大型放射光施設 SPring-8

コンテンツへジャンプする
» ENGLISH
パーソナルツール
 

カーボンナノチューブの“森”が高密度に成長する仕組みを解明 -情報機器を低消費電力化する放熱材料の開発を加速-(プレスリリース)

公開日
2014年05月22日
  • BL17SU(理研 物理科学III)
  • BL27SU(軟X線光化学)
  • BL47XU(光電子分光・マイクロCT)

2014年5月22日
公益財団法人高輝度光科学研究センター
独立行政法人 産業技術総合研究所

高輝度光科学研究センター(JASRI)、産業技術総合研究所(産総研)は共同で、「カーボンナノチューブの“森”※1」が高密度に成長する仕組みを大型放射光施設SPring-8※2で解明しました。この成果は、情報機器を効率的に冷却するための放熱材料の開発を促進すると期待されます。
パソコンやスマートフォンなどの情報機器は、私たちの生活やオフィスでの仕事に広く普及し、私たちはいつでも、インターネットを通じてさまざまな情報を得ることができます。一方で、情報の流通量は今後ますます増加すると予想され、経済産業省によると、2025年には情報を蓄えるサーバーなども含めた情報機器の消費電力が国内総電力の20 %を占めるようになると試算されています。そのため、情報機器の低消費電力化は、持続可能なエネルギー社会を実現する上で重要な課題です。この対策の一つとして、情報機器の効率的な冷却が有効となります。パソコンやスマートフォンが使用中に温かくなるのを感じるように、情報機器は内部で熱を発生します。機器の温度が上がるほど内部を流れる電流は増えるため、消費電力は増大します。そのため、情報機器の効率的な冷却が求められています。
 情報機器の冷却には、機器内部で発生した熱を効率的に逃がすための放熱材料と呼ばれる材料が重要です。カーボンナノチューブは、現在使われている放熱材料の一つであるインジウムに比べて30倍以上の熱伝導性を持つため、優れた放熱材料として期待されています。しかし、カーボンナノチューブの太さは1~数十 nm(nmはナノメートルと読み、1 nmは1 mmの100万分の1の長さ)しかないため、放熱材料として使うには多数のカーボンナノチューブがブラシ状にそろった束(カーボンナノチューブの“森”)が必要となります。しかし、従来の方法で成長した“森”は密度が低く、利用することができませんでした。最近、産総研の研究グループは、従来の方法に比べて20倍の密度を持つ“森”を成長させる方法を開発しました。しかし、なぜ“森”が高密度化するのか、その理由は分かっていませんでした。“森”をさらに高密度化するためには、その理由を知る必要があります。そこで、今回、JASRIと産総研の研究グループは、SPring-8を用いて高密度化の理由の解明を試みました。木の森の成長に土の状態が影響するように、カーボンナノチューブの“森”の成長には土に相当する触媒※3の状態が影響すると考えられます。そこで、“森”の成長過程における触媒の状態を、3種類の測定法で精緻に分析しました。その結果、従来よりも低温な環境での成長と、触媒の下地が、触媒を高密度な“森”の成長に適した状態にする役割を果たしていることが明らかになりました。この結果をもとに、触媒とその下地をさらに改善することで、より高密度なカーボンナノチューブの“森”を成長させることができるようになります。今回の研究成果により、カーボンナノチューブを用いた放熱材料の早期実現が期待されます。
 今回の研究成果は、JASRIの室 隆桂之 主幹研究員らのグループと、産総研の二瓶 瑞久 特定集中研究専門員(所属は共同研究当時)のグループとの共同研究によるもので、2014年5月22日に国際結晶学連合(IUCr)のオープンアクセスジャーナルである 「IUCrJ」にオンライン掲載されました。
本研究は、総合科学技術会議により制度設計された最先端研究開発支援プログラム(FIRST)により、日本学術振興会を通して助成されたものです。

論文情報:
"Low-temperature catalyst activator: mechanism of dense carbon nanotube forest growth studied using synchrotron radiation"
日本語訳:低温触媒活性化層:高密度のカーボンナノチューブの森が成長するメカニズムの放射光による研究
著者:高嶋 明人、泉 雄大、池永 英司、大河内 拓雄、小嗣 真人、松下 智裕、室 隆桂之、川端 章夫、村上 智、二瓶 瑞久、横山 直樹
ジャーナル名: IUCrJ
doi:10.1107/S2052252514009907
オンライン掲載日:2014年5月22日

研究の背景
これまで、カーボンナノチューブを用いた放熱材料に関する多くの研究報告がありましたが、それらの熱伝導性は不十分でした。これは、カーボンナノチューブの“森”(carbon nanotube forest: カーボンナノチューブフォレスト※1)の密度の低さが原因です。
カーボンナノチューブの“森”の成長法として、熱化学気相成長法(熱CVD法)※4が知られています。一般的な熱CVD法は、図1のような過程です。まず、アルミナ(アルミニウムの酸化物)などの基板の上に、触媒として鉄の膜を数 nmの厚みで作ります。カーボンナノチューブを木に例えるなら、触媒は土の働きをします。この鉄は、始めは酸化しています(酸素を吸って錆びることを「酸化する」といいます)。次にこの鉄を、真空容器の中で800 ℃程度に加熱して還元します(酸素を抜いて錆をとることを「還元する」といいます)。この還元された鉄はアルミナなどの酸化物の上で、玉状の粒子になる傾向があります。これは、傘の上で水滴が玉状になるのに似ています。そこに、アセチレンなどの炭素を含む原料ガス※5を入れると、一粒の鉄の粒子の上に一本のカーボンナノチューブが成長します。つまり、高密度の“森”を作るには、還元された鉄の粒子を高密度に作る必要があります。
産総研のグループは、カーボンナノチューブの“森”の高密度化を目指し、熱CVD法を改良したSTEP(ステップ)法※6という成長法を開発しました。STEP法の特徴の一つは、触媒である鉄(厚さ2 nm)の下にチタンの下地(厚さ1 nm)を敷くことです(図2)。もう一つの特徴は、450 ℃という低温からアセチレンを入れることです。産総研のグループは、この鉄/チタンを従来のように800 ℃にしてからアセチレンを入れた場合と、450 ℃から入れた場合とを比較し、後者の“森”の密度が前者に比べて20倍になることを見いだしました。これは放熱材料の実用化に近づく成果ですが、不思議なことに、450 ℃という温度は、通常は鉄を還元するには低すぎる温度です。それにも関わらず、なぜ高密度な“森”が成長するのか、その理由は分かりませんでした。高密度化の理由を理解できれば、高密度化に必要な触媒の条件をさらに改善することによって、より密度の高い“森”ができると期待されます。そこで、JASRIと産総研の共同研究グループは、SPring-8の三つのビームライン※7BL17SUBL27SUBL47XU)の分析装置を用い、STEP法の成長過程における触媒の状態を分析しました。

研究内容と成果
まず、800 ℃の成長で密度が低くなる原因を調べるために、光電子顕微鏡(PEEM:ピーム)※8を用い、図2の試料を加熱しながら表面を観察しました。PEEMは放射光を使う顕微鏡で、鉄やチタンといった元素を識別して試料を観察することができます。実験は物理科学IIIビームライン(BL17SU)で行いました。図3が観察結果です。写真の中の明るい場所に、鉄が多く存在します。室温(図3(a))では、鉄が試料の表面に一様に広がっています。450 ℃(図3(b))でも、まだ鉄は一様です。もしかすると、PEEMでは観察できないほど細かな、カーボンナノチューブの成長に適した鉄の粒子(数 nm~数十 nm)が無数に出来ているのかもしれません。しかし、800 ℃(図3(c))では鉄は一様ではなくなり、ぶち模様になっています。暗い部分には鉄がないのでカーボンナノチューブは成長しません。したがって、図3(c)の状態の鉄にアセチレンを与えても、密度の低い“森”しか成長しません。この結果から、“森”の高密度化には低温での成長が有利であることが分かりました。

しかし、STEP法の450 ℃という温度は、通常は酸化した鉄を還元するには低すぎます。そこで、軟X線光電子分光法(SXPES: エスエックスペス)※9を用い、鉄の酸化・還元の状態を分析しました。SXPESは試料の表層付近の分析を得意としますので、今回の試料(図2)の鉄の層の分析に最適です。また今回、SPring-8のSXPES装置を、加熱中の分析が行えるように改良しました。実験は軟X線光化学ビームライン(BL27SU)で行いました。図4(a)が結果です。室温の結果(青色)は酸化した鉄のピークだけを示していますので、加熱前の鉄はすっかり酸化していることが分かります。ところが、450 ℃の結果(赤色)では、還元された鉄のピークが著しく大きくなっています。比較のために、チタンの下地がない試料も分析しましたが(図4(b))、450 ℃では、還元された鉄のピークはほとんど大きくなりませんでした。これらの結果から、STEP法で用いる触媒の鉄は、450 ℃で予想以上に還元が進んでいることが分かりました。また、これにはチタンが特別な働きをしていることが予想されました。

チタンの下地がどのような働きをしているのかを明らかにするために、硬X線光電子分光法(HAXPES:ハックスペス)※9を用いました。HAXPESはSPring-8で開発された分析法で、SXPESより試料の深い部分を分析できますので、鉄の下にあるチタンの層を分析することが可能です。実験は光電子分光・マイクロCTビームライン(BL47XU)で行いました。図5が分析結果です。室温の状態(青色)では、チタンの層は主に一酸化チタンと二酸化チタンから成ることが分かります。一方、450 ℃(赤色)では、二酸化チタンだけになっています。二酸化チタンは一酸化チタンに比べて酸化が進み、チタンが完全に酸化した状態です。SXPESの結果と合わせて考えると、450 ℃で鉄が還元されてチタンが酸化したということは、上層にある鉄の酸素を下層のチタンが吸収したことを意味します。チタン下地の働きによって、450 ℃という低温でも鉄が還元されていたのだということが明らかになりました。

最後に、一連の成長過程を、X線吸収分光法(XAS:エックスエイエス)※10で分析しました。XASでは、触媒の酸化・還元の状態から、成長したカーボンナノチューブの質までを含めた分析ができます。今回、成長過程の分析ができるXAS装置を、新たに軟X線光化学ビームライン(BL27SU)で製作しました。図6(a)は、450 ℃での鉄の還元をXASで確認してアセチレンを入れた後、走査型電子顕微鏡(SEM)で観察した試料の写真です。長さ約10 µm(µmはマイクロメートルと読み、1µmは1 mmの1000分の1の長さ)のカーボンナノチューブの“森”が成長しています。図6(b)のPEEMの結果では鉄の粒子を直接確認することができませんでしたが、カーボンナノチューブの“森”が成長していることから、やはり鉄が450℃で粒子化している可能性が高いと考えられます。また、この“森”を成長直後にXASで分析した結果が図7です。このスペクトルの形状は、カーボンナノチューブやその仲間であるグラファイト(黒鉛)※11に特有のものです。この結果から、比較的良質のカーボンナノチューブが成長していることが分かりました。また、比較のためにチタン下地が無い試料でも成長を試みましたが、鉄は十分には還元されず、“森”は成長しませんでした(図6(b))。やはりチタン下地の存在が、低温での“森”の成長に重要な役割を果たしていたのです。

今回の研究で解明された、STEP法によるカーボンナノチューブの“森”の高密度化の仕組みを図8にまとめます。まず、始めの室温の状態では鉄はすっかり酸化しており、チタン下地は少し酸化しています。温度を上げていくと、チタン下地が鉄の酸素を吸い始めます。そして450 ℃でチタン下地はすっかり酸化し、還元された鉄が粒子になるのに都合の良い下地となります(鉄は酸化物の上で粒子化しやすいからです)。また、鉄は低温で還元されるので、密度の高い粒子になることができます。最後にアセチレンを入れると、高密度の粒子の上に、高密度のカーボンナノチューブの“森”が成長します。以上のように、高密度化の仕組みが明らかになりました。

今後の展開
今回の成果により、カーボンナノチューブの“森”の高密度化には低温成長が有利であること、そして、低温成長を可能にするチタン下地の役割が解明されました。今回は、直接的な確認には至りませんでしたが、前述のように、450 ℃で酸化したチタン下地は鉄の粒子化を促していることが期待されます。これが正しければ、高密度のカーボンナノチューブの“森”の成長には、チタン下地の初期状態での酸化の度合いがとても重要と言えます。なぜなら、始めからチタンが酸化し過ぎていると鉄の酸素を吸うことができませんし、逆に450 ℃でのチタンの酸化が不十分だと鉄の粒子化を促さないと考えられるためです。今後、“森”をさらに高密度化して放熱材料として実用化し、量産化していくためには、下地の酸化状態の制御がとても重要になると予想されます。このように、成長条件の改善に狙いを定めて取り組めるようになった点に、今回の成果の最も大きな意義があります。
今後は、腕時計やメガネのような形状の、より小型化した情報端末が登場し、生活や仕事だけでなく医療の現場などにも広く普及していくのではないかと予想されます。つまり、私たちの社会が扱う情報量は今後ますます増加し、情報を蓄えるサーバーなども含めた情報機器の消費電力も急速に増加すると予想されます。私たちの社会を持続可能なものにするためには、情報機器を低消費電力化する努力が必要です。本研究が目指すカーボンナノチューブを用いた放熱材料が実用化されれば、小さな情報端末からスーパーコンピュータまで、あらゆる情報機器に適用されて省電力化に効果を発揮し、持続可能な社会の実現に貢献すると期待されます。


《参考図》

図1 一般的な熱CVD法によるカーボンナノチューブの成長の様子。
図1:一般的な熱CVD法によるカーボンナノチューブの成長の様子。

基板にアルミナなどの酸化物を用いるのは、還元された鉄が酸化物の上で玉状の粒子になりやすいからです。


図2:STEP法で用いる触媒(鉄)と下地(チタン)の層構造。基板にはシリコンを用います。
図2:STEP法で用いる触媒(鉄)と下地(チタン)の層構造。基板にはシリコンを用います。

 


図3:図2の試料を加熱しながら、PEEMを用いて表面を観察した様子。
図3:図2の試料を加熱しながら、PEEMを用いて表面を観察した様子。

写真の中の明るいところに鉄が多くあります。


図4:SXPESで分析した鉄の酸化・還元の状態。
図4:SXPESで分析した鉄の酸化・還元の状態。

(a)はチタンの下地がある試料(図2)の結果です。(b)は下地なしで、鉄をシリコンの基板の上に直接のせた試料の結果です。


図5 HAXPESで分析したチタン下地の酸化・還元の状態
図5 HAXPESで分析したチタン下地の酸化・還元の状態

 


図6:SPring-8でのカーボンナノチューブの“森”の成長実験の結果。
図6:SPring-8でのカーボンナノチューブの“森”の成長実験の結果。

図6(a)で、基板の上にある絨毯の毛のような部分が、カーボンナノチューブの“森”です。無数のカーボンナノチューブが、基板の表面に対して垂直に並んでいます。図8の右端の絵が、そのイメージ図です。


図7:カーボンナノチューブの“森”(図6(a))のXAS分析の結果。
図7:カーボンナノチューブの“森”(図6(a))のXAS分析の結果。

図6(a)の成長実験の直後に、その場で測定しました。


図8:解明された、STEP法によるカーボンナノチューブの“森”の高密度化の仕組み。
図8:解明された、STEP法によるカーボンナノチューブの“森”の高密度化の仕組み。

図1の一般的な熱CVD法と比較しながら見てください。


《用語解説》
※1 カーボンナノチューブの“森”

カーボンナノチューブは、炭素だけからなる円筒状の構造体で、さまざまな応用が期待されているナノ材料の一つです。円筒の直径は、1 nm~数十 nm程度(nmはナノメートルと読み、1 nmは1 mmの100万分の1の長さ)です。円筒の長さは、この研究で材料として用いようとしているものの場合、数百 µm程度(µmはマイクロメートルと読み、1 µmは1 mmの1000分の1の長さ)です。長いものでは、1 mmを超えるような長さのものも作られています。基板の表面に対して垂直方向に向きをそろえて並んでいる多数のカーボンナノチューブを、英語名で“carbon nanotube forest”(カーボンナノチューブフォレスト)と呼びます。ここでは、これを日本語に訳し、「カーボンナノチューブの“森”」と呼ぶことにします。

※2 大型放射光施設SPring-8
兵庫県の播磨科学公園都市にある、理化学研究所が所有する放射光施設で、その運転管理はJASRIが行っています。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8GeVに由来します。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、細く強力な電磁波のことです。SPring-8では、この放射光を用いて、ナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究を行っています。

※3 触媒
ここでは、カーボンナノチューブの成長を助ける働きをする物質を、触媒と呼んでいます。まるで土から木が成長するように、触媒からカーボンナノチューブが成長します。

※4 熱化学気相成長法(熱CVD法)
化学気相成長法(CVD: chemical vapor deposition)は、薄膜を作成する方法の一つ。基板の上で原料となるガスが化学変化を起こして堆積し、薄膜として成長します。ここでは、カーボンナノチューブの“森”が、薄膜に相当します。熱CVD法は、この化学変化を熱によって起こす方法のことです。

※5 原料ガス
木が成長するためには、土に含まれる栄養分が必要です。これと同じように、カーボンナノチューブが成長するためには、触媒だけではなく栄養分に相当するものが必要で、それが原料ガスです。カーボンナノチューブは、炭素からなるので、アセチレンなどの炭素を含むガスが原料ガスとして使われます。

※6 STEP法
STEP(ステップ)法は産総研のグループによって開発されたカーボンナノチューブの“森”の成長法で、熱CVD法の一種。STEPの名前は“slope control of temperature profile”に由来します。従来のように、触媒を高温(約800 ℃)にしてから原料ガスを与えるのではなく、450 ℃という低温から原料ガスを与え始め、原料ガスを与えつつ最終的に800 ℃程度の高温にすることが特徴です。また、従来のように酸化物の上に鉄触媒をのせるのではなく、金属のチタンの下地の上に鉄触媒を載せる点がもう一つの特徴です(今回の研究によって、このチタン下地は、最初は少し酸化した状態であることが分かりました)。

※7 ビームライン
放射光施設において、放射光を試料まで導く部分のこと。分析に必要なエネルギーをもつ光だけを取り出したり、試料の上に光を集光したりする役目などを持っています。

※8 光電子顕微鏡
光電子顕微鏡(PEEM: photoemission electron microscope)は、電子顕微鏡の一種。試料の表面に放射光を照射した際に、試料の表面から放出される光電子と呼ばれる電子を捉えて試料の表面を観察します。試料表面の形状だけではなく、鉄やチタンといった元素の分布まで観察することが可能です。

※9 光電子分光法
試料の酸化・還元状態などを含めた化学状態の分析法の一つ。放射光を試料に照射した際に、試料の表面から放出される光電子と呼ばれる電子のエネルギーと放出量の関係を調べることにより、試料の化学状態を知ることができます。使用する放射光のエネルギーを変えることによって、試料の中の分析する場所(試料の表面からの深さ)を変えることができます。SPring-8には、比較的低いエネルギーの放射光(軟X線)を使う軟X線光電子分光法(SXPES: soft x-ray photoemission spectroscopy)と、より高いエネルギーの放射光(硬X線)を使う硬X線光電子分光法(HAXPES: hard x-ray photoemission spectroscopy)があります。SXPESは、表面から数 nmまでの深さの分析に適しています。一方、HAXPESは、より深い数十 nmの深さまでを分析することができます。

※10 X線吸収分光法
X線吸収分光法(XAS: x-ray absorption spectroscopy)は、光電子分光と同様に、試料の化学状態の分析に使われる方法です。試料に放射光を照射した際に、放射光が試料によってどの程度吸収されるのかを、放射光のエネルギーを変えながら測定します。XASのスペクトル(測定結果)の形は、炭素を含む材料の材質を敏感に反映しますので、カーボンナノチューブのような炭素材料の分析に頻繁に用いられます。

※11 グラファイト(黒鉛)
グラファイト(黒鉛)は炭素だけからなる物質の一つです。鉛筆の芯などの材料として使われています。この物質を原子のレベルまで拡大して見ると、炭素の原子がハチの巣状に2次元的に結合してできたシートが、たくさん重なった構造をしています。この1枚のシートはグラフェンと呼ばれており、カーボンナノチューブはグラフェンが円筒状に巻かれた構造をもちます。


付記
本研究は、産業技術総合研究所 連携研究体 グリーン・ナノエレクトロニクスセンター(GNC) 【連携研究体長 横山 直樹※)】二瓶 瑞久 特定集中研究専門員※)との共同で行ったものです。
※)所属などは共同研究を行っていた当時のものです。



《問い合わせ先》
(研究内容に関すること)
 室 隆桂之(ムロ タカユキ)
  (公財)高輝度光科学研究センター 利用研究促進部門 主幹研究員 
  TEL:0791-58-0802(内3869)、FAX:0791-58-0830
  E-mail:mail1

(産総研に関すること)
  (独)産業技術総合研究所 広報部 報道室
  TEL:029-862-6216、FAX:029-862-6212
  E-mail:mail2

(SPring-8に関すること)
 公益財団法人高輝度光科学研究センター 利用推進部 普及啓発課 
  TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786
  E-mail:kouhou@spring8.or.jp

ひとつ前
ナノ結晶中の超高速構造変化をX線レーザーで捉えることに成功(プレスリリース)
現在の記事
カーボンナノチューブの“森”が高密度に成長する仕組みを解明 -情報機器を低消費電力化する放熱材料の開発を加速-(プレスリリース)
ひとつ後
高い磁気転移温度を持つハーフメタル新材料の合成に成功 -超高密度磁気メモリーなどスピントロニクスデバイスへ応用可能な新材料-(プレスリリース)