“姉妹”光子の共同作業で観察波長の限界を突破 − 物質を調べる波長と分解能を決定する波長を分離する手法を考案 − (プレスリリース)
- 公開日
- 2011年07月18日
- BL19LXU(理研 物理科学II)
2011年7月18日
独立行政法人理化学研究所
国立大学法人名古屋大学
独立行政法人科学技術振興機構
本研究成果のポイント
○“姉妹”光子を利用して波長の380分の1という超高空間分解能を達成
○物質が“妹”光子に応答している様子を“姉”光子が観察する
○物質の光学応答を直接観察できる超高空間分解能の光学顕微鏡が実現可能に
独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)と国立大学法人名古屋大学(濵口道成総長)は、X線領域での非線形光学※1現象を利用して、波長206オングストローム(Å)※2でその380分の1相当である0.54Åというこれまでの手法では到達できなかった超高空間分解能の顕微手法を開発しました。これは理研播磨研究所放射光科学総合研究センター(石川哲也センター長)石川X線干渉光学研究室の玉作賢治専任研究員、石川哲也主任研究員らと名古屋大学大学院工学研究科西堀英治准教授による研究成果です。 (論文) |
1.背景
顕微鏡の歴史は非常に古く、その発明は16世紀末にさかのぼります。また、肉眼では見えないものを最初に見た事例は、ガリレオ・ガリレイが昆虫の複眼を観察したもの(1610年頃)といわれています。それ以来、「いかに細かいものを見られるか?」というのが、光学分野での重要なテーマの1つでした。しかし1878年に、独国イエナ大学のE.アッベが、空間分解能は原理的に波長の約半分で決定されることを示して以来(図1)、例えばタンパク質の構造解析にX線が利用されているように、細かいものを見るためには短い波長を使うというのが常識となりました。一方で、世界中の研究者が波長の限界に挑み、現在では可視光領域の光で波長の10分の1程度、すなわち数100Åまで見ることができるようになりました。
しかし、波長の10分の1の分解能では、物質内で光に対してどのように電子が応答しているかを見ることは不可能です。つまり、赤く見える物質が、どのように電子が応答することで赤く見えるのかを、“赤い光”(波長6,000Å)で見ることはできません。これを電子レベル(オングストローム分解能)で見るにはX線を使う必要がありますが、X線は“赤い光”ではないため、X線で得た情報は赤く見えている電子の応答と直接の関係がありません。
このように、X線より長い波長領域でオングストローム分解能を達成することは、単に顕微鏡の歴史に新たな1ページを刻むだけでなく、可視光など長い波長の光に対する物質内の応答を、電子レベルで直接観察できる手段を得るという重要な意義を持ちます。
2.研究手法と成果
研究グループは、物質が光に対してどのように応答しているのかを、波長による空間分解能の限界を超えて詳細に観察するため、モノに作用する調べたい波長の光の特徴と、電子レベルの情報を与える短い波長(X線)の能力を、同時に利用することを考えました。しかし、単に光とX線を物質にあてるだけでは、それぞれが勝手に振舞う(反射・吸収される)だけで、有用な情報は得られません。そこで、X線領域での非線形光学現象の1つである、X線パラメトリック下方変換※6(2007年6月14日プレスリリース)を活用することにしました。この非線形光学過程では、1つのX線の“親”光子が、2つの“姉妹”光子に分裂します。この時、応答を調べたい光の波長に“妹”光子を選び、“姉”光子をX線に選ぶと、物質が“妹”光子に応答している様子を“姉”光子で観察することができます。“姉妹”光子は1つの“親”光子から生まれるため、“姉”光子と“妹”光子に一種の共同作業をさせることができるのです。
従来の手法は、単一の光を用いてその限界に挑むものであったのに対して、今回の手法は、物質を調べる波長と分解能を決定する波長を分離することで、波長による限界を超えるという全く新しい試みです。実際に、非常に強力なX線が利用できるSPring-8の理研物理科学IIビームラインBL19LXUを用いて、波長1.12Åの“親”光子から、波長1.13Åの“姉”光子と波長206Å(極端紫外光)の“妹”光子が生まれる過程を利用しました。その結果、炭素原子同士をつなぐ手の部分(価電子)は極端紫外光の振動と逆向きに、また炭素原子に強く束縛された電子(内殻電子)は極端紫外光の振動と同じ向きに、それぞれ振動していることを初めて確認しました(図2)。従来の手法では、物質全体でならされた平均的な電子の振る舞いしか知ることができませんでしたが、今回の超高空間分解能顕微法により、それぞれの電子の応答を分離して観測することに成功しました。
また、X線である“姉”光子が細かくものを見ることができるという特徴を生かした結果、分解能は0.54Åまで高まりました。これは、調べたい波長(206Å)の380分の1に達します。これまで実現されていた分解能は可視光領域で波長の約10分の1程度であったことから、これを大幅に更新する世界で最も高い値です。
3.今後の期待
今回、“姉妹”光子を使う新しい方法の有効性を示すことができました。2011年現在、“姉”光子を選別する分光技術の制約により、“妹”光子を可視光などのより長い波長領域に選ぶことができません。しかし、今後の測定技術の進歩により、波長の限界をはるかに超えた超高空間分解能顕微法が、物質の光に対する応答の研究に応用されるものと期待されます。
光学応答は、物質内部の電子状態に関する貴重な情報を与え、学術的にも産業的にも重要な物質の機能の理解に役立ちます。例えば、高温超伝導やスピントロニクスなどの有用な機能を持つ材料では、電子同士の反発により特異な電子の秩序が現れます。これらを光で、かつ、オングストローム分解能で直接見ることができれば、機能を深く理解し、それを強化することが可能になります。こうして得られた成果は、例えば超伝導リニアモーターに使う超伝導材料や、低消費電力の新しいデバイスの開発に生かされるものと期待されます。
《用語解説》
※1 非線形光学
物質の光への応答が、光の波の振幅に比例しない光学現象を扱う。このような効果は線形応答に比べて極めて弱いため、通常その観測にはレーザーが必要とされる。
※2 オングストローム(Å)
原子レベルの大きさを扱うための長さの単位(Å)。1Å=1千万分の1mm。例えば、炭素原子の半径は約0.7Å。
※3 大型放射光施設SPring-8
兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高の放射光を生み出す理化学研究所の施設。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8GeVに由来する。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、絞られた強力な電磁波のこと。
※4 光子
光を粒子として扱うときの概念。
※5 極端紫外光
可視光(4,000~7,000Å)より波長が短い紫外領域の内、波長が数100Å程度の領域。
※6 パラメトリック下方変換
物質中の電子との相互作用により1つの光子が、2つの光子に変換される非線形光学現象。
一般に、どれだけ細かいものを見られるかは、使っている波長が下限を与える。通常、グラフの右下の領域は見ることができない。本研究では、“妹”光子のいる極端紫外領域でX線である“姉”光子の特徴を利用することにより、極端紫外光の波長の380分の1という超高分解能を実現した。
炭素原子に強く束縛された内殻電子に対応する青い球状の領域は光の電場と同じ向きに動き、原子間の結合を担っている価電子に対応する赤い円盤の領域は、逆向きに動くことが分かった。立方体の1辺の長さは、約3.6Åであり、206Åの波長よりはるかに細かく見えていることが分かる。
《問い合わせ先》 名古屋大学大学院工学研究科 (JSTの事業に関すること) (報道担当) 国立大学法人 名古屋大学 広報室 独立行政法人 科学技術振興機構 広報ポータル部 (SPring-8に関すること) |
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