Topic 21 ポストペロフスカイト相の構造決定
地球深部の条件を再現し、地球の構造を解明する
地球深部の構造は、地震波の測定によって推測したり、地表に地球深部と同様の環境をつくって、実験を重ねていくことでしか知ることはできない。しかし地下2900 kmにあるマントルと外核の境界層は、125万気圧2200℃以上という想像を絶する高温高圧環境であり、その再現はきわめて困難であった。ところがSPring-8の高圧構造物性ビームラインがこれを可能にし、それによって地球深部にこれまで知られていなかった未知の鉱物が存在していることがわかった。この快挙は、地球深部の構造を理解するための貴重な発見であり、さらに火山活動を把握するための研究を大きく進展させる業績として世界的な注目を集めている。
超高圧高温環境が拒む「D”層の謎」
半径約6400 kmの地球において、表面を覆うわずか数十kmの地殻の下は2900 kmに及ぶマントルがある。マントルは地球の体積の83%を占める岩石圏である。その下に液体の鉄を主成分とする外核があり、地球中心部は固体の鉄を主成分とする内核である。
そしてマントルは、上から順に、上部マントル、遷移層、下部マントル、D”(ディーダブルプライム)層という層構造をなしている(図1)。
こうした地球深部の情報は内部からの地震波から得るデータを解析することで得られる。地球内部の主要鉱物の物理化学的性質を解明するための研究も進められてきたが、直接観察できるわけではないので、地表において、地球深部と同様の環境をつくって実験を重ねていくしかない。ただしそれもけっして容易ではない。地球深部は高温高圧の環境下にあることがその主要な障害である。特にマントル最下層のD”層は、なんと125万気圧2200℃以上に達し、そのような超高圧高温状態を人工的につくり出すこと自体が技術的に困難だった。
D”層の主要鉱物はとりあえずマグネシウムとケイ酸の化合物である「MgSiO3ペロフスカイト相」とされていたが、その検証はなされていなかった。そもそもD”層で観測される地震波速度にはばらつきが大きく、振動方向によって速度が異なる「振動方向異方性」が顕著なのだ。ペロフスカイトが均一に分布しているとは考えにくい。それまでの情報から下部マントルの大半がMgSiO3という組成の鉱物で占められていることは確かだと考えられるが、それでは、D”層から届く地震波速度の不連続性や異方性を説明することはできなかった。
東京工業大学大学院理工学研究科地球惑星科学専攻の廣瀬敬助教授(現・教授)は2000年からSPring-8と共同で、この「D”層の謎」に迫る研究を本格的にスタートしていた。
従来、下部マントルとD”層はペロフスカイトで構成されていると考えられていたが、今回の研究でD”層のポストペロフスカイトの存在が明らかになった。
地球深部に眠る鉱物の発見
この研究の最大の課題はD”層の高温高圧環境を地表で再現することにあったのはいうまでもない。「しかしそれを可能にするには、必要な技術をひとつずつ開発していかねばならず、手間のかかる作業でした」と廣瀬教授は当時を振り返る。
研究グループは、まず2つのブリリアントカットされたダイヤモンドを用意した。そしてダイヤモンドの先端どうしを向き合わせて、その間に試料であるMgSiO3を置く。これを左右から挟んで加圧し、さらにレーザー光を用いて試料を加熱する。これが「レーザー加熱式ダイヤモンドアンビルセル高圧発生装置」である。これでそれまで世界の科学者が実現したくともきわめて困難だった125万気圧2200℃以上を再現することが可能となるのだ。
研究グループは、このレーザー加熱式ダイヤモンドアンビルセル高圧発生装置をSPring-8の高圧構造物性ビームラインBL10XUにセットし、加圧と加熱の度を増しながら、MgSiO3の結晶にX線を当て、散乱や回折の強度分布を測定していく。BL10XUは従来のX線発生装置から得られるX線の1億倍の輝度をもったX線を発生させることができる。この高輝度のX線がレーザー加熱式ダイアモンドアンビルセルに挟まれた極微量の試料からもたらす情報で、結晶の構造や物性を探っていくのである。
圧力を加え、加熱する間に結晶からX線を介して飛び出してくる情報は、地球内部でMgSiO3が同一組成を保ったまま別の構造に変化する様、つまり「相転移」のようすを教えてくれる。そして核・マントル境界のD”層の125万気圧2200℃以上の環境がBL10XUに再現されたのだ。ここで得た情報をもとにしたMgSiO3の構造は、ペロフスカイトとはまったく異なるものだった。研究グループは、この物質に「MgSiO3ポストペロフスカイト」という名前を付けた。2002年12月、地球深部に眠る物質が発見された瞬間である。
この快挙は2004年5月の『Science』 誌で詳報され、その表紙をMgSiO3ポストペロフスカイトの結晶構造が飾った。
地震波の不連続性・異方性も矛盾なく説明
ただし研究グループには、仕事が残っていた。「MgSiO3ポストペロフスカイト相」の弾性テンソルを知ることである。弾性テンソルとは鉱物を歪ませたときに生じる応力の大きさを表す比例定数で、鉱物の硬さを表し地震波速度を決めるための数値だ。これを超高圧下で測定することは現在の技術では不可能だ。そこで理化学研究所の戎崎計算宇宙物理研究室の飯高敏晃先任研究員らは、SPring-8での実験成果をもとに、スーパーコンピュータで大規模第一原理電子状態計算と呼ばれる計算を行い、ペロフスカイトとポストペロフスカイトの弾性テンソルを求めた。そしてその結果、ポストペロフスカイトの存在を前提にすれば、核・マントル境界における地震波速度の不連続性・異方性などを矛盾なく説明できることが明らかになったのだ。この結果は、D”層下部にポストペロフスカイトが存在することの証拠でもあった。
この研究成果は、英科学誌『Nature』の2004年7月22日号に掲載された。研究グループの成果は、英米2大科学誌で主役の座を得るという快挙も成し遂げたのである。
ポストペロフスカイトの存在を知ったことで、マントル対流の境界層であるD”層の地震波構造モデルは精密化された。これによってマントル対流の実態、特にマントルの底からの上昇流(ホットプルーム)の発生メカニズムが解明されれば、地球深部の熱が地表へ輸送されることで起る大規模な火山活動のメカニズムや、それによってもたらされる地球の環境変動の把握も可能となった。
D”層とポストペロフスカイトに関する研究の一連の成果は、地球科学の進展に大きく寄与し、廣瀬教授は2007年日本IBM科学賞を受賞した。
試料は前後から圧縮され、レーザー光で加熱されながら、高輝度X線によって解析が進められた。
水色の球はMg2+イオンを表し、八面体は中心にシリコン原子、各頂点に酸素原子があることを示す。ペロフスカイトとポストペロフスカイトの構造の違いが視覚化されている。
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高圧地球科学 /地球深部の物質の構造を探る