温度によって3つの顔を見せるチタン酸化物の正体に迫る -謎であったマグネリ相チタン酸化物の2つの顔の正体が明らかに!!- (プレスリリース)
- 公開日
- 2010年03月08日
- BL17SU(理研 物理科学III)
- BL29XU(理研 物理科学I)
2010年3月8日
独立行政法人理化学研究所
財団法人高輝度光科学研究センター
本研究成果のポイント
• 154K(-119℃)以上の高温相は、通常の金属とほぼ同じ物性
• 高温の金属相と低温の半導体相との間に挟まれた第3の相が異常相と判明
• 高い耐酸化性や導電性の特長を生かしたチタン酸化物の次世代燃料電池材料に期待
独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)と財団法人高輝度光科学研究センター(白川哲久理事長:JASRI)は、大型放射光施設SPring-8※1の世界最高性能のX線光電子分光※2装置と東京大学物性研究所の世界最高分解能のレーザー光電子分光※3装置を使用して、「マグネリ相チタン酸化物(Ti4O7)」が温度変化によって見せる「3つの顔の正体」を解明しました。これは、放射光科学総合研究センター(石川哲也センター長)量子秩序研究グループ励起秩序研究チームの辛埴チームリーダー(国立大学法人東京大学物性研究所教授兼任)と田口宗孝研究員、石川X線干渉光学研究室の石川哲也主任研究員、東京大学大学院新領域創成科学研究科の高木英典教授、JASRIの大橋治彦副主席研究員と仙波泰徳研究員らの共同研究による成果です。 (論文) |
1.背 景
TinO2n-1(n=3~9)の組成を持つマグネリ相チタン酸化物は、金属-非金属転移をするなど奇妙な物性を示す化合物として知られています。その中でもTi4O7は、カーボンの2.75倍も電気伝導性が高いなどの物性を示し、温度を変化させると低温相、高温相、中間相の3つの顔を見せる、とても奇妙な物質として古くからよく知られていました。この3つの相のうち約140 K(- 133℃)以下の低温で見られる低温相については、これまでの研究からよく理解されていました。この低温相のTi(チタン)原子は、Ti原子1個あたり1個の3d電子※5を持つ3価の状態と、3d電子を1個も持たない4価の状態が半々に存在し、それらが規則正しく縞模様状に配列(電荷秩序)していることが分かっています(図1左)。また、その伝導性は、半導体的であり、光電子分光測定からも半導体特有の小さなエネルギーギャップが開いていることが確認されていました。
しかし、この低温相より高い温度で見せる高温相、中間相の2つの相での振る舞いは、実験が繰り返されて来ましたが、これまで謎のままでした。154 K(-119℃)以上の高温相では、Ti4O7はTi原子2個当たり1個の3d電子を持ち、すべてのTi原子がほぼ同じ価数(3.5価)を取る状態で安定していますが(図1右)、この相の電気伝導性については、不明な点がいまだに残っています。例えば、高温相の電気抵抗率は、金属的な振る舞いを示しますが、光電子分光測定の結果では金属の特徴であるフェルミ端※6が確認されていません。
さらに大きな謎は、高温相と低温相に挟まれた中間相の現象です。この中間相では、結晶構造・電気伝導性ともに奇妙な振る舞いが観測されており、現在に至るまで論争が続いています。1970年代の研究から、Ti原子はさまざまな価数を持ち、それらが不規則に乱れて存在することが示唆されていました。しかも、この乱れが時間的に揺らぐ時間的・空間的な不規則性(乱れ)が存在するともいわれ、謎が深まっていました。この中間相の電気抵抗率の値は、ちょうど高温相(金属に近い相)と低温相(半導体相)の中間の値を取り、その振る舞いは金属的とは言い難いことから、中間相のTi原子の時間的・空間的乱れがこの伝導を担っていると説明付けてきました。しかし1980年代に入り、より高精度の結晶構造解析が進み、非常に複雑な秩序状態を取っている可能性があることが分かってきました(図1中央)。この結果は、これまで提唱されてきたTi原子の時間的・空間的乱れによって電気伝導が起こっているとする解釈と明らかに矛盾する結果でした。
2.研究手法と成果
研究グループは、高温相のフェルミ端を調べるために軟X線共鳴光電子分光法※7、中間相を調べるためにレーザー光電子分光と硬X線内殻光電子分光法※8、という3つの実験手法を用いて、マグネリ相チタン酸化物Ti4O7の電子の特徴・性質を調べました。
まず高温相を詳細に観測するため、大型放射光施設SPring-8の理研 物理科学 III ビームライン(BL17SU)で軟X線共鳴光電子分光測定を行いました。この軟X線共鳴光電子分光は、X線のエネルギーをTi原子のあるエネルギーに共鳴させることで、電子のエネルギースペクトルのTi成分だけを増大させることができます。その結果、Ti原子の3d電子に由来する成分が格段に増加し、従来の電子分光の測定では観測できなかった高温相のフェルミ端を観測することに成功しました(図2)。これにより、高温相が金属であることが確実となりました。
次に、東京大学物性研究所に設置されているレーザー光電子分光装置を用いて、中間相の電子の様子をより高分解能で直接観測しました。このレーザー光電子分光装置は、従来の光電子分光に比べエネルギー分解能が約1桁も高く、より微細なスペクトル構造の変化を観測することが可能です。観測の結果、中間相ではフェルミ準位※6(電子のエネルギーが0)近傍の電子の光電子スペクトルにはギャップはなく、金属に特有のフェルミ端もないことが分かりました(図3左)。さらに、温度によってスペクトルがぼやける効果を取り除くことで、この光電子スペクトルには、Ti原子によく束縛された3d電子成分と未知の成分の2成分が存在することを突き止めました(図3右)。
この未知の成分の性質をより詳しく調べるため、SPring-8の理研 物理科学 I ビームライン(BL29XU)でX線のエネルギーが高く物質の内部まで調べられる硬X線内殻光電子分光測定を行いました。その理論解析の結果、未知の成分が、結晶中を良く動き回っている3d電子であることを突き止めました。
従来の不規則性に基づいた理論では、Ti原子のフェルミ準位近傍での電子はある程度局在しているとされていますが、今回の結果は、これまで考えられてきたものとは異なり、フェルミ準位近傍の電子は比較的良く動き回っていることを明らかにした、非常に重要な成果です。
3.今後の期待
この研究成果は、マグネリ相チタン酸化物Ti4O7の研究、特に中間相の電子状態の研究に新たな展開をもたらしました。さらにこの知見をもとに、今後、Ti4O7の3つの相の全貌、すなわち温度変化によって電気抵抗が3桁も変わる変化や2回も転移を起こす理由なども明らかになると期待できます。Ti4O7は、炭素に比べて高い耐酸化性と導電性の物性を持つため、炭素に代わる高効率の次世代型燃料電池の有力な材料候補として低炭素社会への貢献が期待され、国内外で研究が活発化しています。新しい機能を持った燃料電池を作製するためには、その材料の基礎的な電子状態を正確に理解することが、極めて重要です。この研究結果は、Ti4O7などのチタン酸化物を次世代燃料電池材料として応用する際の重要な指針になるといえます。
《参考資料》
3つの鏡には、Ti4O7が温度変化によって見せる3つの姿が映し出されている。各鏡にはそれぞれの相での結晶構造と、硬X線を照射したときに放出される電子の個数とエネルギー分布が示してある。左側の鏡には低温相の姿、真中の鏡には中間相の姿、右側の鏡には高温相の姿を映し出している。低温相では3価のTi原子(緑)と4価のTi原子(青)が4個ずつ規則正しく配列しているが、高温相ではほとんどすべてのTi原子(水色)が3.5価を取り均一に存在している。中間相ではさまざまな価数のTi原子が複雑なパターンを取りながら並んでいる。
縦軸は、各エネルギーを持つ電子の量に相当する。軟X線のエネルギーをTi原子のあるエネルギーに共鳴させることで、フェルミ準位(電子のエネルギーが0)近傍に存在する3d電子の成分の共鳴効果によって、Ti成分の3d電子の数だけを増大させることができる。従来の実験結果(青線)では、フェルミ準位からなだらかにスペクトルの強度が増大しており、金属の証拠であるフェルミ端が観測されていなかった。今回、Ti成分の3d電子の数を共鳴増大させることにより、フェルミ準位から急激にスペクトル強度が増大するフェルミ端を観測することに成功した。
左:高分解能(5 meV)のレーザー光電子スペクトル
中間相での光電子スペクトルには、フェルミ準位(電子のエネルギーが0)近傍にギャップは存在していない。
右:温度効果を取り除いたスペクトル
温度効果を除いたスペクトルには、Ti原子によく束縛された3d電子成分(水色の部分)と、結晶中を良く動き回っている3d電子の成分(緑色の部分)の2つの成分が存在していた。
《用語解説》
※1 大型放射光施設SPring-8
兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高の放射光を生み出す理化学研究所の施設で、その管理運営は理研およびJASRIが行っている。SPring-8の名前はSuper Photon ring 8GeVに由来する。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、絞られた強力な電磁波のこと。SPring-8では、この放射光を用いて、ナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究を行っている。
※2 X線光電子分光
物質にX線を照射し、試料表面から放出される電子の個数とエネルギーの関係を調べることにより、物質内の電子状態を調べる実験手法。この手法により、物質内の電子のエネルギー分布を直接観測することが可能となる。硬X線内殻光電子分光法、軟X線共鳴光電子分光法などがある。
※3 レーザー光電子分光
物質に6.994 eV(電子ボルト、エネルギーの単位)のレーザーを照射し、試料表面から放出する電子の個数とエネルギーの関係を調べることで、物質内の電子状態が分かる実験手法。通常のX線光電子分光測定に比べて格段にエネルギー分解能が高いことと、表面ではなく固体内部の電子の性質を調べられることが最大の特徴である。
※4 反強磁性
固体中の隣り合う原子のスピンがお互いに反対方向を向いて整列し、全体として磁気を持たない性質を反強磁性と呼ぶ。
※5 3d電子
3d軌道(原子を構成している電子軌道の一種)にいる電子のこと。原子番号が21から30までの遷移金属では、3d軌道が原子の一番外側に位置し、この3d軌道にどのように電子が配置されるかが個々の物質の物性を決定している。
※6 フェルミ端、フェルミ準位
結晶中の電子は、結晶の周期性によって生じたエネルギーの束(バンド)をエネルギーの低い順に詰めていく。金属の場合、電子をバンドの底から詰めていくと、最後に詰め終わった際の電子が詰まっているエネルギー準位と、電子が空になっているエネルギー準位の境目がフェルミ準位である。金属のフェルミ準位近傍を光電子分光で測定すると、フェルミ準位で0から不連続にスペクトルの強度が増大する。これをフェルミ端と呼ぶ。
※7 軟X線共鳴光電子分光法
軟X線とはおおよそ100eV~3000eV(3keV)のエネルギーの低いX線を意味する。軟X線共鳴光電子分光法とは、さまざまなエネルギーの軟X線を用いて、フェルミ準位近傍に存在する電子を直接取り出すことにより、電子の性質を調べる手法。ある特定の原子のエネルギーにX線のエネルギーを共鳴させることで、光電子スペクトルの特定の成分を増幅させて観測することができる。
※8 硬X線内殻光電子分光法
硬X線とは、3keV~100keVのエネルギーの高いX線を意味する。硬X線内殻光電子分光法とは、硬X線を使って原子に強く束縛された電子を1つ取り出した時に、エネルギー0近傍の電子がどのように開いた穴を埋めようとするかを観測することで、エネルギー0近傍の電子の性質を調べる手法。従来の内殻光電子分光では、用いたX線のエネルギーが低かったため、固体の表面の電子しか調べることができなかったが、硬X線というエネルギーの高いX線を用いることによって、表面ではなく固体内部の電子の性質を調べることが可能になった。
《報道担当・問い合わせ先》 研究員 田口 宗孝(たぐち むねたか) 播磨研究所 研究推進部 企画課 (ビームラインに関すること) (ビームライン29XU) (SPring-8に関すること) (報道担当) |
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