大型放射光施設 SPring-8

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高圧地球科学

地球深部の物質の構造を探る

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高温高圧下の岩石を“光の眼”で観察する

我々の住んでいる地球は地表から中心部に向かって層構造になっている(図1)。これらは密度などが大きく違うため、地震波の伝播を解析することで深さや厚みなどの情報を知ることはできるが、これらの構造や性質を知るには構成している岩石(鉱物)を調べることが必要だ。しかし地球の半径は6400 kmに対し我々が掘削(ボーリング)できるのは10 km程度に限られている。このため地球内部物質を探査するには、地球内部環境を人工的に再現した高温高圧実験が大変有効な手段となる。

高温高圧実験では実験試料を加熱用ヒーター、圧力媒体などで覆った高圧セル内に封入して圧縮するため、中の様子を直接見ることはできない。しかし放射光という“光の眼”を使えば試料の様子を直に観察することが可能になる。放射光の強力なX線はこれらの物質を透過するので、試料からの回折X線を取り出して解析すると、結晶構造や体積変化(密度、圧縮率など)の情報が得られる。また標準物質を一緒に使えば、試料の圧力値も同時に決定できる。すなわち、圧力、温度をコントロールしてX線回折実験を行えば、目的の深度で試料の状態変化を観察することができる。このような高温高圧X線回折実験は、1980年代につくばのフォトンファクトリーで最初に行われ、その後世界中で展開されるようになった。

高圧実験の場合、基本的に発生圧力の上昇とともに試料サイズを小さくする必要があり、マントル遷移層付近の深さ700 kmに相当する25 GPa(ギガパスカル=109 Pa=約1万気圧)では1 mm3程度となり、下部マントル最下層に相当する100 GPa以上の高圧を発生させようとすれば、試料サイズは50 μm3以下になる。また地球内部は深くなるほど温度も上がり、マントル遷移層付近では1500°C、下部マントル最下層では2000°C以上に達する。また、この状態を長い時間保持することはきわめて難しいことから、X線回折実験は困難だった。

しかしSPring-8をはじめとする高い輝度とエネルギーが利用できる第3世代放射光の登場は事情を一変した。長い測定時間が必要だった微小試料の実験も短時間でできるようになったのだ。

図1.地球の内部構造

図1.地球の内部構造

SPring-8で相次ぐ世界初の発見

SPring-8では世界に先駆けて高温高圧実験環境の整備を行い、マントル遷移層(深さ660 km)に相当する24 GPa、1600°Cにおいて、マントルの主要鉱物であるかんらん石がスピネル構造からペロフスカイト構造へ転移する様子を観察することに成功した。この快挙はSPring-8利用の最初の成果となり、1997年の『Science』に報告され世界中の話題を集めた。その後、地球深部を目指して、高圧装置やレーザー光による高温加熱技術の開発が世界中で精力的に進められた。SPring-8では50 μm3以下の微小試料サイズに照射するための高強度ビームの開発も進められ、KBミラー、屈折レンズなどのX線集光系を使ってさらに1桁以上強力なX線発生技術の開発が行われた。このような高温高圧発生技術と放射光技術開発によって、下部マントル最下部、さらには核の領域までの探査が可能になった。

そして東京工業大学、海洋研究開発機構、JASRIの研究グループは、ダイヤモンドアンビル装置とレーザー加熱装置を使って、下部マントルと外核の間にあるD”(ディーダブルプライム)層の環境を再現することに成功した。このD”層は地震波の伝搬速度が急激に下がったり方向によって大きく変わったりするなど大変特異な性質をもつことから謎の層として知られていた。研究グループは、D”層付近の125 GPa、2200°C以上でX線回折実験を行い、MgSiO3ぺロフスカイト相が新しい高圧相(ポストぺロフスカイト相)に転移することを発見した。ポストぺロフスカイト相発見のニュースは世界中の地球科学者に大きな衝撃を与え、これまで謎であった地震波速度の不連続性や異方性を矛盾なく説明した。この快挙は2004年の米科学誌『Science』や英科学誌『Nature』で直ちに紹介され、地球科学史上に残る世紀の大発見となった。研究グループはさらに高温高圧技術開発を進め、前人未到の300 GPa、2000°Cの環境下で石英(水晶)の実験にも成功している。ここでは、石英(水晶)が270 GPa以上でサイコロ状のパイライト型の新鉱物に変化することを実験で初めて実証し、天王星や海王星の中心核となりうる有力候補として注目を集めている。

高温高圧実験技術と放射光技術の開発は、X線回折実験を使った結晶構造の研究だけでなく粘性や密度、弾性波速度などの物性研究においても展開されている。マグマの粘性や密度測定の実験は、深さ数百kmに滞留するマグマの上昇や移動速度、またその発生のメカニズムだけでなく、現在の地球が誕生した成因を探る手がかりとなる。また、弾性波速度測定は実際の地震波速度と直接比較することによって物質を特定することができる。愛媛大学とJASRIの研究グループは、弾性波を使った地震波速度測定の技術開発を進め、深さ660 kmのマントル遷移層の実験に成功した。近年、地震波解析技術の進展には目覚ましいものがあり、世界中に設置された地震計のデータを集めて大型計算機で解析する地震波トモグラフィーと呼ばれる画像解析法が盛んに行われている。

地震波トモグラフィーから日本列島直下の沈み込むプレートがマントル遷移層付近に横たわっている様子は明らかになっているが、マントル遷移相やプレート物質個々の地震波速度がわからないため、地震波の解析では具体的な岩石(鉱物)を特定することはできない。研究グループは弾性波速度を測定し、マントル遷移層はかんらん石が大部分で、深さ660 kmのマントル遷移層最下部にはプレートの主要物質であるハルツバージャイトというかんらん岩が滞留していることを突き止めた。ハルツバージャイトは密度が低いため、深さ660 km付近で停滞するという結果は地震波トモグラフィーの結果と一致し、2008年『Nature』に紹介されている。

このほかにも高温高圧実験技術と放射光技術の融合による高圧地球科学研究は着実に進歩している。SPring-8を中心とした技術開発は、今後も高圧地球科学研究において世界をリードする成果に結びついていくだろう。



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