単一筋原繊維中のただ1個の筋節からX線回折像記録に成功(プレスリリース)
- 公開日
- 2005年06月29日
- BL40XU(高フラックス)
平成17年6月29日
財団法人高輝度光科学研究センター
財団法人高輝度光科学研究センター(吉良 爽理事長)の岩本裕之主幹研究員らの研究グループは、SPring-8の高フラックスビームライン(BL40XU)を用い、筋細胞から調製した単一筋原繊維中のただ1個の筋節からX線回折像を記録することに成功しました。 本研究成果は、放射光関係の専門誌 『Journal of Synchrotron Radiation』7月号(6月15日発行オンライン版)に掲載されました。 (論文) |
1.背 景
SPring-8など第三世代放射光実験施設の強力なX線を用いると、ビームの径をマイクロメーター程度に絞っても十分な強度があります。これを利用して単一筋原繊維の回折像を記録したことは以前に発表したトピック(平成14年8月6日)のとおりです。しかし、極微小体積の生体試料からX線回折像を記録するためには、さらに強力なBL40XUビームラインのX線を用いる以外にも解決しなければいけない幾つかの技術的課題がありました。最大の課題はX線照射損傷の克服です。微小な試料から十分な回折強度を得るには高輝度のX線を用いても露光を長時間おこなう必要がありますが、水を含んだ生体試料では急速に損傷が生じてしまいます。そこで、試料を瞬間凍結し、そのまま74ケルビン(−199℃)という極低温でX線を照射することで問題の解決を図りました。こうすることで、試料は格段に照射損傷を受けにくくなります。また、瞬間凍結するのは、生体試料の構造を破壊する氷の結晶(氷晶)の成長を防ぐためです。
2.研究手法と成果
試料には、マルハナバチの飛翔筋を用いました。これをブレンダー(注1)で破砕し、筋原繊維の懸濁液を得ました。懸濁液を電子顕微鏡用のグリッドに貼り付けた薄いプラスチックのフィルム上に滴下して筋原繊維を吸着させ、グリッドごと液化プロパン(−180℃)中に浸漬して瞬間凍結しました。これを液体窒素温度(−199℃)に冷却したクライオチェンバー(注2)にマウントし、回折実験を行いました。X線を径2マイクロメーターのピンホールに通すことでマイクロビームを生成した点は以前と同様です。
マイクロビームに対し、グリッドを上下左右に走査して反射を生じる箇所(筋原繊維の吸着している場所)を探しました。多数の筋原繊維が吸着しているはずですが、反射は稀にしか記録されませんでした。これは、反射の生じるブラッグ条件(注3)を満たす向きで吸着している筋原繊維が少ないためと考えられます。反射が見える場所では、筋フィラメントの6角格子に由来する赤道反射のうち、最も強い1,0反射と2,0反射が見えています(図2)。グリッドを動かしながらこれらの反射の強度が変化する様子を測ると、反射を生じている物体の径を推定することができます。マイクロビームの径で補正したとき、径が2.7と3.5マイクロメーターの2つの物体が少し離れて並んでいると推定されました。これらの径は先に述べた単一筋原繊維の径と一致します。またビームの径も2マイクロメーター程度と1個の筋節の長さ以下ですので、まさに単一筋原繊維中のただ1個の筋節相当の領域から回折像が記録されたことになります。
また、反射の並ぶ方向に沿って測定した強度プロファイルが図3です。1,0反射と2,0反射が見えています。筋細胞にもっと太いビームを当てたときには、この2つの反射の間に1,1反射が必ず見えます。図3には、以前に径50マイクロメートルのX線を繊維の軸に沿って当てたときに記録された回折像のプロファイルを重ねてあります(灰色の線)。これと比較すると、今回記録された回折像からは1,1反射だけが完全に欠損しているのがわかります。これは、1つの筋節が単一のフィラメント格子しか含まず、これが1,0(と2,0)格子面に対してブラッグ条件を満たすとき、1,1格子面に対しては絶対にブラッグ条件を満たさないからです。このことからも反射が筋節の単一の格子に由来することがわかります。
3.今後の期待
細胞内に多種存在する細胞小器官では、多くの種類の蛋白質や脂質などが複雑に相互作用しながら機能しています。今後はこれらの細胞小器官の構造を「その場観察」する需要が高まると思われます。今回の測定でこれらの細胞小器官と同程度の体積の試料から回折像が記録されたことから、X線回折法による細胞小器官の構造解析が現実のものになったといえるでしょう。また照射損傷を減らしより少量の試料から回折像を記録する上で、瞬間凍結法とX線回折法の組み合わせはマイクロビームを用いない応用にも有効と考えられます。
<参考資料>
a:全筋。多数の筋細胞(筋線維)が集まってできている。
b:筋細胞。直径50 - 100マイクロメートル。直径1 - 2マイクロメートルの筋原繊維が多数集まってできている。昆虫の場合は筋細胞、筋原繊維とも太めである。
c:筋原繊維の拡大図。長さ2 - 2.5マイクロメートルの筋節(サルコメア)が多数直列に並んでいる。この中で収縮蛋白ミオシンとアクチンのフィラメントが六角格子状に配列している(d)。1個の筋節中では格子の向きは揃っている(単結晶)。d 中の数字(1,0,1,1)は特定の格子面を表わす指数。
1マイクロメーターのステップでグリッドを移動させ記録した回折像を並べてある。
図2.は、IUCr(国際結晶学会)の許可を得て H. Iwamoto et al., J. Synchrotron Rad. (2005). 12, 479-483 の Figure 5 から転載しました。)
Figure 2 is reproduced with IUCr's copyright permission from "X-ray microdiffraction and conventional diffraction from frozen-hydrated biological specimens", H. Iwamoto, K. Inoue, T. Fujisawa and N. Yagi, J. Synchrotron Rad. (2005). 12, 479-483.
径50マイクロメーターのビームを当てて多数の筋原繊維から記録したときのプロファイル(灰色の実線)と比較している。
図3.は、IUCr(国際結晶学会)の許可を得て H. Iwamoto et al., J. Synchrotron Rad. (2005). 12, 479-483 の Figure 5 から転載しました。)
Figure 3 is reproduced with IUCr's copyright permission from "X-ray microdiffraction and conventional diffraction from frozen-hydrated biological specimens", H. Iwamoto, K. Inoue, T. Fujisawa and N. Yagi, J. Synchrotron Rad. (2005). 12, 479-483.
<用語解説>
- 注1 ブレンダー
高速で回転する歯によって試料を破砕する装置。
- 注2 クライオチェンバー
試料を極低温に長時間安定して保つための試料箱。内部に液体窒素または液体ヘリウムを灌流して試料を極低温に保つ。また外部との熱絶縁をはかるため試料は真空中に置く。
- 注3 ブラッグ条件
単色のX線が結晶の格子面にある特定の角度で入射したときだけ、各格子面で散乱した光が干渉して強め合い、反射が生じる。この反射を生じる条件をブラッグ条件という。ブラッグ条件を満たす入射角の範囲は極めて狭く、無機物の完全結晶では10秒程度(秒は1度の1/3600)である。
<本研究に関する問い合わせ先> <SPring-8についての問い合わせ先> |
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