小惑星はもともと木星の軌道の内側や外側で形成されたが、木星自身が軌道を変化させていった過程で、外側にあった小惑星なども木星の軌道の内側へと移動したと考えられます。一方、図7は、太陽系が形成された初期のころ、CO2、CO(一酸化炭素)およびH2Oのスノーライン(氷として存在できる領域)の時間経過を、現在の木星軌道と地球軌道に重ねて描いたものです。
「今回、サッターズミル隕石(炭素質コンドライト)の中にCO2に富む液体の水が見つかったのは、この隕石の母天体が、形成時にCO2の氷を取り込んだことを示しています。すなわち母天体が、CO2スノーラインの外側で形成されたことを意味します。一方、新しいモデルでは、木星はもともと現在の軌道よりも太陽に近い位置にあったとされています。それらを考え合わせると、図7よりサッターズミル隕石の母天体は、木星の軌道よりも外側でできたことがわかります。言い換えれば、母天体が、木星の軌道の外側から現在の小惑星帯の位置(木星の軌道の内側)に移動してきたことを示唆しているのです。つまり、今回の発見は、新しい太陽系形成モデルを支持する、かつてない直接的な物質的証拠であると言えるのです」
図7 サッターズミル隕石母天体の形成領域とCO2、COおよびH2Oスノーライン。
SPring-8のX線ナノCTの大きな貢献
今回の研究において、SPring-8のX線ナノCTが果たした役割はとても大きいと𡈽山さんは言います。
「X線ナノCTを使って隕石中の液体の水を探すという試みは、おそらく今回の私たちが初めてです。最終的にナノ包有物の中に液体の水を確認したのは電子線回折法でしたが、X線ナノCTを使っていなければ、そもそもナノ包有物自体を見つけられていなかったでしょう。その意味で、この研究においてSPring-8はとても大きな役割を担っています」
𡈽山さんは今後、小惑星探査機“はやぶさ2”が小惑星リュウグウから持ち帰ったサンプルの分析に携わることになっています。SPring-8を利用した今回の研究は、その分析にも生かされるようです。
「“はやぶさ2”が持ち帰ったサンプルは、炭素質コンドライトかそれに類似する物質だと考えられているため、今回と同様にX線ナノCTと電子顕微鏡によってその中に水を発見できるかもしれません。有機物も入っていると考えられ、生命の誕生や、地球の水の起源についてなど、様々な謎を解明する端緒が得られるかもしれません。何が見つかるのか、いまから楽しみです」
𡈽山さんが鉱物に興味を持ったのは、子どものころの一つの出会いからでした。
「小学4年生の時、家族旅行で箱根に行き、夏休みの自由研究の題材にしようと石を集めたんです。すると父親が、鉱物に詳しい益富寿之助さんという先生に連絡をとってくれ、会いにいって話を聞いたのですが、それがきっかけで鉱物に興味を持つようになりました」
益富寿之助さんは、京都出身の薬学者、鉱物学者として知られる人で、現在京都市には、益富地学会館という石に関する博物館もあります。𡈽山さんは、「親父と益富さんの関連が未だわからない」というものの、その出来事が発端となって鉱物の世界へ導かれ、研究者となりました。そして90年代後半、SPring-8の供用が開始されたころから、X線CTを使って研究を行うようになりました。
「決して深遠な考えがあったわけではありませんが(笑)、当時、『これからは3次元構造を調べないといけない』という気持ちを持つようになっていました。そんな時にX線CTと出会って、研究の方向性が決まってゆきました」
さらに、ポスドクで2年間NASAに行ったこともきっかけとなり、サッターズミル隕石を分析する機会を得て、今回の発見へとつながりました。そして今後、“はやぶさ2”のサンプル分析において、𡈽山さんの積み上げてきたものがさらに大きな成果へと導くことが期待されます。今度はいったい何が見つかるのか。
「それがわからないことこそが、研究の一番の楽しみです。『ナニコレ?』という発見がしたいですね(笑)」
偶然にも自分と同じ名前のレストラン(ロサンゼルス郊外)と共に、𡈽山さん
文:チーム・パスカル 近藤 雄生
この記事は、立命館大学 総合科学技術研究機構 中国科学院広州地球化学研究所 𡈽山 明教授にインタビューして構成しました。