大型放射光施設 SPring-8

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Topic 10 3成分ブロック共重合体からなる準結晶の実現

高分子で発見された「準結晶」という不思議な物質

結晶に似た構造ながら結晶と異なる性質をもつ準結晶は結晶学の枠組みを一変させた。これまで合金などで確認されていたが、日本の研究グループは高分子の中に準結晶を発見した。そのスケールは50〜100 nm(ナノメートル=10-9 m)と合金系の100倍以上の「巨大」なものだ。準結晶は通常の物質とは逆の方向へ光を屈折させる(負の屈折率)ために、光波長より小さい物質の像が得られる「スーパーレンズ」の実現が期待されている。しかも高分子物質は、設計が容易なので、多様な成果の可能性を秘めている。ただし巨大といってもドメインサイズ(領域の大きさ)は5 μm(マイクロメートル=10-6 m)。構造解明にはSPring-8が不可欠だった。

「準結晶」を高分子で発見する

1982年、材料工学者である米国商務省標準基準局(当時 · NBS、現 · NIST)のダン · シェヒトマン教授は、実験中にアルミニウム · マンガン合金に通常の結晶とは異なる状態を確認した。結晶は「単位胞」と呼ばれる基本単位が規則正しく並んでおり、X線を照射すると波動であるX線の干渉によって、単位胞に基づいた回折点が現れる。ところが教授が発見した状態には単位胞はないけれども、一定の規則性をもち、回折点が見られた。しかも結晶にはありえない正20面体という構造だった。結晶ほどの規則的配列ではないが、一定の規則性、すなわち準周期性をもち、結晶学の定義からはずれる物質は後に「準結晶」と名づけられた。

この発見の後、準結晶には結晶にない特異な性質があることがわかり、合金以外の準結晶の存在も確認された。またシェヒトマン教授の発見した準結晶は0.5 nmという原子サイズだったが、10 nmというサイズのものも発見された。

ところが2007年4月、名古屋大学の松下裕秀教授、高野敦志准教授、林田研一博士課程学生(現 · 豊田中央研究所研究員)と京都大学の堂寺知成准教授(現 · 近畿大学教授)による共同研究グループは、この準結晶を複合高分子の中に発見するという世界初の快挙を成し遂げた。

高輝度X線が示した「準結晶」の可能性

この快挙の背景には、研究グループが開発した緻密な高分子合成の技術があった。

高分子とは、炭素、水素などが電子を共有する共有結合でつくる巨大分子で、その構成基本単位をモノマー(単量体)という。例えばポリエチレンのモノマーはエチレンである。このモノマーが結合することを重合といい、高分子は「重合体(ポリマー)」とも呼ばれる。ポリマーには、複数種のモノマーが重合したものも多く、これらは「共重合体」と呼ばれる。共重合体には数種のパターンがあるが、モノマーが複数個連続で結合してグループをつくり、例えば2種類のモノマーAとBに対して「—AAAAAABBBBBB—」といった連なりを見せるのが「ブロック共重合体」だ。このブロック共重合体が研究グループのターゲットである。

2種のモノマーによるブロック共重合体「二元ブロック共重合体」では、その連鎖が複数集まって、AとBの相を構成する。その相構造は、A と Bの長さの比に応じて図1のような種類がある。この相のサイズは数nmから数十nmであることから、「ナノ相分離」と呼ばれる。

これに対し、モノマー種を3つに増やすと違う世界が開ける。異なる成分どうしが相分離し、空間的な拘束力が強まるためシリンダー構造(図2c)をつくりやすい。さらにシリンダーの断面は正多角形の規則正しい連なりとなりやすい(図2d)。タイルを貼るように平面を同じ大きさの正多角形で埋める方法は、三 · 四 · 六 · 十二角形を使う12種類しかないことは数学者アルキメデスが研究し、天文学者ケプラーがまとめた。例えば正六角形だけでできたものは、その頂点に3つの正六角形が寄り添った(6.6.6)のタイリングである。高分子は、条件がそろえば、このような秩序正しい構造を自発的に構築する。これを「自己組織化」と呼ぶ。

3つの高分子成分を1点で結ぶという分子構築をおこなったブロック共重合体は、シリンダー状の相分離構造をつくりやすいことを今回の研究を開始する以前、研究グループは実験的に見出していた。「私たちは三元ブロック共重合体のタイリング様式を調べるために、SPring-8を活用することにしたのです」と松下教授は当初の実験の目的を語る。

研究グループが利用したのは、高フラックスビームラインBL40XUに設置されたマイクロビーム小角X線散乱装置である。X線は物質に照射されると物質中の電子によって散乱する。散乱角が小さな散乱は、ナノサイズの構造に関する情報を伝えてくれる。ただし超高輝度で微小径のX線ビームでなければ得られない非常に小さな領域の情報だ。

実験は3成分の比率を変化させながら進められた。成分変化に応じ高分子は形状を変化させ、一連のタイリング構造を示した。ここで研究グループが注目したのは正三角形と正方形による(3.3.4.3.4)タイリングだった。「X線回折で、従来は高分子系で見られない12個の特徴的な回折点が現れたのです。他の物質系でこの構造が出るとその近傍に準結晶が出現することが知られていました」と松下教授。高分子における準結晶発見の可能性が見えた瞬間だった。

そこで、(3.3.4.3.4)を示した試料の組成を少しずつ変えて実験を進めた。ところが準結晶は姿を現さない。「論理的には間違いはないはずなのに、いつになっても出会えない。スタッフを励ましながらひたすら試行錯誤を続けました」と松下教授は当時を振り返る。そして半年後、研究グループは、ついに準結晶構造に行きついたのだ(図3)。

図1. AB二元ブロック共重合体の組成変化に伴うミクロドメイン構造の転移模式図
図1. AB二元ブロック共重合体の組成変化に伴うミクロドメイン構造の転移模式図

(a)ラメラ構造(b)ダブルジャイロイド(共連続)構造(c)シリンダー分散構造(d)球分散構造

図2.星型共重合体の分子構造と自己組織化構造
図2.星型共重合体の分子構造と自己組織化構造

(a)に示した分子は、緑、赤、青のブロック鎖どうしのどの組み合わせも仲が悪いために、込み合ってくると反発しあい、(b)のように結合点が線状に並ぶ(黒い線はイメージで実際に存在しない。(c)は棒状集合構造への自己組織化。3つの6角柱が集まってできている線上にのみ結合点がある。(d)はタイリング構造断面。外側5種はアルキメデスタイリング、中央は12回対称準結晶タイリングである。

図3.星型共重合体の準結晶構造
図3.星型共重合体の準結晶構造

試料を構成する3種類のブロック鎖の相対比は1:2.7:2.5である。(a)は広域透過型電子顕微鏡像。方向を区別して6種類の色で示したのは仮想準結晶タイリング。(b)は正三角形と正方形を用いて、(a)から転写した転写模式図、(c)はSPring-8で得られた12回対称準結晶構造からの12個の回折点。

自在に設計できるメタマテリアルの可能性

この成果の最大の意義は、準結晶が空間スケールの異なる物質間で共通に見られる普遍性が証明されたことにある。

また準結晶はメタマテリアルになると予想されている。メタマテリアルとは、通常の物質とは逆の方向に光を屈折(負の屈折率)させる物質を指し、光がこの物質を通過すると「光の回り込み」現象が起こり、これまで見えた物質が見えなくなる現象が起こる。しかもそのタイルサイズは50〜100 nmと従来の10倍のオーダーである。「分子設計法の工夫をすることで可視光領域のサイズが実現すれば、光の波長よりも小さなものの像を得ることができるスーパーレンズが生み出される可能性があり、ドラえもんのふしぎ道具のひとつである透明マントのように被った者を透明にする合成繊維などの開発も夢ではありません」と松下教授。

これまで100 nm(メソスケール)サイズのタイリングを扱った研究はほとんどなく、多様な準結晶発見の可能性が示唆されただけに、この発見のインパクトは大きく、『Nature: Highlight』『Science: Editor's Choice』『Physical Review Letters: Focus』など数多くのメディアに紹介され、内外からの注目を浴びた。